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作成: 1997/12/18 松橋 信平

データ番号   :020025
海藻抽出成分の改質
目的      :放射線の海藻抽出成分加工技術への応用
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :1- 500kGy
線量(率)   :60Co
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所食品棟照射施設
照射条件    :空気雰囲気、室温
応用分野    :バイオマス、食品照射等

概要      :
 海藻からの抽出物であるカラギーナン、アルギン酸ナトリウム、寒天などは、食品工業の原材料として広く利用されている。これらの素材の加工技術として放射線照射を試み、その物理的化学的な特性の変化を検討した。アルギン酸ナトリウムやカラギーナンは50kGy照射することにより、凝集剤としての性能が向上すること。また、原海藻の照射では煮熟抽出液の粘稠性が低下し、濾過が促進される効果があることなどが明らかとなった。

詳細説明    :
 
 アルギン酸ナトリウム、カラギーナン、寒天などは、海藻由来の天然高分子であり、食品工業分野において、食品素材として、乳化剤、増粘剤、安定剤といった添加剤として、あるいは清澄剤や凝固剤などとして幅広く利用されている。このような利用は、これらの多糖が持つ物理化学的な特性を応用したものである。これらの多糖は、目的に適した特性を得るために改質を行うことがあるが、この場合、改質処理のための方法の選択と、処理により得られた特性の把握が必要不可欠となる。
 
 凝集剤としての機能を持つアルギン酸ナトリウムおよびカラギーナン(粉末状態)に放射線を照射すると、著しい粘度低下が生じ、その度合いはアルギン酸ナトリウムよりカラギーナンにおいて高かった(図1参照)。


図1 Changes in viscosity of sodium alginate and carrageenan by gamma-irradiation. Viscosity of 1% solution was measured at 35℃. Symbols:○, sodium alginate; △, carrageenan.(原論文1より引用)

 一方、これら多糖の相対的な表面電荷への照射の影響を見ると、500kGy照射した場合でもその低下は、アルギン酸ナトリウムやカラギーナンのいずれについても10%程度であった。また、アルギン酸ナトリウムでは照射によるpH変化はほとんど見られなかったが、カラギーナンでは照射線量の増加に伴いpHは著しく低下した。このような特性の変化が明らかとなったので、凝集剤としての性能への影響を日本酒を用いて試みた結果、アルギン酸ナトリウム、カラギーナンのいずれについても10〜50kGyの照射により酒に含まれるタンパク質の吸着力が増強されることが明らかとなった。
 
 アルギン酸ナトリウムの場合には100kGyの照射でも、高い凝集効果が得られることが明らかとなり、放射線照射が改質の手段として有効であることが示された。
 
 寒天などの物性を象徴的にかつ精度良く測定できるゲル融点の変化を調べることにより、照射の影響を評価した。その結果、線量の増加とともに、照射試料のゲル融点は低下した。風乾物状態の寒天のゲル融点に及ぼすγ線の影響は、1〜10kGyの線量では、-0.33℃/1kGyであった(図2参照)。


図2 Effects of gamma irradiation on gelling property of agar-A (irradiation test-1)(原論文2より引用)

 また、ゲル融点の低下率は、寒天あるいはカラギーナンの種類(起源)により異なった。水ゲル状態の試料を照射した場合は、風乾物状態の試料を照射した場合に比べ、全般にゲル融点の低下が顕著であること、風乾物状態の試料を照射した場合のゲル融点の低下は非可逆的な変化と考えられることなどが明らかとなった。
 
 寒天やカラギーナンを工業的に生産する際には、これらの原藻を煮熟し、成分を抽出・濾過しなければならないが、濾過の工程を容易にするための原藻への放射線照射の有効性について検討した。カラギーナンの原料であるキリンサイ属海藻および寒天の原料であるオゴノリ属海藻について、風乾状態の試料に20あるいは50kGyのガンマ線を照射した。その結果、照射した原藻からの煮熟抽出液は、いずれも粘稠性が低下し、濾過が容易化された。また、照射原藻からの粘液質(カラギーナン等)のゲル融点は、一般に低下の傾向を示したが、キリンサイ属の一種についてはゲル融点が上昇した(表1参照)。

表1 Melting points of gels prepared from the irradiated dry seaweeds.(原論文3より引用)
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Species of red  
algae app.concn. Eu.gelatinae  Eu.spinosum  Eu.cottonii  Gr.compressa  Gr.verrucosa
of gel *1         1.5%   2%     1.5%   2%    1.5%   2%      1.5%   2%     1.5%   2%
------------------------------------------------------------------------------------
                                    0.5  Mrad  Dose
                 ------------------------------------------------------------------
 m.p.(℃)         45.0  49.5    48.0  48.5 (Flow)*3 33.5   80.0  83.9    80.0  80.5
 concn.*2(%)      1.34  1.71    1.39  1.70   1.26  1.68   0.84  1.25    0.84  1.24
------------------------------------------------------------------------------------
                                      0.2  Mrad  Dose
                 ------------------------------------------------------------------
 m.p.(℃)         46.1  51.9    48.1  47.5 (Flow)*3 33.5  ・・・・  ・・・・  ・・・・  ・・・・
 concn.*2(%)      1.33  1.76    1.29  1.70   1.23   1.56
------------------------------------------------------------------------------------
*1  Apparent concn. of  gel  in  preparation.
*2  True concn.  determined  based  on  105℃  dry matter.
*3  Almost  fluid state  gel.
 これらの結果より、原藻照射の得失については、煮熟抽出液の濾過が促進される効果が大きいという利点があり、また、含有粘液質のゲル融点が低下するとしても、その程度は小さいことから、その有効性が示唆された。

コメント    :
 海藻由来の多糖類は、古くから食品産業において利用されてきた素材である。そのために、調製法などは旧来からの経験に頼る部分が多く、科学的な研究が立ち後れている感は否めない。海藻由来の多糖類について、放射線照射による物理化学的な特性の面から貴重なデータが得られている。また、食品加工技術としての放射線照射について、その有効性を示すデータは、将来性の面からも重要であると考えられる。

原論文1 Data source 1:
Effect of Gamma-irradiation on Sodium Alginate and Carrageenan Powder
Tamikazu KUME and Masaaki TAKEHISA
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12, Japan
Agricultual Biological Chemistry, 47(4), 889-890, 1983.

原論文2 Data source 2:
ガンマ線照射した寒天及びカラギーナンのゲル融点
松橋 鉄治郎、伊藤 均*
長野県食品工業試験場、〒380 長野市栗田、*日本原子力研究所高崎研究所、〒370-12 高崎市綿貫町
食品照射、第21巻、29-42、1986

原論文3 Data source 3:
ガンマ線照射した海藻からのカラギーナン:その抽出工程の改善
松橋 鉄治郎、伊藤 均*
長野県食品工業試験場、〒380 長野市栗田、*日本原子力研究所高崎研究所、〒370-12 高崎市綿貫町
食品照射、第21巻、43-49、1986

キーワード:海藻、アルギン酸ナトリウム、カラギーナン、寒天、放射線分解、凝集性 、粘度、ゲル融点
seaweed, sodium alginate, carrageenan, agar, radiation degradation, coagulation ability, viscosity, melting point of gel
分類コード:020301,020302

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