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作成: 1999/02/23 天野 悦夫

データ番号   :020129
作物育種用放射線施設:ガンマーフィールド
目的      :長期緩照射による突然変異の誘発、緩照射条件下におけるγ線の生物への影響研究
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源(88TBq)
線量(率)   :5Gy/d〜0.02Gy/d
利用施設名   :農業生物資源研究所・放射線育種場・γ線照射圃場(ガンマーフィールド)
照射条件    :圃場栽培による生育中の植物等への長期間照射その他照射場内に配置された小型槽で飼育中の小型動物への長期間照射実験等。
応用分野    :突然変異育種法による作物の品種改良、放射線生物学等の動植物基礎生物学実験

概要      :
 ガンマ線の緩照射を行うガンマーフィールドは、放射線感受性の調査などを中心とした放射線生物学への利用のみでなく特に農作物の突然変異育種への応用という点で重要である。わが国のガンマーフィールドは農作物の育種を目的の一つとし、さらにわが国独自の設計概念と技術による施設として、現在も運用され大きな成果を上げている世界に誇る施設である。

詳細説明    :
 
 放射線育種はガンマ線などの放射線を突然変異の誘発源として用いることによって高頻度に人為突然変異を誘発し、それらの中から、目的に合った変異体を選抜して品種改良を行う方法である。放射線源としては第2次大戦以前から各地の大学において、X線を用いた基礎生物学実験が進められていたが、戦後になって、γ線源の入手が比較的容易になり、1956年には国立遺伝学研究所、翌1957年には当時神奈川県平塚市にあった農業技術研究所にコバルト60を照射線源とするγルームが設けられ、その後各地の研究機関にも設置が波及していった。その結果、稲のレイメイ、大豆のライデン、ライコウなどの優秀な品種が育成され、1960年には当時の農林省(現農林水産省)は独立の試験研究機関として放射線育種場を設立した。ここは後に、農業技術研究所(現農業生物資源研究所)に合併されたが、一貫して放射線の育種利用に向けた研究を続けている。
 
 放射線育種場にはいくつかの放射線照射施設があるが、その中でもガンマーフィールドは現在世界最大規模のものであり、日本ナシの「二十世紀」の黒斑病罹病性を抵抗性に改良した「ゴールド二十世紀」をはじめ、新水を改良した「寿新水」、自家和合性の自然変異二十世紀の「おさ二十世紀」を同様に黒斑病抵抗性に改良した「オサゴールド」を生み出している。作物育種の場合は、生物の増殖性のために、優れたものは増殖普及が早く、経済効果は工業製品を凌駕するものである。例えば、「ゴールド二十世紀」の経済効果として、年間50億円の節約という非公式試算が特産地の農協でなされたが、あながち誇張では無いであろう。また他の優秀品種の例として、国際機関IAEAの集計でも、中部ヨーロッパのビール麦の9割の品種、9割の産額はチェッコスロバキア(当時)で育成された品種「Diamant」に由来しているという。
 
 ガンマーフィールドは1949年に米国ブルックヘブン国立研究所の自然林中に設置されたもの(1967年に閉鎖)を始め、一時世界各国に、主に放射線生物学等の研究目的で作られていたが、線源交換その他の技術的、予算的に困難な問題のために閉鎖されたところが多く、現在まで残っているのは育種利用を目的とした日本、中国程度である。一方では、技術が近年普及確立した組織培養法を利用した室内緩照射施設が、タイ国にガンマ線照射温室の模擬施設として作られるといった、新しい研究の動きも出てきている。
 
 茨城県大宮町の人里から遠い丘陵地に作られた放射線育種場のガンマーフィールドは、当時米国からブルックヘブン型の機器の無償貸与の申し出があったものの、日本国内で広く専門家の間で検討された結果、上部遮蔽の無いブルックヘブン型(別項目参照)ではなく、照射容器自体を高く架設して上空遮蔽とし、また周囲には遮蔽堤を巡らすという、新しい設計で日本の技術で建設することになったのである。この自国技術で進めたことは、この施設が今もなお運用されている根幹となっている。コバルト60自体は当初のコイン型線源素材から粒状ペレット型に変更になりカナダからの輸入であるが、ステンレス2重容器への封入を含めた線源更新作業は今も日本の技術者によって(日本アイソトープ協会他)行われている。
 
 半径100mの円形圃場は高さ8mの遮蔽堤と丘陵斜面によって囲まれ(図1)、内部には各種の果樹や林木、および季節ごとに各種の農作物が栽植されている。照射圃場内での農作業や調査研究は通常は午前中に行い、午後は照射が始まるので、内部には入れない。


図1 ガンマーフィールド全景(最近の空撮より)(原論文3より引用)

 線源容器は地上3mほどの架台に据えられ、格納時には下部の回転シャッターが閉じている。100m離れた操作室で照射操作をすると、線源容器の上部の操作機構によって回転シャッターが開き、線源を下端に付けた線源棒が降下して、容器下端の保護キャップ内まで出てくる。これらの操作はサイレン等の一連の警告・安全システムによる操作として進められ、線源の格納はタイマーによって自動的に行われる。翌日は担当者が測定器で安全を確認した上で、操作室の施錠等、各ステップの安全を確認したあと、場内の農作業等が始められる。
 
 基本的な構造は図2に示す通りで、線源容器の下端に出てくる線源から照射される水平方向のガンマ線ビームは図2で lead ring (鉛リング)と示された遮蔽リングによって高さ方向が制御されて、8mの高さの遮蔽堤の6m位置以下に制限される。直射線は区域外には出ないようになっている。その後、各種の改良が加えられてきたが、特にICRP(国際放射線防護委員会)勧告関連で、施設外への漏洩放射線を従来の規制値よりも低く抑える必要が出た時に照射施設の構造を見直した結果、外部での漏洩数値の原因となるスカイシャインは、線源下方の大地に当たってから上空へ出る散乱線に原因があると考えられたので(原論文2)、線源下部その他に遮蔽体を加えて、ガンマ線を栽培圃場方向にリング状に射出するようにしている。最近ではさらに耐震補強も加えられている(図3)。これらの改善と照射時間の制御によって、現在でもこの施設は安全に運用されている。


図2 線源架台と照射装置(原論文3より引用)



図3 照射塔の外観(原論文1より引用)

 なお、原論文2によれば、200mから800mの距離の範囲での実測によれば、照射圃場区域外ではコバルト60の特性ガンマ線の2本のピークは観察できず、低エネルギー成分を中心としたものであったのは推定通りであった。また線量率の実測結果から、この散乱線は線源からの距離の5.2乗に反比例する非常に減弱度の高いものであったと報告されている。野外照射という特殊な場でのデータとして興味深い結果である。
 
 特筆すべきこととして加えておきたいのは、本施設では設立時から一貫して、大学研究者と農林系研究者との交流が保たれてきていることである。放射線育種場と大学共同利用関係者の協力によって推進されているガンマーフィールドシンポジウムは既に40回近くになっており、世界でも長寿のシンポジウムである。

コメント    :
 本データは作物育種の分野を中心に生物学への放射線利用として、工業利用などとは異なる特殊な施設のものとして作成した。野外照射施設として安全性はじめ多くの問題をこなしながら、40年近い運用実績を上げ、また多くの成果を出していることは世界に誇ることが出来る。最近では、タイで組織培養技術の併用で模擬ガンマー温室としての室内照射施設が作られてきているのは新しい道を示すものであろう。

原論文1 Data source 1:
日本における放射線育種 -現状と将来展望-
平岩 進
農業生物資源研究所・放射線育種場
エネルギーレビュー (1996) 16(10) :22-26

原論文2 Data source 2:
ガンマーフィールドの散乱放射線
矢頭 治
農業生物資源研究所・放射線育種場
農業生物資源研究所ニュ-ス (1992) No.28 p4

原論文3 Data source 3:
ガンマーフィールドの線量分布及び放射線の環境に及ぼす影響に関する研究
河原 清
放射線育種場
放射線育種場研究報告第1号 (1967) pp 1-64

参考資料1 Reference 1:
Institute of Radiation Breeding
農業生物資源研究所・放射線育種場
放射線育種場要覧

キーワード:ガンマ線、緩照射、ガンマーフィールド、育種、圃場照射、突然変異、野外照射、樹木、果樹
γ-ray, chronic-irradiation, gamma-field, breeding, field irradiation, mutation, outdoor irradiation, arboreal plant, fruit tree
分類コード:020101, 020501, 020502

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