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作成: 1998/10/26 渡辺 正
データ番号 :190013
レイリーべナール対流の分子運動シミュレーション
目的 :巨視的な熱伝導ー対流遷移過程での分子運動の役割の解明
研究実施機関名 :日本原子力研究所計算科学技術推進センター数値実験技術開発グループ
応用分野 :流体工学、数値解析技術、大規模計算技術
概要 :
自然対流の基礎過程としてレイリーべナール系における流れ場と分子運動の関係を大規模数値シミュレーションにより解明する。直接シミュレーションモンテカルロ法により臨界レイリー数が流体方程式からえられるものと一致すること、熱伝導ー対流遷移過程では変動量の空間相関が強まること、対流パターン間遷移が起こることなどが明らかとなり、分子動力学法により、対流開始とともに分子運動の乱雑さが増加することが解った。
詳細説明 :
代表的な非平衡熱流体系の一つに,上面が低温で底面が高温に保たれた流体の系,レイリーべナール系がある。ここでは、上下の温度差がある臨界値より小さいと系内に流れは発達せず熱伝導状態が実現されるが,上下の温度差が臨界値より大きいと対流渦が発生し,対流熱伝達状態となる。この現象は、流体機械や伝熱機器の冷却において重要となる自然対流現象の基礎過程である。この自然対流の発生過程における巨視的な流れ場と分子運動の関係を,大規模数値シミュレーションにより解明することが本研究の目的である。
まず、分子運動を移動と衝突の2つの過程とし衝突過程を確率的に計算することにより系内の分子運動を計算する手法である直接シミュレーションモンテカルロ法による計算を行った。巨視的な温度や流速は、分子の運動を微小な時間空間において平均化することによって求めた。上下面の温度差を変えて計算し、対流開始点の温度差に対応する臨界レイリー数を求めたところ、流体方程式の線形安定性解析から得られる理論値と一致することが明らかとなった。これにより、分子運動の計算から巨視的な流れ場を求めることにより,連続体としての流体現象が定性的及び定量的に再現されることが解った。
さらに、臨界レイリー数近傍の条件における熱伝導ー対流遷移過程では、温度や流速の変動量の空間相関関数が、明確な熱伝導や対流状態においてよりも強くなっていることが解った。図1は変動量の影響が空間的に及ぶ範囲を相対的に示す特性距離のレイリー数依存性を示したものであるが、臨界レイリー数(ε=0)近傍の遷移過程においては、変動量の影響がより遠くまで及んでいることが明らかとなった。
図1 Average characteristic length, ξ*(t), in the system as a function of Rayleigh number, ε. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Data source 1 below. Copyright 1995 by the American Physical Society.)
3次元領域における巨視的な流れのパターンを上下の中間面における温度分布を用いて示したものが図2である。図2は幅と奥行きが44.8mm、高さ5.6mmの3次元領域の高さ2.8mmでの水平断面を示している。熱伝導状態(図2a)ではほぼ均一な温度分布であり、対流による温度差は見られない。温度差を増加させていくと対流渦が発生し6角形の蜂の巣状対流パターンがえられ、上昇流領域で高温、下降流領域で低温という対流パターンに対応した温度分布が得られる(図2b)。さらに、温度差を増加させると対流パターンの遷移が起こり(図2c)、ロール状対流へと変化する(図2d)。この状態から温度差を減少させると再び遷移が起こり(図2e)、温度上昇時とは位置のずれた蜂の巣状対流パターンが得られる。一連の過程において温度差を減少させる際には,温度上昇時に蜂の巣状パターンであった条件でもロール状パターンが持続するヒステリシス現象が現れることが明らかとなった。これらの対流パターン間遷移は,全粒子数2千万から2億の大規模並列計算により得られたものである。
図2 Typical temperature distribution at the mid-elevation of the simulation region. (原論文2より引用。 Reprinted with permission from Data source 2 below. Copyright 1997 by the American Physical Society.)
次に、流れ場を構成する分子の運動と分子の組織的な秩序運動としての対流の発生の関係を、分子の運動方程式を決定論的に解く分子動力学法により調べた。系内の個々の分子の移動の軌跡を調べたところ,熱伝導状態では分子は乱雑な運動をしているのに対し,対流状態では巨視的な対流渦にそった秩序的な運動をしていることが明らかとなった。分子運動の乱雑さの度合いを分子の位置と運動量からなる相空間における軌道間距離の増加率、すなわちリアプノフ指数により測定したところ(図3),熱伝導状態ではリアプノフ指数は系の平均温度と上下の温度差とともに増加しているのに対し,分子の組織的運動としての対流が開始すると対流速度にも依存して大きく増加することが明らかとなった。これにより、分子の大規模秩序運動としての対流渦が流れ場に現れると、個々の分子運動におけるカオスの度合いが増加することが示された。
図3 Lyapunov exponents, λ, as a function of Rayleigh number, ε. (原論文3より引用。 Reprinted with permission from Data source 3 below. Copyright 1996 by the American Physical Society.)
コメント :
流体現象の数値解析では巨視的な流体方程式を用いた差分法や有限要素解析が一般的であるが、複雑な流路や界面を持つ流れなどでは、ミクロな粒子を用いた解析手法が注目されている。分子運動そのものから流れ場を計算する試みは少なく、粒子手法が定量的に流体解析に使用可能であることを明らかに示したことは、今後の数値流体工学の進展に寄与するものである。
原論文1 Data source 1:
Growth of long-range correlations in a transition between heat conduction and convection
T.Watanabe, H.Kaburaki, M.Machida, and M.Yokokawa
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki-ken, 319-1195, Japan
Phys. Rev. E52, 2, 1601 (1995).
原論文2 Data source 2:
Particle simulation of three-dimensional convection pattern in a Rayleigh-Benard system
T.Watanabe and H.Kaburaki
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki-ken, 319-1195, Japan
Phys. Rev. E56, 1, 1218 (1997).
原論文3 Data source 3:
Increase in chaotic motions of atoms in a large-scale self-organized motion
T.Watanabe and H.Kaburaki
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki-ken, 319-1195, Japan
Phys. Rev. E54, 2, 1504 (1996).
キーワード:レイリーべナール対流、分子運動、直接シミュレーションモンテカルロ法、臨界レイリー数,空間相関、対流パターン、分子動力学法,リアプノフ指数
Rayleigh-Benard convection, molecular motion, direct simulation Monte Carlo method, critical Rayleigh number, spatial correlation, convection pattern, molecular dynamics method, Lyapunov exponent
分類コード:190101, 190201, 190204
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