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作成: 1999/02/09 天野 光

データ番号   :160011
植物によるトリチウムの取込み
目的      :植物によるトリチウムの取込み機構の解明とそのモデル化
研究実施機関名 :日本原子力研究所環境安全研究部環境化学研究室
応用分野    :原子力環境安全、保健物理、植物生理、

概要      :
 環境に放出されるトリチウムが植物に取り込まれるプロセスの解析は、植物を動物が摂取し、またトリチウムを含む動植物を人間が摂取することから重要である。トリチウムの植物への移行、特に野菜や果物の可食部への移行プロセス、さらに光合成により有機化し有機生成物として可食部へ移行するプロセスを解析した。
 

詳細説明    :
1.はじめに
 環境に放出されるトリチウムが植物に取り込まれるプロセスの解析は、植物を動物が摂取し、またトリチウムを含む動植物を人間が摂取することから重要である。原子力施設から放出されるトリチウムの主要な化学形は水蒸気状(HTO)や水素ガス状(HT)であるが、環境中にはメタン状(CH3T)やその他種々の有機結合型の形態(OBT)としてのトリチウムも存在する。被ばく線量としては、例えばICRPは同じ量のトリチウムが人間に吸入摂取された場合HTOはHTの104倍、 CH3Tの102倍であるが、有機結合型の形態はHTOのさらに2.3倍であり、また、植物組織等に有機結合したトリチウムの経口摂取線量はHTO経口摂取のさらに2.3倍と評価している。
 
 HTOの事故的放出では食物摂取による線量は吸入及び皮膚から取り込まれるトリチウムによる線量の数倍〜数十倍高いという評価もなされている。こうしたことから、トリチウムの植物への移行、特に野菜や果物の可食部への移行プロセス、さらに光合成により有機化し有機生成物として可食部へ移行するプロセスの解析が重要である。また、植物葉中のHTOは比較的簡単に水により除去されるのに対して、植物に有機結合したトリチウムは除去困難である。こうしたことからも根や実への移行の解析や有機化プロセスの解析は重要である。根や実へ移行したトリチウムはHTO形であっても、簡単には除去されないからである。植物の葉へのトリチウムの取り込みに関しては、化学形が水蒸気状(HTO)については理論的解析も含めて良く調べられているが、水素ガス状(HT)及びメタン状(CH3T) についても実験が行われている。
 
 核融合関連施設から放出が予想される水素ガス状(HT)トリチウムの植物への取り込みに関しては、水素ガス状(HT)トリチウムそのものの植物への移行は無視できる程であるが、放出される水素ガス状(HT)トリチウムが環境中特に表面土壌中に棲息している微生物により水状(HTO)トリチウムに化学形が転換したのち植物に取り込まれる動態は被曝線量評価上も重要で詳しく調べられている。
 
2.水蒸気状(HTO)トリチウムの植物への移行
 Raneyらは、植物をポット栽培し、ポットの土壌にトリチウム水を加え、植物のトリチウム取り込みを調べたが、植物葉中トリチウム濃度が葉の蒸散作用により取り込まれる土壌水中トリチウム濃度よりいつも低かった。その理由として、植物の葉の気孔を介して、トリチウムを含んでいない大気中水蒸気が拡散により葉中に侵入し、葉中トリチウム濃度が希釈されると考えて解析式を立てた。この式はのちに多少修正されたが、その有効性が確認されている。
 
 一方、フランスのBelotらは、トリチウムが大気中にのみ存在する場合、トリチウムが葉の気孔を介して、大気から植物に拡散により取り込まれるプロセスを動的に解析した。この式の有効性は既に確認されているが 、ある種の樹木の葉については、拡散による交換に関与しない隔離水が葉の中に存在していることが認められている。しかしながら、大気から葉に取り込まれたHTOが実や根に移行する過程や、土壌から植物の各部位に移行する過程はそれほど良くは調べられてはいない。
 
3.水素ガス状(HT)及びメタン状(CH3T)トリチウムの植物への移行
 化学形がHT及びCH3Tについては、化学形がHTOのものに較べ植物に余り取り込まれないことが実験により確かめられている。化学形がHTについては、チェンバー実験で例えば葉への沈着速度が2×10-6cm/secと評価されている。 CH3Tについても植物に取り込まれるが、その機構は不明で、 CH3Tが炭素を含むのと、わずかながらも水に溶けることから光合成のプロセスとして植物に取り込まれ有機化する可能性が指摘されている。また、量的には少ないが、ホルムアルデヒドの形のトリチウムがある種の原子力施設から放出される場合もあるが、この形のトリチウムは植物に良く取り込まれる可能性があり、植物生理学的観点から興味がある。
 
4.植物中有機結合型トリチウム(OBT)の生成
 光合成は光の存在下で二酸化炭素と水により植物が有機物を合成するプロセスであるが、この時、水にトリチウムが含まれれば、有機結合型トリチウムが植物中に形成される。この光合成による有機結合型トリチウムの形成は、植物の種類や成長段階により異なり、葉に生成された有機結合型トリチウムが植物体内を転流し、植物体中のどこにどれだけ蓄積されるか等、詳細な解析が必要である。このことは、例えば植物の成長段階に応じて事故等により放出されるトリチウムが植物に取り込まれ有機化する様子が異なるからである。わが国は米を主食としており、米の成長段階のどの時期にトリチウムが稲穂に取り込まれるか等、明らかにしておく必要がある。
 
5.HTガス連続放出時における植物へのトリチウムの移行
 1995年8月にカナダのチョークリバー研究所の敷地内野外実験場で、HTガスの連続放出実験が行われた。放出期間は12日間で、こまつな、ミニトマト、ラディッシュ (はつか大根)への取り込みが調べられた。HTガスが地表に棲息しているバクテリアによりHTOに化学形が転換し、HTOに転換したトリチウムが大気及び土壌から植物に取り込まれた。
 
 図1に、HTガス放出開始から放出終了までに亙っての、植物可食部中及び大気、土壌水中のHTO濃度を示す。 HTガス放出開始後、こまつなの葉及びラディッシュの根中HTO濃度は、大気及び地表土壌水中HTO濃度とともに急激に上昇したが、トマトの実については、その上昇は緩やかであった。図中の縦矢印と数字は実験期間中に起こった降雨とその降雨量であり、降雨があれば、トマトの実を除いて一時的にHTO濃度が減少するがすぐ回復することが分かる。図2に、 HTガス放出開始から放出終了までに亙っての、植物可食部中OBT濃度の経時変化を示す。 HTガス放出開始後、3日目頃からOBT濃度は直線的に上昇したが、12日の放出期間では平衡に達しなかった。


図1 HTガス連続放出時における植物可食部中HTO濃度と大気、土壌水中HTO濃度(原論文3より引用)



図2 HTガス連続放出時における植物可食部中OBT濃度変化(原論文3より引用)

 

コメント    :
 水蒸気状トリチウム(HTO)の植物の葉への取り込みに関しては、その機構を含めてかなり解明されている。葉以外の組織、特に食物として利用される大根や人参、トマトの果肉、豆等への移行の評価は重要である。水素ガス状(HT)及びメタン状(CH3T)トリチウムの植物の葉への移行に関しては、その機構等はほとんど分かっていないが、移行量はわずかである。光合成による有機結合化、植物組織への転流に関しては、特に植物の可食部について定量的な評価が将来重要であろう。また本稿で言及した以外の化学形のトリチウムの放出が考えられる場合、その評価も必要である。
 

原論文1 Data source 1:
Uptake of tritium by plants from atmosphere and soil
Amano, H. and Garten, Jr. C. T.
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
Environment International, 17, 23 (1991).

原論文2 Data source 2:
The transfer of atmospheric HTO released from nuclear facilities during normal operation
Amano, H. and Kasai, A.
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
J. Environmental Radioactivity 8, 239 (1988).

原論文3 Data source 3:
Formation of organically bound tritium in plants during the 1994 chronic HT release experiment at Chalk River
Amano, H., Atarashi, M., Noguchi, H., Yokoyama, S., Ichimasa, Y. and Ichimasa, M.
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
Fusion Technology 28, 803 (1995).

原論文4 Data source 4:
Preliminary measurement on uptake of tritiated methane by plants
Amano, H.
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
Fusion Technology 28, 797 (1995).

原論文5 Data source 5:
Model parameters and validation for tritium transfer in plants from atmospheric release
Amano, H. and Atarashi, M.
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
International Workshop Proceedings of Nuclear Cross-over Research on "Improvement of Environmental Transfer Models and Parameters", pp136-145 (1996).

原論文6 Data source 6:
植物中におけるトリチウムの挙動
天野 光、新 麻里子
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
日本原子力学会誌 39, 929 (1997)

参考資料1 Reference 1:
Movement and distribution of HTO in tissue water and vapour transpired by shoots of Helianthus and Nicotiana.
Raney, F. and Vaadia, Y.
Plant Physiology 40, 383 (1965)

参考資料2 Reference 2:
Prediction on the flux of tritiated water from air to plant leaves
Belot, Y., Gauthier, D., Camus, H. and Caput, C.
CEA
Health Physics 37, 575 (1979)

参考資料3 Reference 3:
植物中におけるOBT生成
天野 光
日本原子力研究所(Japan Atomic Energy Research Institute), 茨城県那珂郡東海村
プラズマ・核融合学会誌 73, 1351 (1997)

キーワード:トリチウム、大気、土壌、植物、取込み、水蒸気状トリチウム、ガス状トリチウム、メタン状トリチウム、有機結合型トリチウム、化学形転換
Tritium, Atmosphere, Soil, Plant, Uptake, Tritiated water (HTO), Elemental Tritium Gas (HT), Tritiated Methane (CH3T), Organically Bound Tritium, Transformation
分類コード:160102, 160104, 160201, 160202, 160204

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