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作成: 1998/12/01 長谷川 博
データ番号 :020106
植物科学研究における放射線誘発突然変異体の利用
目的 :植物科学の基礎研究における突然変異体の役割
放射線の種別 :ガンマ線,エックス線
放射線源 :60Co線源(2,400Ciほか)、X線
線量(率) :引用文献中に記載無し
利用施設名 :農業生物資源研究所放射線育種場ほか
照射条件 :空気中
応用分野 :植物生理学、植物分子生物学、植物育種、宇宙植物学
概要 :
1992年に開催された第31回ガンマフィールドシンポジウムは「作物の新機能開発と突然変異の利用」というテーマで行われ、多様な作物の突然変異体とそれを用いた研究例が報告された。本データベースでは放射線利用により育成された材料を用いて行われたジベレリン生合成、デンプン代謝、葉の老化および植物の重力反応に関する基礎研究の報告を取り上げた。
詳細説明 :
イネのジベレリン反応に関する突然変異(原論文1)
半矮性作物育種の基礎としてジベレリン(GA)生合成系の研究は重要であり、そのために人為突然変異体が重要な役割をはたしている。本研究では水稲品種農林8号を原品種とするガンマ線照射後代より選抜された突然変異系統について幼植物期のGA処理(GA3として1個体あたり10ngおよび100ng)に対する反応が調べられている。その結果、突然変異系統間でGAに反応して第2葉鞘の伸長が認められる系統と認められない系統があることが明らかになった(図1)。GA反応性の矮性系統をGA反応に対する標準系統である短銀坊主と矮稲Cと比較したところ、供試全系統が矮稲Cと同様にGA20に不感応性を示し、GA20からGA1への生合成過程の突然変異によるものであることが明らかになった。
図1 Response of various rice mutants obtained from Norin No.8 by gamma-ray irradiation to GA.(原論文1より引用)
イネ胚乳突然変異体sugaryについて(原論文2)
近年のイネ育種では米質の改善が重要な課題のひとつになっているが、胚乳におけるデンプン合成の機構を知ることはそのための基礎研究として非常に重要である。水稲品種農林8号を原品種としたガンマ線照射後代からsugary突然変異体が選抜され、この突然変異体ではデンプンのα-1,6結合を加水分解するRエンザイムの活性が著しく低いことが明らかになっている。本酵素は種子発芽時に重要な働きをすることが従来知られていたが、本実験からデンプンの蓄積時にも作用することが示唆され、米質育種の基礎に新たな知見を加えることになった。
葉の老化過程に関するイネの突然変異(原論文3)
イネ科の1年生植物は種子の登熟とともに葉が黄化して一生を終える。この過程の解析が非黄化(常緑)突然変異体との比較研究から進んできた。イネでもエチルメタンスルフォネート(EMS)処理(0.1M、5h)とガンマ線照射(30kR)後代から非黄化突然変異体が選抜されている。これらのうち、ガンマ線により誘発された突然変異体NY-2は完熟期になお淡緑色の葉を示すことが最大の特徴であり、その時期において葉緑体の微細構造の崩壊や葉のタンパク質の分解も進んでいない。突然変異体の葉を切除して暗処理をすると野生型と同様の黄化が生じることから、この突然変異体は光周期や種子成熟のシグナル伝達に関わる遺伝子の変異によるものと推察されている。なお、NY-2の非黄化は単一劣勢突然変異遺伝子に支配されているが、野生型より開花が10日遅れる個体とさらに20日遅れる個体が分離するので単一劣性の極晩生遺伝子を伴っている。
オオムギとエンドウの重力屈性異常突然変異(原論文4)
宇宙空間で作物栽培を行うにあたっては、重力が植物に与える影響を明らかにしておく必要がある。近年はスペースシャトル内において小規模な実験が行われるようになったが、重力反応に異常のある突然変異体からも基礎資料を得ることができる。放射線育種場のガンマフィールド内で照射されたオオムギ(原品種、竹林茨城1号)の後代から、植物体を地表面から高いところで栽培すると茎が重力方向に(すなわち下に向かって)伸長する突然変異体が見い出された(図2)。この突然変異体は発芽時より重力に対して異常を示し、胚を地表と平行して種子の上部において催芽させないと、芽生えは傾いて伸長する。本突然変異体は内生GA含量が低いことから、重力反応とGA代謝の関係が示唆されている。
一方、重力に反応しない根の突然変異体がスウェーデンにおいてエンドウのX線照射後代より選抜されている。この突然変異体の地上部は光の有無に関わらず正常であった。また、この突然変異体の解析から屈水性は屈地性と独立していることなども明らかになっている。
図2 Plants of barley mutant showing abnormal response to gravity. A:Normal line B:Mutant line(after Suge et al.1989)(原論文4より引用)
コメント :
植物の突然変異体は品種育成という実用面のみならず、生理機能の解析、遺伝子の同定(メンデリズムから分子レベルまで)という基礎研究の実験材料としても重要である。今日では、Plant Cellなど有力な植物科学のジャーナルには毎号突然変異体を用いた研究例が紹介されている。基礎研究の実験材料については点突然変異による変異体であることが望ましく、遺伝子の欠失によると考えられる突然変異体が生じやすい放射線の利用例がEMSやアジ化ナトリウムの利用例より少ない原因になっている。突然変異体を用いた植物科学の基礎研究の多くはシロイヌナズナArabidopsis thalianaを用いて行われているが、この種ではEMSが突然変異原として使用され、処理後代のM2種子が市販されている。単子葉植物ではイネが実験植物として扱った研究報告が近年増加しているが、イネではガンマ線が有効な突然変異原であることから、放射線利用による基礎研究材料の育成例は今後増加する可能性もある。
基礎研究用突然変異体はM2集団から選抜する場合だけでなく、既存の突然変異系統を用いて目的を達成した例も多い(原論文1,4)。このメリットは突然変異遺伝子がすでにホモ接合体であることである。いずれの場合も変異体獲得の最重要点は変異個体の選抜テクニックであり、それについては原論文あるいはその引用文献を参考にしていただきたい。なお、実験材料育成の報告では照射条件の記述が省略されている場合が非常に多い。新たに突然変異体の誘発を試みる場合は、その植物で標準的に用いられてきた線量(あるいは濃度)を用いればよい。
原論文1 Data source 1:
Biosynthesis of gibberellins in rice and its dwarfism
Noboru Murofushi
Department of Agricultural Chemistry, The University of Tokyo
Gamma Field Symposia, No.31, 1992, 11-24
原論文2 Data source 2:
Characteristics and roles of key enzymes associated with starch biosynthesis in rice endosperm
Yasunori Nakamura*, Takayuki Umemoto**, Yasuhiro Takahata*** and Etsuo Amano****
*National Institute of Agrobiological Resources, **Tohoku National Agricultural Experiment Station, Department of Lowland Farming, ***Kyushu National Agricultural Experiment Station, ****Institute of Radiation Breeding,NIAR
Gamma Field Symposia, No.31, 1992, 25-44
原論文3 Data source 3:
Analysis of leaf senescence through mutation and affinity-labeling
Shinji Kawasaki
National Institute of Agrobiological Resources
Gamma Field Symposia, No.31, 1992, 45-65
原論文4 Data source 4:
Use of gravitropic mutants in barley and pea for the study of space botany
Hiroshi Suge
Institute of Genetic Ecology, Tohoku University
Gamma Field Symposia, No.31, 1992, 85-95
キーワード:突然変異、植物科学、イネ、オオムギ、エンドウ、ジベレリン、矮性、胚乳、葉の老化、登熟、重力反応、宇宙植物学
Mutation, Plant science, Rice, Barley, Pea, Gibberellin, Dwarf, Endosperm, Leaf senescence, Ripening, Graviresponse, Space botany
分類コード:020101,020501
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