作成: 1996/10/18 山田 仁
データ番号 :010032
電線の架橋技術と自動車用電線への応用
目的 :電線の放射線照射による架橋技術と低公害化、高特性化への適用
放射線の種別 :電子
放射線源 :電子加速器(2MeV)
線量(率) :200kGy
応用分野 :材料改質、環境保全
概要 :
電子線架橋は設備費が高額だが材料の自由度が高いという利点があり、広く用いられている。自動車用電線の低公害化として、ハロゲンフリーの電線の開発では架橋が機械的強度、耐熱性の向上に用いられている。アンチロックブレーキシステムのセンサーケーブルの開発ではポリウレタンエラストマーの耐水性、耐油性の向上に用いられている。
詳細説明 :
1.放射線照射による電線改質
電子線架橋は化学架橋と比較し、設備費が高額であるが材料面での自由度が非常に高い。この利点を生かし、機器内配線、自動車用など広範囲に使用されている。その他にも柔軟性に優れたEPゴム(エチレンプロピレンゴム)等をベ一スにした照射架橋ゴム電線、200℃のオイル中でも使用できる高耐熱、耐油フッ素エラストマー電線、ナイロンやポリウレタン等の成型品や自動車用センサーケーブルなどにも電子線照射による架橋技術が使われるようになった。
2.自動車用ハロゲンフリー、耐熱低圧電線の開発
放射線照射による架橋技術の一例として自動車用ハロゲンフリー、耐熱低圧電線の開発が挙げられる。自動車用電線の絶縁材料にはハロゲンを含む樹脂や難燃剤が多量に用いられている。ハロゲンは有毒性のガスを発生する為、ハロゲンフリーの絶縁材料が求められている。
ハロゲンフリーの絶縁材料で自動車用電線としての要求特性を充たすために、ハロゲンを含まない樹脂に水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウムなど結晶水をもつ金属水酸化物を添加する検討を行った。その検討配合を表1に示す。
表1 Resin composition for the test wires. (原論文2より引用。 Reproduced from Radiat.Phys.Chem., Vol.46, No.4-6.1011-1014(1995), Tab. 3 (p.1013), with permission from Elsevier Science.)
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resin composition |
#1 |
#2 |
#3 |
#4 |
#5 |
#6 |
Polyethylene(*1)
EVA(*2)
EVA(*3)
Magnesium hydroxide(*4)
Magnesium hydroxide(*5)
Common additives
|
100
100
|
100
100
|
100
125
|
100
100
|
100
125
|
100
100
|
Antioxidants=2(phr)
Lubricant =1(phr)
TMPTMA =2(phr) |
(*1)Low density polyethylene,mp=109℃,MFR(190℃,2.16kg)=1.3
(*2)Ethylene-vinylacetate copolymer,VA=15wt%,MFR(190℃,2.16kg)=1.5
(*3)Ethylene-vinylacetate copolymer,VA=28wt%,MFR(190℃,2.16kg)=6
(*4)Surface treated with stearic acid salt
(*5)Surface treated with silane coupling agent
導体上にこれらの絶縁材料を押し出し被覆した後に2MeV、200kGyで電子線照射をしたサンプルを作製し、機械的強度、摩耗性、耐油性などの特性について調査した。その結果を表2に示す。
表2 Fundamental properties of test wires. (原論文2より引用。 Reproduced from Radiat. Phys. Chem., Vol.46, No.4-6.1011-1014(1995), Tab.2 (p.1012), Keiji Ueno, Sizuo Suzuki, Masatosi Takahagi, Ikujiro Uda, Hirosi Hayami, Development of Harogen-free, Heat-resistant, Low-voltage Wire for Automovitive Use; Copyright(1995), with permission from Elsevier Science.)
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require-
ment |
Resin composition of insulation |
#1 |
#2 |
#3 |
#4 |
#5 |
#6 |
Combustion
Time(sec)
|
≦30 |
27 |
13 |
8 |
15 |
7 |
4 |
Tensile
strength(kgf/mm2) |
≧1.05 |
0.93 |
1.25 |
1.16 |
1.37 |
1.26 |
1.14 |
Elongation(%)
|
≧150 |
46 |
673 |
578 |
247 |
223 |
267 |
Abration
resistance(mm) |
≧475 |
1030 |
530 |
360 |
870 |
680 |
560 |
Oil
resistance(%) |
≦15 |
3 |
11 |
14 |
7 |
8 |
23 |
ポリエチレンをベースとした材料は抗張力、破断時の伸びなどの機械特性で要求値より低くエチレン-酢酸ビニル共重合体をベースとした材料の方が優れていることが判明した。難燃剤に用いた水酸化マグネシムの表面処理ではステアリン酸よりシランカップリング剤の方が摩耗性に優れていることが判明した。これはエチレン-酢酸ビニル共重合体と水酸化マグネシウムとの間の化学結合により材料自身の結合力が生まれ、摩擦力に対し効果的な抵抗力が生じた為と考えられる。一方エチレン-酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が15%と28%の耐油性の比較により、油浸漬後の外径膨潤率が前者が7%、後者が23%と酢酸ビニル含有率が低いものの方が耐油性に優れていることが判明した。以上の機械特性、摩耗性、耐油性、難燃性の観点からシランカップリング剤で表面処理した水酸化マグネシウムを添加したエチレン-酢酸ビニル共重合体を絶縁材料として選択した。
この絶縁材料のその他の特性として耐熱性と発煙性について調査を行ったところ、耐熱性については、従来のAEX(自動車用架橋ポリエチレン電線)と同等の120℃の連続使用に耐えられ、発煙性についてはAEX、AV(自動車用非架橋PVC電線)と比較して煙の発生量が極めて少ないことが確認された。
3.照射架橋ポリウレタンエラストマー自動車用電線の開発
更に電子線架橋の放射線照射利用のもう一つの例として照射架橋ポリウレタンエラストマー自動車用電線の開発を挙げる。ABS(Antilock Brake System)センサーケーブルはブレーキ廻りに使用されることから、耐熱性、耐外傷性、耐水性、耐油性を兼ね備えた高い信用性が要求される。この為、機械的強度に優れたポリウレタンエラストマーが使用されるが、ウレタン結合が加水分解しやすいことから耐水性、耐油性においてポリ塩化ビニル、ポリエチレンに劣り信用性に欠けるという問題点があった。ウレタン結合が加水分解しても充分な強度を保持させる為には分子間の架橋が有効である。架橋方法としては、化学架橋はポリウレタンの加工温度が200℃に近いことから困難であり、工業的観点からも電子線照射架橋が最適である。
更に、ポリウレタンは単体でも電子照射により架橋するが、より優れた耐水性、耐油性を得るには多官能性モノマーとの併用が不可欠であり、どのようなモノマーを使うかも重要である。耐水性評価試験として、100℃の熱水に浸漬し、浸漬前後の抗張力変化を測定した。その結果を図1に示す。

図1 耐水性試験(原論文3より引用)
電子線照射架僑ポリウレタンは、一般の非架橋ポリウレタンに比ベ100℃熱水浸漬後の抗張力の減少が少なく、耐水性に優れることが分かる。照射架橋ポリウレタンに認められる強度低下は、分子鎖中のウレタン結含等が加水分解するためであるが、架橋部分で強度が保持され抗張力がゼロになることはない。一方、非架橋ポリウレタンでは,完全に強度がなくなりポロポロになってしまう。自動車の足廻りの様な、水が避けられない部分への非架橋ポリウレタンの使用は出来るだけ避けることが望ましい。
また本センサーケーブルはタイヤハウスに露出配線されており、プレーキオイルの影響は避け難い。そこで、耐ブレーキオイル性を評価するために、ブレーキフルードDOT3を用い、70℃×24時問浸漬前後の電線外径の変化を測定した結果、電子線照射架橋ポリウレタンは、浸漬後の電線外径が浸漬前に比べ、138%〜142%膨潤しているものの、ケーブルとしての形状は保持されている。ところが、一般の非架橋ポリウレタンでは、完全に溶解してしまった。このように電子線照射により、耐ブレーキオイル性も改善することが出来た。
測定項目:難燃性(時間) 機械的強度(抗張力、破断時の伸び) 最小摩耗抵抗(長さ) 耐水性(抗張力の残率) 耐ブレーキオイル性(外径膨潤率)
コメント :
自動車用電線には、低公害化など解決が急がれる課題が多いだけでなく、その使用環境が過酷なことから高度の特性が要求される。本報告では、放射線照射による電線被覆材料の架橋技術の例として、低公害化ハロゲンフリー電線の開発に、ベ-ス樹脂にエチレン-酢酸ビニル共重合体を用いることや、金属水酸化物の表面処理法に着目することで要求特性を満足することと、高特性化としてポリウレタンエラストマーに耐水性、耐油性を付与することに成功している。
しかしながら、架橋された電線被覆材料はリサイクルが極めて困難であり、焼却が一般的な処理方法である。今後は架橋された電線被覆材料のリサイクル又は処理方法の検討が望まれる。
原論文1 Data source 1:
電線・ケーブル
上野 桂二
住友電気工業株式会社
放射線化学 第51号、35 (1991)
原論文2 Data source 2:
Development of Harogen-free,Heat-resistant,Low-voltage Wire for Automovitive Use
Keiji Ueno, Sizuo Suzuki, Masatosi Takahagi, Ikujiro Uda, Hirosi Hayami*
Sumitomo Electric Industries,LTD Electronics Wire Division,Tochigi,332 Japan * Osaka Research Laboratories,Osaka,554 Japan
Radiat.Phys.Chem. Vol.46,No.4-6.1011-1014,(1995)
原論文3 Data source 3:
照射架橋ポリウレタンエラストマー自動車用電線の開発
上野 桂二
住友電気工業株式会社
放射線化学 第56号、55 (1993)
参考資料1 Reference 1:
鈴木、宇田、高萩、上野、他
住友電気 136号
参考資料2 Reference 2:
K. Ueno
Radiat.Phys.Chem.Vol.35 No.1-3,pp 126-131(1990)
参考資料3 Reference 3:
I. Uda, S.Tada, K.Ueno et al
Reaiat.Phys.Chem.Vol.35 No.1-3,pp 148-153(1990)
参考資料4 Reference 4:
実公平4-52888
参考資料5 Reference 5:
USP 4,959,266
参考資料6 Reference 6:
Cnadian Pat.1,310,295
参考資料7 Reference 7:
EPC 0,212,645
参考資料8 Reference 8:
EPC 0,214,602B1
キーワード:自動車用、ハロゲンフリー、難燃性、金属水酸化物、摩耗性、耐熱性、耐油性、ポリウレタン
automotive use, halogen free, flame retardant, metal hydroxides, aAbrasion resistance, heat resistance, oil resistance, polyurethane
分類コード:010105,010101