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作成: 1997/11/13 関口 正之

データ番号   :010096
放射線滅菌に適した医用材料の開発
目的      :医用高分子材料の放射線安定性とその改良
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源 
線量(率)   :25 - 75 kGy、< 10kGy/hr
利用施設名   :Isomedix Inc.(Morton Grobe, IL)他
照射条件    :大気中
応用分野    :検査用具の滅菌、包装材料の滅菌、高分子の改質

概要      :
 医療用具の放射線滅菌では、まず滅菌に適合した高分子材料が求められる。材料の開発及び供給と同時に適正な材料の選択、加工が重要となる。放射線安定性には、機械強度、表面特性の他に着色や臭気の発生なども含まれる。医用高分子に多く使用されるポリプロピレンは放射線劣化が大きく、また透明性が必要なポリカーボネート、塩化ビニル等は着色という欠点を持つ。この欠点の改良に、各種添加剤(酸化防止剤、核化剤、配合油等)の使用や高分子組成・構造の改良(コポリマー化、分子量分布を揃える等)が行われる。

詳細説明    :
 
 医療用具の放射線滅菌では、まず滅菌に適合した高分子材料を使用する必要がある。選択の基準としては、強度、柔軟性、可塑性を備え、できるだけ破断時の伸びの大きい材料を選択する必要がある。成形特性の点からは低分子量物質より高分子量物質の方が好ましい。また、APT(アセタール、ポリプロピレン、テフロン)は照射による劣化が大きいので一般的には避けるべきである。図1に一般的な医療用高分子の相対的耐放射線性を示す。


図1 Relative Radiation Stability of Medical Polymers. Note: Physical Properties of Irradiated Polymers are subject to Variations Due To: (1)Stress(Residual & Functional),(2)Section Thickness,(3)Molecular Weight Distribution,(4)Morphology,(5)Moisture,(6)Environment(Oxygen/Temperature) And Must Be Tested in The Specific Application Under Consideration.(原論文1より引用。 Reprinted with permission from the Society of Plastics Engineers, ANTEC, Copyright 1994.)

 通常、照射後25%以上伸度が減少するような材料は限定された照射条件、特殊な仕様でしか利用できないため不適当である。医療用の高分子材料は、耐放射線性を改良するために他のポリマーとのブレンド、コポリマー化、結晶度や分子量分布の調整、酸化防止剤やラジカル捕捉剤等の安定剤の添加が行われる。そのため、放射線劣化の大きい材料も使用できるようになってきている。
 
 ポリプロピレン(PP)は、本来放射線照射に対して崩壊型で酸化劣化が大きいため、初期の耐放射線PPには少量のフェノール系及び多量の硫化ジエステル系酸化防止剤を添加したホモポリマーが使用されていた。しかし、照射後フェノール系酸化防止剤に起因する着色が認められた。最近では、低結晶性で狭い分子量分布特性を持つ材料が開発され、フェノール系酸化防止剤の代わりにヒンダードアミン系光安定剤(HALS)を使用したものが作られている。また、ランダムコポリマーを含むポリエチレン(PE)は耐放射線材料に欠かせない物質であることやある種の有機系増核剤の使用は透明性の改善に有効であることが知られている。Portonyらのグループは、医療用具への高い適合性を考慮し耐放射線性と透明性、蒸気滅菌対応という3つの特性を兼ね合わせたPPの開発を行っている。その結果、メタロセン触媒により製造された超低密度エチレンポリマー(プラストマー)を約7.5〜10%含み、増核剤とHALSで安定化したPPホモポリマーがこの要求に叶うことを明らかにしている。このプラストマーを添加したPPの破断時の伸びを調べた結果を図2に示す。


図2 Experiment 2, Tensile Elongation at Break of Polypropylene-Plastomer Blends.(原論文2より引用。 Reprinted with permission from the Society of Plastics Engineers, ANTEC, Copyright 1996.)

 プラストマーの添加量の増加に比例して破断時の伸びが大きくなり、未添加のものに比べ耐放射線性が大きく改善されている。しかし、材料成形条件(特に成形温度)も、衝撃強度等に10倍以上の変化を及ぼすことが知られており、照射劣化以上に大きな影響因子となりうることを理解する必要がある。
 
 照射後の着色は、物理的変化が起こる前段階で生じる。黄色系の着色を制御するため、一般的にはウルトラマリンブルーあるいはPVCの安定化には紫系色素を組み合わせたものを微量添加する。また、配合油としてモノアルキルジフェニルエーテルをPPに加えたり、ジ(エチルヘキシル)フタレートをPVCに加え着色を抑えている例もある。ポリカーボネート(PC)の場合は、特に透明性と放射線に対する材質適合性(機械強度、寸法安定性、成形等)が良好にも係わらず照射により黄緑色に着色する欠点を持っている。図3に、Chungらのグループが3種類の安定剤について、PCの着色へ与える影響を検討した結果を示す。


図3 Delta YI vs. Storage Time of Irradiated PC Samples in Dark.(原論文3より引用。 Reprinted with permission from the Society of Plastics Engineers, ANTEC, Copyright 1996.)

 ジシクロヘキシルフタレート(DCHP)を加えた場合、トリイソノニルトリメチリテート(TINTM)やジトリデシルフタレート(DTDP)に比べ着色抑制に有効であり、その作用機構として、二次電子に対する高いスカベンジ能力をあげ、それが黄緑色の着色に関係するフェノキシラジカルの生成を押さえるために寄与すると結論づけている。
  
 臭いについては、PVCでは配合されているエポキシ化大豆油の酸化に伴う酸化臭によるもので、高分子可塑剤の使用により防止が可能である。PEの場合も有機酸等の生成に伴う照射臭が認められ、食品用酸化防止剤(BHT)の使用により改善されることが知られている。

コメント    :
 放射線滅菌に適合した医療用高分子材料の開発は、近年著しい展開を見せてきている。高分子材料そのものに起因する照射後の物理的劣化や着色、臭気の発生、溶出物の増加などは、色々な技術によりかなり克服され、同時にそのメカニズムについても解明されつつある。また、製品への加工成形条件は、添加物等による材料改質以上に影響を与えることが知られており、製造技術面の技術革新と情報の収集が重要である。さらに、製造工程管理(GMP)を徹底し、微生物汚染を低減化できれば滅菌線量の引き下げも可能となり材料選択の幅を広げることができる。しかし、テフロン等の抗血栓性材料やより高度な表面処理を施した材料、複合材料からなる精密な製品などでは特殊な機能、材料間の機械強度のバランスが照射により影響を受け設計性能を維持できないケースもあり現在のところ全ての材料を放射線に適合化させるには至っていない。今後、酸化エチレンガス滅菌には、環境や労働衛生、製品安全性といった面でより厳しい規制が加わり放射線滅菌への移行が進むと予想される。そのためにも、新たな材料開発と共に適切な材料選択とその組み合わせを考慮した製品設計が求められる。

原論文1 Data source 1:
PREVENTING PLASTIC PART FAILURE AFTER RADIATION STERILIZATION
James A. Stubstad and Karl J. Hemmerich
Ageless Processing Technologies, Del Mar, California
ANTEC, p.464 (1994)

原論文2 Data source 2:
CLEAR, RADIATION TOLERANT, AUTOCLAVABLE POLYPROPYLENE
R.C. Portnoy
Exxon Chemical Company
ANTEC, p.2789 (1996)

原論文3 Data source 3:
STABILIZATION OF POLYCARBONATE AGAINST GAMMA-IRRADIATION
James Y.J. Chang
Plastics Department, Polymers Division, Bayer Corporation, Pittsburgh, PA 15205
ABTEC, p.2784 (1996)

参考資料1 Reference 1:
Mobility as a mechanism for radiation stabilization of polypropylene
J.L. Williams, T.S. Dunn and V.T. Stannett
Becton, Dickinson Research Center, Research Triangle Park, NC 27709, U.S.A
Radiat. Phys. Chem, Vol.19, No.4, p.291(1982)

参考資料2 Reference 2:
プラスチック材料とガンマ線滅菌 -耐ガンマ線レベルの設定-
佐渡 峯生
テルモ(株)技術開発部駿河分室
医器学, Vol.55, No.9, p,480 (1985)

参考資料3 Reference 3:
医療用プラスチックの耐放射線性の向上について
中西 博
株式会社 松村石油研究所
第3回放射線プロセスシンポジウム講演要旨集, p.79 (1989)

キーワード:放射線滅菌、医療用具、放射線劣化、放射線安定性、安定剤、医用高分子、着色、臭気
radiation sterilization, medical products, radiation damage, radiation stability, stabilizer, medical polymer, coloration, odor generation
分類コード:010401, 010402 , 010403

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