作成: 1998/10/27 小山 重郎
データ番号 :020093
アブラムシに対する電子線照射の効果
目的 :切り花の植物検疫による輸入制限解除のための殺虫処理
放射線の種別 :電子
放射線源 :電子加速器(2.5MeV)
線量(率) :200-600Gy
利用施設名 :農林水産省食品総合研究所電子線照射施設
照射条件 :空気中、室温
応用分野 :植物検疫、害虫防除
概要 :
輸入切り花の植物検疫処理のため、アブラムシに対する電子線照射の効果を検討したところ、200Gyの電子線照射によって、3齢幼虫と成虫が不妊化(子孫が生まれないようにすること)できることが明らかになった。しかし、600Gyの照射によっても摂食行動を完全に阻止することはできず、生存虫はウイルスの媒介能力があるものと考えられた。
詳細説明 :
わが国では、切り花の輸入が年々増加しているが、これには多くの害虫が寄生している。これらの害虫のうちには日本に未発生のものあり、もしこれが定着すると、わが国の農業に重大な損害を与える恐れがある。そこで、植物検疫によって輸入切り花に害虫が発見された場合には、これを殺虫処理しなければならない。そのため現在では切り花が臭化メチルによって殺虫処理されているが、この薬品は大気中のオゾン層の破壊をひきおこすため使用が制限されており、これに代わる殺虫処理技術として電子線照射が検討されている。電子線照射は従来のガンマ線照射よりもより安全で経済的である。
しかし、害虫を殺すような高い線量で照射すると切り花の品質に障害を与えるため、障害のあらわれないような低線量で害虫を不妊化(子孫が生まれないようにすること)することが検討されている。本研究は切り花の害虫であるモモアカアブラムシMyzus persicaeに対する電子線照射が、その生存、発育、繁殖に及ぼす影響を検討したものである。またアブラムシはウイルス病を媒介するが、ウイルスは放射線照射に極めて抵抗性が高い。そこで、電子線照射がアブラムシの摂食行動に影響して、ウイルスの媒介を妨げるかどうかも検討した。
モモアカアブラムシの3齢幼虫から成虫までを含むコロニーに200,400,600Gyの電子線を照射し、その効果を調べた。その結果、発育は照射線量が多いほど遅延または抑制された。照射後の生存率は、線量が高くなるにつれて低下し、600Gy照射では全ての個体が10日以内に、また400Gy照射では14日以内に死亡したが、対象区と200Gy照射の間では有意差は認められず、ほとんどの個体が14日以上生存した。照射された個体は照射後3-6日までは幼虫を産んだが、200-600Gy照射のすべてにおいて、この幼虫は発育中に死亡し、次世代を生ずることはなかった(表1)。
表1 Reproductive ability of nymphs from irradiated M.persicae(原論文1より引用)
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Dose(Gy) Days after No.of nymphs1) Population after2) Reproductive
irradiation tested(A) 10 days (B) ability(B/A)
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Control 1 15 45 3.0
2 20 72 3.6
3 20 83 4.2
4 20 55 2.8
5 20 78 3.9
6 20 108 5.4
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200 1 16 0 0
2 20 0 0
3 20 0 0
4 3 0 0
5 − − −
6 3 0 0
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400 1 8 0 0
2 13 0 0
3 9 0 0
4 − − −
5 − − −
6 − − −
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600 1 15 0 0
2 15 0 0
3 3 0 0
4 1 0 0
5 − − −
6 − − −
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1)Total number of nymphs tested in 4 replicates.Maximum 5 nymphs per replication were
transferred to a leaf in a petri-dish.
2)Total number of aphids in 4 replicates 10 days after inoculation of nymphs.
照射個体の摂食能力を排泄物(甘露)数で評価したところ、線量の増加に伴い摂食は抑制されたが、600Gyでも完全に摂食を阻止することはできなかった。したがって、生存する照射個体はウイルスの媒介能力をもつものと考えられる(図1)。
図1 Food consumption of M.persicae irradiated with electron beams(原論文1より引用)
以上の結果から、アブラムシの3齢幼虫と成虫は200Gyの電子線照射によって殺虫には至らなくとも不妊化できることが判明し、次世代の繁殖をおさえることができることが明らかとなり、植物検疫処理として有効であることが示された。ただし、600Gyまでの電子線照射によっても、ウイルス媒介能力を完全に阻止することは出来ないことが明らかになった。
コメント :
アブラムシは殺虫剤に耐性となりやすく、防除が困難な害虫である。輸入切り花に寄生する本虫の殺虫のため、現在植物検疫処理に用いられている臭化メチルなどの化学薬品は環境汚染の点で問題があり、これに代わる処理方法として電子線照射は有望であるが、切り花の品質に影響するので、なるべく低い線量での照射がのぞましい。そこで殺虫には至らなくとも不妊化によって次世代の繁殖を停止させる線量が明かになったことは有意義なことである。
原論文1 Data source 1:
Effects of electron beam irradiation on Myzus persicae (Sulzer)(Homoptera:Aphididae)
Dohino,T.,Matsuoka,I.,Takano,T. and Hayashi,T.*
Research Division, Yokohama Plant Protection Station, Naka-ku, Yokohama 231-0801, Japan,*National Food Research Institute, Tsukuba, Ibaraki 305-8642, Japan
Res.Bull.Pl.Prot.Japan No.34:15-22(1998)
キーワード:アブラムシ、切り花、植物検疫、電子線照射、放射線殺虫、不妊化
aphids, cut flowers, plant quarantine, electron beam irradiation, radiation disinfestation, sterilization
分類コード:020201,020202,040102