作成: 2001/01/30 原 敏夫
データ番号 :020155
放射線照射による納豆樹脂の合成とその利用
目的 :生分解性吸水性樹脂の合成
放射線の種別 :ガンマ線
放射線源 :60Co(1.17MeVと1.33MeV)
フルエンス(率):1.2kGy/h
線量(率) :15-170kGy
利用施設名 :九州大学量子線照射実験施設、日本原子力研究所高崎研究所
照射条件 :室温、空気中
応用分野 :衛生用品、食品包装資材、農業資材、化粧品
概要 :
納豆の糸に放射線を照射して生成する納豆樹脂。水を吸収し、膨潤した透明なハイドロゲル。保水力は抜群。納豆樹脂1グラムで5リットルの水が蓄えられる。市販の紙オムツや生理用ナプキンの5倍の吸水力。放射線照射量と納豆の糸の濃度の組み合わせでいろいろな性状をもつ納豆樹脂が得られる。放射線照射で適度の架橋を形成し、生じた空間に水分子が閉じ込められ吸水力が生じる。
詳細説明 :
高吸水性樹脂はイオン性基を持つ電解質ポリマーをわずかに架橋したもので、自重の数百倍から1,000倍という高い吸水性と、水を吸収して膨潤したヒドロゲルは圧力をかけても離水しない保水性を持つ材料である。高吸水性樹脂は、1960年代に米国で開発された機能性高分子材料の一つで、わが国では1976年に本格的に工業化されたのが始まりで、現在、紙オムツの他、医療、食品、園芸、建築など多くの分野で利用されている。このような高吸水性樹脂の中、アクリル酸系樹脂は自重の1,000倍の吸水能力を有し、安価であるため広く用いられているが、生分解性がほとんどなく、地下水汚染など環境への悪影響が危惧されている。
納豆菌が生産するg-グルタミン酸(PGA)はグルタミン酸がg結合し、重合度が5,000以上ある生分解性ポリアミノ酸で、α位のカルボキシル基が削除されるとナイロン4と同じ構造をとる。PGAは1937年にBacillus anthracisの夾膜成分として発見され、次いでB. subtilisの培養液中に発酵生産物として蓄積されることが認められた。一方、わが国の伝統的発酵食品である納豆の粘質物中にも含まれることが明らかになり、現在ではBcillus属の数種類の微生物がPGAを生産することが知られている。自然界に存在するアミノ酸はL型であるが、PGAの中にはD型のグルタミン酸が含まれており、特に、納豆ではその熟成につれてD型グルタミン酸の割合が80%以上に達する。PGAは納豆の糸の主成分で、納豆と一緒に摂取されており、安全性はきわめて高く、納豆菌ガムの名前で増粘剤などに使用されている。 このPGA水溶液に放射線を照射するとPGA分子間で架橋反応が起こり、吸水性、生分解性、可塑性を特徴とするPGA架橋体が得られる(図1)。
図1 納豆の糸の成分、ポリグルタミン酸に放射線照射して合成された納豆樹脂(左手前)と給水後のハイドロゲル(ビーカーの中)(原論文1より引用)
PGA架橋体の合成は放射線の照射線量に依存し、吸水率はPGA濃度10%、放射線照射線量20kGyのとき自重の5,000倍に達し、新たな機能性素材として応用が期待されている。PGA架橋体の生成機構は、放射線照射により水分子から解裂、生成したOHラジカルがPGA分子に移動し、PGA分子間あるいはPGA分子内でランダムに架橋が形成されることに起因する。照射線量の増加とともに吸水率は減少し、100kGy以上では200倍で一定になった(図2)。
図2 給水率に及ぼす放射線量 シンボル:給水率(●)、ゲル化率(○)(原論文1より引用)
これは架橋密度の増加により網目構造が密になるためで、そのためゲル強度は増加し、1%寒天とほぼ同じゲル強度となる(表1)。このゲルはカルボキシル基を持つアニオン性ゲルで、電解質濃度の増加により吸水率は減少し、pH3からpH11までの範囲では安定であるが、pH3以下では収縮するpH応答性ゲルといえる。
表1 納豆樹脂と市販吸水樹脂との吸水特性の比較(原論文1より引用)
------------------------------------------------------------------------------
---------------------------------------
納豆樹脂 アクリル酸系 ノニオンor
スルホン酸系
------------------------------------------------------------------------------
蒸留水 4,600 1,100 200〜700
0.9% NaCl 162 70 60
人工海水 75 12 30
0.2% CaCl2 64 2 35
10% CaCl2 41 1 20
------------------------------------------------------------------------------
現在、ポリ乳酸にPGA架橋体を混入し、生分解速度を制御できるエコ対応型包装資材を開発し、実機を用いた包装容器の試作にも成功した。また、真冬期(2月)の北海道十勝地区でバーンクリーナー方式の畜舎から排出される牛糞尿2トンの堆肥化試験を屋根付き堆肥舎でPGA架橋体を用いて実施した。実施9日後、無添加の対照区では内部まで凍結していたが、PGA架橋体を添加した試験区では凍結することなく内部温度が27℃まで上昇し、放線菌の十分な生育が観察された。PGA架橋体を生分解性水分調整剤として添加することにより微小空間で水分移動が生じ、微生物の生育に適した環境が設定されたため、-30℃近くの低温下でも発酵が進行したと考えられる。
一方、1988年から1992年にかけてエジプトを舞台に農業用保水剤を利用した節水型営農システムの開発・実証プロジェクト、「グリーンアース計画」が展開され、微小な環境制御により、保水剤の乾燥地農業への利用がきわめて有望であることが示唆された。砂漠化対策は、陸圏と水圏の生態系を相互に連動して再生することが望ましい。水圏の再生には堆積したヘドロを系外に取り出すことが最も有効であるが、浚渫したヘドロの処理、処分の適地や方法など新たな環境問題を提起し、その対策は容易ではない。しかし、有機物と土壌粒子とが結び付き生成した沈殿物をヘドロと考えると、ヘドロは窒素やリンを含む有機資源に一変する。すなわち、ヘドロを主要基材とし、種子を混入し、ヘドロ・シードペレットを調製し、播種することで緑化を目指す。育種的改良により野性的適応性が低下または消失した種子を乾燥から保護し、ペレット内の種子にのみヘドロの有機養分を供給することで発芽率と活着率の向上が可能となる。現在、PGA架橋体を混入したヘドロ・シードペレットを調製し、シャーレによる人工気象器内での発芽試験や乾燥条件下での発芽試験やペレットの強度試験を行っている。
近年の地球環境保全の高まりの中、平成9年12月に京都で開催された地球温暖化防止京都会議以来、「砂漠緑化」が炭酸ガス排出権と連動した経済戦略の一環として考えられるようになった。将来、PGA架橋体を利用した「グリーン・リサイクルシステム」構想を具現化し、「砂漠緑化」事業へ昇華させることを夢見ている。
コメント :
放射線照射により水分子から開裂、生成したOHラジカルに起因するため、ラジカル補足因子が存在すると架橋反応は進行しない。
原論文1 Data source 1:
放射線照射による納豆樹脂の合成とその利用
原 敏夫
九州大学大学院農学研究院
放射線と産業, Vol.81, p37 (1999)
原論文2 Data source 2:
砂漠の緑化
原 敏夫
九州大学大学院農学研究院
高分子, Vol.49, No.6, p367 (2000)
原論文3 Data source 3:
微生物産生高分子を利用した生分解性吸水性ポリマー
原 敏夫
九州大学大学院農学研究院
化学と生物, Vol.39, No.1, p8 (2001)
キーワード:納豆樹脂、ポリグルタミン酸、放射線照射、納豆菌、高吸水性樹脂、シードペレット、グリーン・リサイクルシステムnatto resin、poly(gamma-glutamic acid)、gamma-ray irradiation、Bacillus subtilis (natto)、super water absorbent、seed pellet、green recycling system
分類コード:020302, 020304, 020503