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作成: 1999/12/05 天野 悦夫

データ番号   :020139
トウモロコシにおける突然変異体誘発・選抜法
目的      :トウモロコシの突然変異育種の問題点と解決法
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,中性子
放射線源    :X線発生装置、60Co線源、研究用原子炉
線量(率)   :200Gy
利用施設名   :Brookhaven Nat'l Lab. Grafite Reactor, GE Maxitron X-ray apparatus,
京都大学原子炉実験所KUR研究用原子炉 重水施設(熱中性子用施設)
照射条件    :風乾種子の大気中照射
応用分野    :トウモロコシの突然変異育種、他殖性作物の突然変異育種、突然変異の発生機構の遺伝学的研究

概要      :
 トウモロコシは主要穀物であるばかりでなく、遺伝学研究にも優れた材料である。しかし、なぜか電離放射線には反応が良くなくて、良い突然変異体がとりにくい。化学変異原には良く反応することからそれによって多くの変異体が採れている。それらの分析によって遺伝子の詳細変異地図まで作られている。

詳細説明    :
 
 トウモロコシは言うまでもなく世界の主要食用作物の一つである。植物遺伝学的には稲や大麦と同じく2倍性であり、染色体数は10対計20本とそう大きくはなく、雄花が茎頂に、雌花が葉腋に分かれて付き、1回の交配で200粒から300粒もの種子が容易に得られることから遺伝学研究には好適な材料でもある。このために植物での最初の突然変異実験(Stadler 1928)にも使われている。しかし、稲や大麦と違って、雄花と雌花が分かれて着くために、既に多細胞組織になっている種子胚の処理の場合は図1に示すように誘発された変異キメラが十分大きくないために、同一個体の中での自家受粉をしても、突然変異体は得られない。


図1 トウモロコシの種子処理後に見られた白色突然変異セクターの例

 さらにトウモロコシではX線やガンマ線などの電離放射線では生存力のある好ましい突然変異はなかなか得られないという困った特性がある。原論文1所載の表1ではX線やガンマ線、熱中性子線などではモチ性変異体(wx)は非常にとりにくいが、化学変異剤EMSでは1%近い高頻度でモチ性突然変異体が得られたことを示している。さらに同論文では速中性子線で誘発・選抜できたモチ変異体も、生存率が低く、何らかの欠失を伴っていることが示唆されている。実際には染色体が放射線などによって切断されても、切断端は修復されていることから考えると、修復能力ではなく、修復のタイミングに問題があるようである。

表1 トウモロコシの各種変異原に対する反応(原論文1より引用)
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                                                          Mutations
Mutagen    Exposure    Years pooled  Fertile cob  ---------------------------    wx
                                      examined      C  sh1  wx  mult.  others  freq(%)
---------------------------------------------------------------------------------------
X-,γ-ray  20,25kR          5           2203        0   1    1    0      0     0.045
Nth        LD80             3            453        0   0    0    0      +*    0.00
ENS        LD20             4           2270       19   8   20    1      0     0.925
UV         10kerg/mm2       3            690        0  (2)** 0    0    (53)***  0.00
---------------------------------------------------------------------------------------
*  :Abnormally shaped kernels.
** :Phenotypically shrunken but allelism to sh1 not tested yet.
***:Embryoless. Out of 497 ears of 1970 harvest.
 これらの実験では、ウルチ系統を放射線などで処理した後、モチ性の検出用系統の花粉を交配して突然変異粒を検出する方法を使っている。この方法では検出された変異粒は検出用の系統との雑種になっているために、元の系統の特性を残すためには、例えば、検出用の花粉と元の品種の花粉を等量混ぜておくなど、別途十分に実験計画を立てねばならない。
 
 このような雑種として検出された変異粒から育てた植物体の花粉を、ヨード染色して観察すると図2のように濃淡2段階に分かれていることがある。特に化学変異剤による場合に多く見られるが、これらは塩基対置換型のようなごく小さな変異であったためと見られる(リーキー変異とも呼ばれる)。さらにごく低い頻度ながら多くの花粉の中には青黒色に染まる完全なウルチ花粉が見られることがある。これは同じ遺伝子座の中で乗り換え現象が起こって生じた組み換え型のウルチ花粉と考えられ、その頻度によって遺伝子座内部の地図ができている(原論文2の84頁)。


図2 トウモロコシの花粉に見られた中間型モチ変異体の例。中央の黒く染まった花粉は遺伝子座内組み換えによるもの。

 トウモロコシは交配によって容易にかつ大量に葉色ヘテロ種子を作って使う事ができ、また花粉のモチ・ウルチ性などの遺伝形質を染め分けることができるので、環境変異原の検出にはムラサキツユクサについで、よく使われる材料である(参考資料2)。数百万粒に及ぶ花粉が利用できることからその自動計測法も検討されている(参考資料3)。

コメント    :
 トウモロコシが電離放射線にうまく反応してくれないのはなぜかまだわからない。染色体の再癒合や、紫外線照射による障害の光回復など、各種の障害回復機構の存在は実証されているから、修復のタイミングにでも特異な点があるのかもしれない。その点に配慮すれば、化学変異剤には良く反応するので、突然変異法による品種改良は可能ではある。

原論文1 Data source 1:
Genetic Fine Structure Analysis of Mutants Induced by Ethyl Methanesulfonate.
Etsuo Amano
Nat'l Inst. Genetics
Gamma Field Symposia No.11 : 43-59 (1972)

原論文2 Data source 2:
Genetic Fine Structure of Induced Mutant Gene in Cereals.
Etsuo Amano
Inst. Rad. Breeding, NIAR, MAFF
Gamma Field Symposia No.24 : 81-96 (1985)

原論文3 Data source 3:
Genetic and Biochemical Characterization of Waxy Mutants in Cereals.
Etsuo Amano
Nat'l Inst. Genetics
Environmental Health Perspectives 37: 35-41 (1981)

参考資料1 Reference 1:
Genetic Effects of X-rays in Maize
L. J. Stadler
Proc. N. A. S. 14: 69-75 (1928)

参考資料2 Reference 2:
トウモロコシによる環境変異原検索システム
天野 悦夫
国立遺伝学研究所
「変異原と毒性」第12集 66-79頁 フジテクノシステム社

参考資料3 Reference 3:
Flow System for Automated Analysis of Maize Pollen.
Etsuo Amano
Nat'l Inst. Genetics
Environmental Health Perspectives 37: 165-168 (1981)

キーワード:トウモロコシ、他殖性作物、標識遺伝子、突然変異、放射線、化学変異原、花粉分析、遺伝学研究、
Maize, outcrossing plant, marker gene, mutation, radiation, chemical mutagen, pollen analysis, genetic studies
分類コード:020101, 020301, 020501

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