放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2000/12/24 長谷川 博

データ番号   :020206
シロイヌナズナのガンマ線超感受性突然変異体
目的      :放射線超感受性突然変異体の育成と特性評価
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs および 60Co 線源
線量(率)   :5, 10, 30krad (50, 100, 300Gy)
利用施設名   :Nordion, Ottawa, Canada
照射条件    :空気中
応用分野    :放射線生物学研究

概要      :
 シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の種子にエチルメタンスルフォネート(EMS)を処理して得られたM2種子より、ガンマ線超感受性突然変異体が選抜できた。突然変異形質は劣性遺伝子に支配されており、紫外線超感受性とは関連なかった。このような突然変異体は放射線感受性のメカニズムや照射障害の回復に関する分子生物学研究に有用である。

詳細説明    :
 
1.放射線超感受性突然変異体の選抜:
 
 シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の2生態型Landsberg erectra と Columbia の種子にエチルメタンスルフォネート(EMS)を処理し、M1植物を自家受粉させ、M1個体別に採種した。M2において、各M1個体別系統の種子プールのなかから20個の種子を寒天培地上で発芽、生育させ、播種後4、5日目の幼植物にガンマ線(10, 30krad)を照射した。照射後さらに12〜15日間生育させて照射障害の程度を調べた(図1)。


図1 Growth response of Arabidopsis to γ-rays. Five-day-old seedlings of the Columbia ecotype were exposed to 137Cs γ-rays and photographed 12 days later. A Unexposed seedlings; B 10 krad dose; C 30 krad dose.(原論文1より引用。 Reprinted from Molecular and General Genetics,(1994)243:660-665, Corinne Davies, Dorothy Howard, Georgette Tam, Nora Wong, Isolation of Arabidopsis thaliana mutants hypersensitive to gamma radiation , with permission from Springer-Verlag.)

 原品種よりも処理障害が著しい個体が含まれる系統について、それらの種子プールの残りの種子の放射線感受性を再検査することにより、2野生系統から得られた計3394系統から12系統の放射線超感受性系統を育成することができた(注)。
(注)同じ種子プールの個体の後代検定を行うこと、すなわち自殖次代の系統の放射線感受性を調査することになる。
 
2.得られた突然変異体のガンマ線超感受性の確認と遺伝分析:
 
 ColumbiaとLandsberg erectraを野生型とする突然変異系統、それぞれ4および3系統の種子を水耕溶液を含ませたバーミキュライト上で発芽、生育させ、播種後5日目の幼植物にガンマ線(5, 10krad)を照射した。照射までと同条件で開花時まで生育させたところ、突然変異系統と野生型と照射障害の差異は致死効果と開花の遅延として明確に認められた。放射線感受性は突然変異系統間で異なっていた。Columbiaから得られた最も感受性の高い系統GT255では5kradにおいても著しい開花遅延がみられ、10krad区ではすべて枯死した。同じ系統から得られたrad4のように5krad区では野生型とほぼ同様の開花遅延しか生じないのに、10kradにおいては枯死するような突然変異体も認められた。一方、Landsberg erectra から得られた突然変異体系統はすべて開花時まで生育し、開花遅延として野生型との放射性感受性の差異が認められた(図2)。


図2 Growth inhibition by γ-radiation. Five-day-old seedlings of mutant and wild-type were irradiated and observed daily thereafter for appearance of the first flower. The time delay is plotted as a function of dose of γ-rays. (Time delay is calculated by substracting the number of days-to-flowering for the earliest plant from the number of days-to-flowering of each subsequent plant.) Bars represent the standard error based on three replicates. A Mutant strains derived from Columbia ecotype; B muant strains derived from Landsberg erectra ecotype. (原論文1より引用。 Reprinted from Molecular and General Genetics,(1994)243:660-665, Corinne Davies, Dorothy Howard, Georgette Tam, Nora Wong, Isolation of Arabidopsis thaliana mutants hypersensitive to gamma radiation , with permission from Springer-Verlag.)

 放射線感受性に関する遺伝子分析を行った結果、Landsberg erectra を野生型とする突然変異系統からrad1, rad2, rad3が、Columbia を野生種とする系統からrad4 とrad5の合計5つの放射線超感受性遺伝子が確認された。いずれの場合も放射線超感受性は単一の劣性遺伝子に支配されていた。
 
3.突然変異体のその他の特性:
 
 各突然変異系統とも十分な種子を生産することから、放射線超感受性は生殖細胞の異常を伴わないことがわかった。また、各系統とも紫外線(UV-C)に対する超感受性を示さなかったことから、これらの突然変異遺伝子は紫外線照射障害の回復とは異なる照射障害の回復メカニズムに関係したものと推察される。本実験で得られた突然変異体の表現型は酵母 Saccharomyces cerevisiae のRAD2 epistasis group と類似している。

コメント    :
 紫外線照射後に生成されるチミンダイマーの研究などの例を除いて、放射線感受性のメカニズムに関する分子生物学的研究はあまり進展していない。本報告はEMSにより誘発された放射線超感受性突然変異体に関するものであり、今後同様の突然変異体を獲得することにより、放射線感受性のメカニズムや放射線障害の回復に関する分子生物学研究の発展が期待される。

原論文1 Data source 1:
Isolation of Arabidopsis thaliana mutants hypersensitive to gamma radiation
Corinne Davies, Dorothy Howard, Georgette Tam, Nora Wong
Department of Biology, McGill University, 1205 Docteur Penfield Avenue, Montreal, Quebec, H3A 1B1, Canada
Molecular and General Genetics,(1994)243:660-665

キーワード:ガンマ線、シロイヌナズナ、放射線感受性、放射線超感受性、EMS、紫外線、突然変異体、劣性遺伝子、DNA修復
gamma-ray, Arabidopsis thaliana, radiosensitivity, radiation hypersensitivity, EMS, UV, mutant, recessive gene, DNA repair
分類コード:020501

放射線利用技術データベースのメインページへ