作成: 2001/12/20 笠木寛治
データ番号 :030231
I-131によるバセドウ病の治療
目的 :131Iによるバセドウ病の治療について解説
放射線源 :131I
利用施設名 :核医学治療施設(RI治療施設)
応用分野 :医学、治療
概要 :
バセドウ病に対する131I治療は抗甲状腺剤療法や手術ともに現在広く行われている。簡便、安全、経済的かつ効果的な治療法として特に米国においてはもっとも中心的に行われている。しかし本邦においては、晩発性甲状腺機能低下症の発症を考慮して、治療の適応を難治例と抗甲状腺剤の副作用出現例あるいは中高年者に限定している施設が多く、特に米国と比較して治療症例数は少ない。
詳細説明 :
1. 適応と禁忌
適応としては・抗甲状腺剤が副作用により使用できない場合、・抗甲状腺剤治療に抵抗性の難治例(甲状腺腫の大きい症例が多い)、・手術後の再発例などがある。一方禁忌としては・妊婦・授乳中の女性などがある。ただし、米国では経済効率などを考慮し、治療対象をもっと広げて本治療が行われている。なお禁忌ではないが、小児では発癌性を考慮して、あまり行われない。結節性病変が存在する場合には結節部位の細胞診が必要であり、悪性を否定してから治療を行うべきである。そのためにも131I治療を行う前に一度は甲状腺エコーを行った方がよい。(図1)北アメリカ、ヨーロッパと日本におけるバセドウ病の治療症例数
図1 北米、欧米、日本におけるバセドウ病治療法の違いDifferences in the treatment of Graves' disease among North America, Europe , and Japan.
(原論文1より引用)
2. 投与の実際
約2週間のヨード制限の後、通常123Iまたは131I甲状腺摂取率の測定が行われる。すでに抗甲状腺剤治療中の患者では1-2週間前より投薬を中止する。131Iを用いる場合には有効半減期を測定することも可能である。これらの検査結果を基にして、Quimbyの式【吸収線量 (Gy)=135×投与量 (MBq)×24時間摂取率 (%)×有効半減期(日)/ 3.7×甲状腺重量 (g)×800】を用いて吸収線量が60-80 Gyになるように適正投与量を算出する。近年、甲状腺重量はエコーにより測定されることが多い。通常30-50 gの甲状腺重量では8-10 mCi(300-370 MBq)の投与量となる。甲状腺腫が大きいほど甲状腺単位重量あたりの投与量をすこし多くした方が甲状腺機能が正常化しやすい。甲状腺機能低下を目的とする場合には100 Gy以上の吸収線量を設定して、多めの131Iを投与する。ヨード制限は治療後さらに1週間続けさせる。
3. 治療効果および副作用
投与約1-2週間後に甲状腺濾胞の破壊による甲状腺中毒症の一過性増悪が起こることがある。治療効果は3-6週間後から現れ始め、甲状腺中毒症の改善とともに甲状腺腫も縮小しはじめる。治療3-4ヶ月後に甲状腺機能が正常化することが多い。このようにすぐに甲状腺機能が正常化するわけではないので、甲状腺機能亢進の強い患者や心疾患などの合併症のある患者などでは、抗甲状腺剤で体力を回復してから治療を行った方がよい。治療中にはベータブロッカーがよく用いられる。治療後甲状腺機能亢進症状が強い場合には、約1週間後より、抗甲状腺剤や無機ヨードなどが用いられることもある。5年後の治癒率は約90%(甲状腺機能低下症20 %を含む)である。6ヶ月待って機能が正常化しない場合には再投与を考慮する。
晩発性甲状腺機能低下症はもっとも重視すべき副作用である。131Iによる甲状腺の萎縮および破壊作用とTSH受容体抗体による甲状腺刺激作用のバランスが前者優位になると、患者は甲状腺機能低下症を発症する。実際に治療後に甲状腺腫が消失した症例では機能低下症となる確率が高い。131I治療後、年数が経過し、甲状腺機能が低下するにともない、TSH受容体抗体の活性も低下する。しかし甲状腺機能の正常や低下した症例の中にもTSH受容体抗体陽性を示すものが多く、このような症例では免疫学的寛解に至っていない(表1)。
表1
表1甲状腺機能とTSH受容体抗体活性との関係.TSH受容体抗体活性としてTBII(TSH結合阻害抗体)およびTSAb(甲状腺刺激抗体)活性を測定した。
表1甲状腺機能とTBIIおよびTSAb活性との関係
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甲状腺機能 TBII(%)(陽性者数/症例数;検出率%) TSAb(%)(陽性者数/症例数;検出率%)
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甲状腺機能亢進 46.9 ± 26.4 (16/16; 100.0) 1115 ± 1249 (12/12; 100.0)
甲状腺機能正常 9.8 ± 23.2 (24/73; 32.9) 418 ± 555 (30/53; 56.7)
甲状腺機能低下 8.2 ± 21.6 (22/80; 25.6) 454 ± 1124 (26/60; 43.3)
表2 I-131治療後の経過年数とTBIIおよびTSAb活性との関係
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経過年数 TBII(%)(陽性者数/症例数;検出率%) TSAb(%)(陽性者数/症例数;検出率%)
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〜10年 27.0 ± 35.6 (9/17; 52.9) 674 ± 965 (4/4; 100.0)
10〜20年 -1.4 ± 6.9 (1/10; 10) 118 ± 36 (1/5; 20.0)
20〜30年 3.9 ± 19.3 (7/38; 18.4) 218 ± 272 (6/14; 42.9)
30年〜 0.8 ± 12.0 (3/34; 8.8) 253 ± 495 (5/27; 18.5)
阻害型TSH受容体抗体の出現が甲状腺機能低下症の原因となることはほとんどない。
各患者間で放射線感受性に個人差があり、上記の方法で適正投与量を決めて治療した場合でも、甲状腺機能低下症の発症率は高く、著者らの施設においては、10年後で約40 %、20年後で約60 %にも達する。投与量を減らすと今度は治癒率が低下する。(図2)
図2 131I治療後の甲状腺機能(a)通常投与群(平均74 μCi/g) (b)減量投与群 4mCi(平均42 μCi/g)
(原論文2より引用)
また先にも述べたごとく、抗甲状腺剤が副作用により使用できない場合には、確実な治療効果をねらって多めに投与する。この場合にはむしろ機能低下を目標とする。このように治療した患者に対しては将来甲状腺機能低下症が起こりうることを説明し、1-2年に1回程度の定期的なホルモン検査が必要であることを理解させ、追跡調査を確実に行う。
他の副作用としてはバセドウ病眼症の悪化、治療後1年以内に起こる一過性の甲状腺機能低下症などがある。バセドウ病眼症の悪化については否定的な論文もあり、まだ最終的な結論はでていない。発癌性や生殖線の被曝による遺伝的影響などに関しては特に問題はないものと考えられている。
コメント :
近年本邦においては131I治療の退出基準が決まり、(500 MBq, 13.5 mCi)、ほとんどすべての患者において外来治療を行うことが可能となった。また131I内用療法は内科的治療に比べて医療経済効果に優れているとの報告もみられ、今後本邦においてもこの治療が増加することが期待される。
原論文1 Data source 1:
核医学による治療の進歩。
笠木寛治、岩田政広、御前 隆、小西淳二、阪原晴海
京都大学核医学科
日本医学放射線学会雑誌、60, 729-737, 2000
原論文2 Data source 2:
バセドウ病アイソトープ治療後の予後とTSH受容体抗体
小西淳二、笠木寛治、御前 隆
京都大学核医学科
厚生省特定疾患ホルモン受容機構異常調査研究班平成11年度総括研究事業報告書、15-16, 2000
原論文3 Data source 3:
ラジオアイソトープの治療への応用、III. RI内用療法の実際、甲状腺機能亢進症、甲状腺癌のI-131療法
笠木寛治、宮本信一、御前 隆、小西淳二
京都大学核医学科
RADIOISOTOPE 43,635-646, 1994
参考資料1 Reference 1:
Basedow病の放射性ヨード内用療法と内科的治療との医療費用分析。
薄井庸孝、町田喜久雄、本田憲業他。
埼玉医科大学総合医療センター 放射線科
第59回日本医学放射線学会発表
参考資料2 Reference 2:
甲状腺疾患治療のコツ、バセドウ病/甲状腺機能亢進症の治療-アイソトープ治療の適応と方法-
吉村弘
伊藤病院
診断と治療 89:239-243, 2001
参考資料3 Reference 3:
甲状腺疾患。その診断と治療の最前線/総説 バセドウ病の131 I治療
日下部きよ子、牧正子
東京女子医科大学 放射線科・核医学部
Modern Physician 21: 1057-1060, 2001
キーワード:バセドウ病, Graves' disease; 甲状腺機能亢進症, hyperthyroidism; 甲状腺機能低下症, hypothyroidism; ヨード131, iodine-131;TSH受容体抗体, TSH receptor antibody; 放射性ヨード摂取率, radioiodine uptake; 甲状腺腫, goiter; 放射性ヨード治療 radioiodine treatment
分類コード:030302