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作成: 1998/09/24 小山 重郎

データ番号   :020089
不妊虫放飼法による北アフリカのラセンウジバエ根絶防除
目的      :北アフリカのラセンウジバエを不妊虫放飼法により根絶防除する
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs線源
線量(率)   :75Gy
利用施設名   :メキシコのラセンウジバエ不妊虫生産施設
照射条件    :空気中、室温
応用分野    :不妊虫放飼法、害虫防除

概要      :
ラセンウジバエは牛や馬の傷口に卵をうみ、幼虫がその肉を食う害虫であり、中南米と米国南部に分布して家畜に大きい被害を与えたが、不妊虫放飼法によって米国とメキシコではその根絶に成功していた。この害虫が1988年に北アフリカのリビアに侵入したため、その分布拡大を阻止する目的で、メキシコのラセンウジバエ不妊虫生産施設から空輸した不妊虫を1991年2月から9ヶ月間放飼することによって、その根絶に成功した。

詳細説明    :
1988年3月、北アフリカのリビアのアラブジャマヒリア(チュニジア国境にちかい地中海沿岸地方)で、新世界ラセンウジバエCochliomyia hominivorax (別種である旧世界ラセンウジバエと区別するためにこういう。以下ラセンウジバエと呼ぶ)が旧世界ではじめて発見された。ラセンウジバエは中南米原産で、牛や羊などの家畜の傷に卵を産み、これから孵った幼虫が生きた動物の肉を食う害虫である。被害をうけた家畜はひどく弱り、ときには死に至る。この害虫はメキシコから米国に侵入し、家畜に大きい損害を与えたため、不妊虫放飼法による根絶防除が1957年から米国でおこなわれて成功した。不妊虫放飼法は害虫を大量増殖し、これに放射線を照射することにより不妊化し、野外に放して野生虫と交尾させ、その子孫を絶やす方法である。その後、この不妊虫放飼事業はメキシコに引き継がれて、1991年にはメキシコでの根絶が宣言され、現在さらに南の中米諸国で続行中である。
 リビアにおけるラセンウジバエの発生は、そのまま放置すれば、リビア国内だけでなく、北アフリカ全域に分布が拡大し、さらには近東とヨーロッパの地中海沿岸地方全域に広がって、家畜への重大な経済的損害をもたらすことが懸念された。そこでFAO等、国連機関のイニシアチブのもとにリビアとその近隣のアフリカ諸国が協力して、緊急のラセンウジバエ根絶計画がたてられた。この計画は、ラセンウジバエの発生地域から家畜の移動を一切禁止してハエの分布拡大をくいとめると共に、ラセンウジバエの不妊虫をメキシコ南部のツクストラグチエレスにある世界唯一のラセンウジバエ不妊虫生産施設から空輸して発生地に放飼するものであった。この施設で大量増殖されたハエの蛹は、137Cs線源からのガンマ線で75Gyの線量を照射して不妊化したのち、10℃に冷却して空輸され、羽化した不妊成虫は平方キロあたり800-1200頭の密度で発生地に放飼された。
 1991年2月に不妊虫放飼が開始され、週2回、はじめは1000-1700万頭が、リビア国内の発生地6400平方キロに放飼され、後には4000万頭が40000平方キロ(チュニジア国内の2500平方キロを含む)に放飼された。放飼開始後、ラセンウジバエの被害であるハエウジ病の発生件数は急速に減少し、1991年5月からは無発生の状態が続いた(表1)。

表1 Myiasis cases in Libya(抄録者注:リビアにおけるハエウジ病(ラセンウジバエなどハエの幼虫による家畜の被害)の発生件数。NWSはラセンウジバエによるもので、Othersはその他の種のハエによるものである。)(原論文1より引用。 :Reproduced from the data source 1 with kind permission from the Food and Agriculture Organization of the United Nations)
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         1989          1990          1991          1992
     ------------  ------------  ------------  ------------
      NWS  Other    NWS  Other    NWS  Other    NWS  Other 
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Jan                 102    15      3     17      0     11
Feb                  94    28      2     17      0      6
Mar                 190    73      0    128
Apr                 289    50      1    221
May                 371    42      0    191
Jun                 917    65      0    158
Jul                1570    53      0    105
Aug                2154    65      0     87
Sep                2932    45      0     61
Oct                1701    23      0     37
Nov                1566    25      0     41
Dec                 191     5      0     21
Total  1937   0   12068   489      6   1084      0     17
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そこで、無発生が6ヶ月つづいた1991年10月に不妊虫放飼は終了した。放飼開始から終了までの9カ月間に放飼された不妊虫は合計13億頭に達した。その後の調査の結果でもラセンウジバエによるハエウジ病は全く発見されなかったため(表1)、1992年6月にリビアに侵入したラセンウジバエの根絶が公式に宣言され、北アフリカにおけるこのハエの脅威は最終的に取り除かれた。

コメント    :
不妊虫放飼法によって米国とメキシコのラセンウジバエが成功裏に根絶されたことは、放射線の農業利用として特筆すべきことであるが、地域的に遠くはなれた北アフリカでも、メキシコの不妊虫生産施設から空輸された不妊虫によって根絶に成功したことは画期的なことである。特に、ラセンウジバエの発見後まもなく緊急根絶計画がたてられ、被害が拡大するまえに最小の費用で根絶がなしとげられたことは、今後の同じような害虫の侵入に対して不妊虫放飼法が極めて有効であることを示すもので、まことに意義深いものがある。

原論文1 Data source 1:
The New World Screwworm Eradication Programme, North Africa 1988-1992
Gillman,H.,Cunningham,E.P. and Sidahmed,A.E.*
FAO Animal Production and Health Division,*FAO Screwworm Emergency Center for North Africa
The New World Screwworm Eradication Programme, North Africa 1988-1992, FAO, Rome, 192p.(1992)

キーワード:不妊虫放飼法、ラセンウジバエ、根絶防除、北アフリカ
sterile insect technique, screwworm, eradication, North Africa
分類コード:020201,040204

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