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作成: 1999/02/21 天野 悦夫

データ番号   :020131
メダカへの放射線照射の影響
目的      :魚類における突然変異の誘発と検定法の確立
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線
放射線源    :X線(200kVp,25mA,0.5mmCu+0.5mmAl filter, 41cm from target),137Cs
線量(率)   :1.45Gy/min等 4〜25Gy
利用施設名   :東京大学原子力研究総合センター137Cs照射装置 等
照射条件    :大気圧下の水中照射
応用分野    :基礎生物学研究、放射線生物学研究、環境評価、観賞魚育種

概要      :
 実験室内で飼育できるメダカを用いて、放射線照射の影響を調べた研究である。植物やマウスなどで用いられている、標識遺伝子をヘテロに持つ場合に優性側遺伝子の突然変異を検出できるという、特定座位法をメダカに用いることによって、マイクロタイタープレートの穴一つに1個の卵を入れて観察できる実験系が確立された。これによって、数万個体の大きな集団での突然変異の検出が容易になっている。

詳細説明    :
 
 メダカを用いた放射線生物学や環境科学の研究は、この魚が小型で、飼育しやすく、子孫を簡単に得ることができるという事を利用している。特に水中の変異原や放射線の遺伝的影響を検出するのに適している。本データ群では特定座位法という、放射線等で誘発される一般的な劣性突然変異を検出する手法の開発とその確立について纏めてみた。放射線等で誘発される突然変異は、照射によってDNAの塩基配列が乱されることによる遺伝子の不活性化と考えられる。このような実験では優性遺伝子と劣性遺伝子をヘテロに持つ個体を使って、優性遺伝する正常な遺伝子から、劣性遺伝子に変化した突然変異を検出することで、短期間に、明確な結果を得ることができる。このような方法は、植物では、トウモロコシ、大豆、ムラサキツユクサなどで広く用いられ、マウスでも有名なラッセルの実験で使用されている。問題は観察の容易な標識遺伝子が入手できるかどうかである。メダカにおけるこの方法について、図1に模式的に示す。


図1 特定座位法により生殖細胞突然変異を検出する要点。 A/Aは優性ホモ接合体で、模式的に黒色の体色で示した。a/aは劣性ホモ接合体で、白色の体色で示した。(原論文1より引用)

 メダカでは約70の自然突然変異系統が知られており、その殆どは名古屋大学で維持されているが、それらから、五つの変異系統を選び、二年ほどかかって、五重劣性ホモ接合系統を交配によって育成した。しかし、その後の研究で、これらの組み合わせに、標識によっては観察時期が遅くなるなどの不都合な点が見つかり、結果的にはb, lf, gu の三標識を持つテスター系統が育成された。発生の時期と標識形質の検定可能な時期の関係を図2に示す。


図2 テスター系統に組み入れた標識遺伝子の発現時期。破線:変異形質を識別できる時期、実線:変異形質を確実に識別できる時期。(原論文1より引用)

 テスター系統に組み入れた標識遺伝子の発現時期。波線:変異形質を識別できる時期、実線:変異形質を確実に識別できる時期(原論文1)。
 
 例えば、放射線急照射の効果を調べようとするときには、照射された細胞核の状態が非常に重要になる。この要素を含めた実験システムの概要を図3に示した。


図3 メダカ特定座位法の実際(原論文1より引用)

 この手法では、発生の初期に観察・検定が可能であることから、小さなメダカの卵を、96孔型のマイクロタイタープレートの1孔に1卵を入れて、温度27度の飼育室に置いて孵化まで約1週間発生させるという便宜法が可能であり、万単位の幼胚の検定が出来るようになった。メダカの卵を使ったこの方法では、これらの遺伝標識による変異の検出の他に、透明な卵膜を透かして見えるいろいろな発生異常も記録調査できる。放射線生物学の分野では、脊椎動物における誘発突然変異の頻度が重要であり、非常に大きな集団を容易に観察できる方法として、本法は大きな意義がある。
 
 メダカ以外の魚類では外国ではやはり、小型の観賞用熱帯魚であるグッピーやゼブラダニオも用いられているが、卵胎生魚のグッピーではメダカのようなマイクロタイタープレートの利用はできず、ゼブラダニオでの実験も、使用遺伝子を含む実験系がメダカほど充実していないようである。その点で世界の先端を進んでいる研究といえる。
 
 実験の成果としての照射線量に対する変異頻度等は原論文2、更にDNA分子レベルへの展開については原論文3に触れられている。これら東京大学における研究のほかに、メダカを用いた研究は放医研においても進められており、国際誌掲載の論文、一般的なレビュー記事を参考文献として本データに加えてある。

コメント    :
 メダカをはじめとする小型魚類は、実験室内で飼育できる実験動物としてはいろいろと望ましい特性を備えているが、特に卵からの発生初期に検定できる突然変異を、マイクロタイタープレートを利用して観察するアイデアは優れている。これにより、数万個体の大きな集団を容易に扱えることになるのは、特筆すべき面白い技術である。

原論文1 Data source 1:
メダカの生殖細胞突然変異
島田 敦子、嶋 昭紘
東京大学理学部
メダカの生物学 東京大学出版会、東京 (1990) pp 251-266

原論文2 Data source 2:
メダカを用いた生殖細胞突然変異検出系
嶋 昭紘、島田 敦子
東京大学理学部
科学 (1989) 59(1) pp 50-53

原論文3 Data source 3:
メダカ生殖細胞の突然変異
嶋 昭紘
東京大学理学部
共用設備管理部門総合研究部門年報 (1995) 23 pp 27-30

参考資料1 Reference 1:
Heritable malformations in the progeny of the male medaka (Oryzias latipes) irradiated with X-rays.
Ishikawa Yuji and Yasuko Hyodo-Taguchi
National Institute of Radiation Science, Chiba, Japan
Mutation Research (1997) 389(2/3): 149-155

参考資料2 Reference 2:
ライフサイエンスにおける小型実験魚、メダカの有用性
石河 裕二
放射線医学総合研究所
放射線科学 (1994) 37(11): 415-418

キーワード:メダカ、放射線、X線、魚類、生殖細胞、突然変異、遺伝変異、特定座位法
Oryzias latipes,radiation,X-ray,fish,germcell,mu8tation,heritable change,specific locus method
分類コード:020502,020304

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