作成: 1998/12/24 鈴木 和男
データ番号 :150010
原爆被曝の後影響:免疫機能
目的 :T, B-リンパ球の増殖及び細胞分裂阻害に対する原爆被曝の後影響
研究実施機関名 :(財)放射線影響研究所病理部
応用分野 :免疫、放射線の後影響、リンパ球反応
概要 :
原爆被曝者266名の抹梢血のT及びB-リンパ球の細胞分裂能を[3H]-チミジンの取り込みにより測定した。誘発剤としてPHAとPWMを用いた。また、Ulex seed extracts (USE)より部分精製されたリンパ球の抑制因子によるリンパ球の細胞分裂阻害についても併せて検査した。これらの結果をもとに、T及びB-リンパ球の細胞分裂調節における電離放射線の後影響並びに加齢の影響について検討した。PHAに対する反応性の低下は、100〜199 radの男性群に認められた。
また、PWMに対する反応性の低100〜199 radの男性群に認められた。また、PWMに対する反応性の低下は、200 rad以上の女性群に認められた。これらの反応性の低下を検査時年齢別にみると、60歳以下の男性群及び60歳以上の女性群に顕著であった。一方、リンパ球の増殖抑制因子に対する反応性において特に男性60歳未満の100〜199 rad群にPWMの細胞分裂を強く抑制する傾向が認められた。
これらの結果は、原爆の後影響が高年齢被曝者のT及びB-リンパ球の細胞分裂調節に関与しているものと推察される。
詳細説明 :
はじめに
原爆被曝による人体への後影響について多くの研究が行なわれて来た。特に、その後影響は癌の発生率の増多として現れ、その原因の一つに生体防御機能の低下が考えられている。その裏付けとして、被爆者の免疫能の低下やリンパ球の染色体異常が認められている。
一方、リンパ球の抗原やレクチンに対する反応が、その細胞膜を介しており、Ulex seed extract (USE)もまた細胞膜を介して細胞分裂阻害をおこすと推定されている。今回、我々は原爆被曝による生体防御機能に対する後影響について、T及びB-リンパ球の細胞分裂並びにUSEによる細胞分裂阻害について検討した。
対象者
対象者は表1に示す様に、対照170人、被曝群96人の計266人から成る。
表1 対象者の内訳(原論文1より引用)
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Age T65D (rad)
Sex ----------------------- Total
(ATE*) 0 100- -99 200+
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Male <60 46 6 10 62
≧60 20 12 6 38
Female <60 53 18 15 86
≧60 51 15 14 80
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Total 170 51 45 266
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*ATE:Age at examination
材料
レクチンはphytohemagglutinin (PHA, Welcome Lab)とpokeweed mitogen (PWM, GIBCO)を用いた。
方法
対象者のヘパリン加末梢血(ヘパリン20 U/ml)約1 mlに4倍量の培養液を加えて希釈し、マイクロタイターウエルに200 μlずつ分注した。PHA反応用培養液は40 mM HEPES-緩衝液を含むRPMI-1640を用い、PWM反応には、NaHCO3を含むRPMI-1640を用いた。各反応共4ウエルづつ試験した。
レクチンに対するリンパ球の反応性:各ウエルにPHA (7.5 μg/ml)を添加し、48時間、40 ℃にてインキュベート後、[3H]-チミジン(1 μCi/well)を添加し、さらに17時間インキュベートした。次いで、赤血球を溶血後MASHハーベスターにてリンパ球をフィルター上に付着させ、リンパ球中に取り込まれたRIをカウントした。PWMに対する反応は、PWM(1.25 %)をウエルに添加後、5 % CO2の条件下で37 ℃120時間インキュベートした。
細胞分裂阻害剤(USE)に対する反応性:PHA及びPWMによるリンパ球刺激後、[3H]-チミジン添加の際1ユニットのUSEを加え、リンパ球中へのRIの取り込みにより測定した。(1ユニット:Friend virus infected murine erythoroleukemic cellsの細胞分裂を50 %阻害する濃度)
結果
対象群におけるPHAに対するリンパ球の反応性を測定した。女性群では、年齢による反応性の差はほとんど認められなかった。しかし、男性群では、加齢に伴ってPHAに対する反応性が低下した。
原爆被曝者群のPHAに対する反応性について検討した。60歳未満と60歳以上の群について0, 100〜199, 200 rad以上の各群に分けて解析を行なった。女性群では、60歳未満の群で原爆被曝の後影響は認められなかったものの、60歳以上の群では被曝線量に伴って、リンパ球のPHAに対する反応性が低下した(図1a)。男性群では、女性群とは逆に60歳以上の群においてPHAに対する反応性の差はみられなかったが、60歳未満の群で100〜199 radの群においてその反応性が低下していた(図1b)。
図1 女性群のPHAの反応性における加齢と被曝線量の影響(A)、男性群のPHAの反応性における加齢と被曝線量の影響(B)(原論文1より引用)
次ぎにPWMに対するリンパ球の反応性について、PHAに対する反応性と同様に解析した。男性群では、いづれの群においても特に影響がみられなかったが、女性群においては、被曝線量に伴ってリンパ球のPWMに対する反応性が低下した。
最後にリンパ球の細胞分裂阻害について、USEによる阻害効果及び、PHA、PWMに対する反応との関連について検討した。図2に示した様に、男性60歳未満の100〜199 rad群において、PWMの細胞分裂を強く抑制した。
図2 WMによる細胞分裂に対するUSEの阻害(原論文1より引用)
対照群の男性においてリンパ球のPHAに対する反応性が加齢に伴って低下したことは、男性のT-リンパ球の幼若化が、加齢の影響を受けやすいことを示唆する。しかし、対照群の女性では加齢によるPHAに対する反応性の変化がみられなかったものの、高線量被曝群(200 rad以上)では、PHAに対する反応性が低下した。この結果は、高線量被曝群のT-リンパ球の幼若化能が低下しているものと考えられる。一方、女性群のPWMに対する反応性が被曝線量に伴って低下したことは、B-リンパ球の幼若化が被曝線量に伴って低下することを示唆している。
細胞分裂抑制因子(USE)に対する反応性は、男性100〜199 rad群のPWMの細胞分裂を強く抑制した。この結果は、この群においてB-リンパ球の幼若化調節機構に異常がある可能性を示唆している。細胞分裂抑制因子(USE)に対する反応性は、男性100〜199 rad群のPWMの細胞分裂を強く抑制した。この結果は、この群においてB-リンパ球の幼若化調節機構に異常がある可能性を示唆している。
今回得られた解析結果は、男性と女性において、T,B-リンパ球の反応性における後影響に男女差が認められたのではないかと思われる。この男女差は、性ホルモンやその他の環境因子が関与していることも考えられる。
今回の報告は、中間報告で解析が不十分であり、今後、癌の発生率や、染色体異常との関連について検討を加えたいと考えている。
コメント :
被曝者の好中球機能への影響について解析したことは重要である。これらの結果は、多大な労力と時間を要して得られた貴重なデータである。今後は、分子生物学的な観点から解析することができれば、さらに、詳細な変化のデータを得ることができ、加齢との関係も含め、生体防御での分子的機能変化をとらえられるだろう。
原論文1 Data source 1:
T,B-リンパ球の増殖及び細胞分裂阻害に対する原爆被曝の後影響
鈴木 和男*、吉本 泰彦*、B.Pirofsky**, 笹川 澄子*、坂谷 達一郎*、M.Macchi*, 藤倉 敏夫*、浜田 忠雄***
*放射線影響研究所、**Oregon大学、***広島原爆病院
長崎医学会雑誌 56巻 特集号 282ー287頁
キーワード:免疫機能、リンパ球、細胞分裂、原爆被曝生残者、後影響
Immune response, lymphocytes, cell division, A-bomb survivors, late effects
分類コード:150401