放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2003/09/22 伊藤 均

データ番号   :020230
放射線による食肉等の食味低下と防止技術
目的      :食肉等を放射線殺菌する場合の食味低下と防止のための加工処理技術について解説。
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :線形電子加速器(10MeV、8.1kW)、60Co線源
線量(率)   :1.5 - 10.5kGy
利用施設名   :アイオワ州立大学線形電子加速器
照射条件    :空気共存下、真空包装下
応用分野    :食肉の食中毒菌の殺菌、病人食の殺菌、宇宙食の殺菌

概要      :
 食肉等を2〜3kGy照射すると照射臭の発生や味の低下、色調変化、テクスチャー(噛みごたえ)低下などの食味(官能)低下が起こることがある。照射臭は主として脂質やタンパク質の放射線分解により生成する揮発性物質である。味の低下はタンパク質の一部が分解して生成する疎水性ペプチドによるものと思われる。照射による色調変化はミオグロビンの酸化によるものである。食味低下防止策には無酸素包装、冷凍照射などがある。

詳細説明    :
1.はじめに
 食品照射技術は生鮮食品でも品質変化をほとんど起こさないことが特長とされている。たしかに、野菜の発芽防止とか穀類、生鮮果実の殺虫などの低線量処理では照射による食味(官能)低下はほとんど問題にならない。しかし、食肉などの殺菌を目的とする放射線処理では食味低下が問題になることがある。食品照射研究が始まったばかりの1950〜1960年代には食肉への過剰照射が行われ照射臭の発生が大きな問題であった。照射による食味低下は野菜や生鮮果実でも起こることがあるが、食味低下が主に問題になるのは食肉や魚介類である。しかし、魚介類の場合には腸炎ビブリオ菌やエロモナス菌の殺菌と氷蔵下での貯蔵期間延長を目的とすることが多いため、必用線量は2kGy以下で十分であり食味低下が問題になることはほとんどない。これに対し、食肉ではサルモネラ、腸管出血性大腸菌O157:H7、カンピロバクター、黄色ブドウ球菌などの食中毒菌を殺菌する必用があり、室温下の照射では3kGy以上必要なことがあるため食味低下が問題になることがある。しかし、わが国では放射線殺菌した食肉の食味変化に関する研究はほとんど行われておらず、海外の研究結果を参考にするしかない状況にある。

2.照射臭と味の変化
 食肉や魚介類を空気存在下で放射線を過剰に照射すると異臭が発生する。この異臭は照射臭またはケモノ臭とも呼ばれ、食欲を減退させる臭いである。照射臭は主として脂質やタンパク質の放射線分解により発生する揮発性物質である。牛肉や豚肉などの照射臭は主に炭化水素、硫黄化合物、カルボニル化合物で構成されていると報告されている。タンパク質が高線量の放射線で分解して生成する揮発性化合物は硫化ジメチル、メルカプタン、アミン、硫化水素などである。脂質が分解すると炭素数が20までのアルカンからアルカジエンにいたる炭化水素が多く生成する。また、脂質などが分解してカルボニル化合物のアセトアルデヒドやメチルエチルケトンなどを生成する。これらの揮発性化合物のうちで照射臭に関与するのは主に硫化ジメチル、シス−3−ノネナール、トランス−6−ノネナール、メチルチオメタンなどである。
 照射臭が発生しやすいのは牛乳と卵であり、室温下での照射では1kGyでも明確に認められる。牛肉、豚肉、鶏肉、ソーセージ、生鮮魚介類などでは室温・空気共存下で2〜3kGy照射すると照射臭が認められはじめ、5kGy以上で明確に認められる。一方、真空包装や抗酸化剤共存下など酸素の少ない条件下で照射すると照射臭の発生は抑制され、5kGyでも照射臭はほとんど感知できない。肉類を照射するとTBA(チオバルビツール酸)値を上昇させ、その増加は照射臭と相関性がある。たとえば、表1に示すように豚肉ソーセージをラード、コーンオイル、亜麻オイルで調製したものを照射すると真空包装によりTBA値の増加が著しく抑制され、空気存在下での照射ではラード油でのTBA値増加が著しかった。亜麻オイルでTBA値の増加が抑制されたのはビタミンE含量が高く酸化作用を抑制したためであろう。

表1 異なった種類のオイルを使って調整した豚肉ソーセージを電子線照射した直後のチオバルビツール酸値の変化(mg malondialdehyde/kg;原論文2の表を参考に作成)。
線量 ラード コーンオイル 亜麻オイル
空気共存包装
0  kGy
2.5 kGy
4.5 kGy

1.45
1.69
2.25

1.20
1.13
1.72

1.08
1.03
1.53
真空包装
0  kGy
2.5 kGy
4.5 kGy

1.06
1.14
1.13

0.87
0.77
0.87

0.79
0.90
1.18

*誤差範囲:0.04〜0.10

 なお、肉類などを照射する際に用いる包装材によっても照射臭が発生することがある。低品質のポリエチレン袋や塩ビ製品などは10kGyで炭化水素やカルボニル化合物などの異臭が発生し、食品からの異臭と間違われることがある。
 食肉や魚介類の食味変化は主として照射臭によることが多いが、食品の品目によっては照射により苦味が認められることがある。苦味の原因は疎水性ペプチドによるものと報告されており、タンパク質が放射線で低分子化して生成するものと思われる。しかし、食肉や魚介類の多くは1〜2kGy程度の照射では苦味変化は認められない。

3.色調およびテクスチャー変化
 食肉を2〜3kGy以上照射すると赤変、褐変、褐色などが起こることがある。鶏肉や豚肉などは照射により赤色度が増加し、肉眼でも桃色が濃くなったように見える。一方、牛肉やカツオ、マグロなどでは照射により赤褐色に変化し、褐変化が認められる。生鮮肉の赤色はタンパク質成分のミオグロビンと分子状酸素の反応により形成されるオキシミオグロビンによるものである。鶏肉や豚肉が照射により赤色度が増加するのは主にオキシミオグロビンが増加するためであろう。一方、牛肉などが2kGy以上で赤褐色に変化するのはオキシオグロビンの他にメトミオグロビンが増加するためである。メトミオグロビンも分子状酸素とミオグロビンの反応生成物であるが、オキシミオグロビンに比べ反応速度が遅いと報告されている。ウインナソーセージなどを照射すると褐色が認められることがある。食肉や魚介類などで照射による褐色が起こるのはカロチノイドやポルフィリン環が放射線で酸化分解するためであろう。しかし、牛肉や鶏肉、ウインナソーセージなどを真空包装など無酸素下で照射すると表2に示すように照射による色調変化を抑制することができる。

表2 真空包装した豚肉、牛肉、七面鳥の照射直後の色調変化(原論文4の表を参考に作成)。
色調    線量、kGy
0 1.5 3.0 4.5 9.5 10.5
桃色/赤色度
     豚肉
     牛肉
     七面鳥

33.6
109.8
47.7

48.8
93.5
92.1

63.1
65.1
121.7

118.2
45.7
134.6

140.3
19.1
131.3

142.2
18.7
128.8
褐色度
     豚肉
     牛肉
     七面鳥

109.1
33.4
104.8

89.9
52.1
54.7

95.6
81.8
27.6

55.3
104.7
8.9

7.4
129.8
12.3

5.9
132.6
16.0
全体的な色調変化
     豚肉
     牛肉
     七面鳥

118.6
118.8
126.2

117.7
114.0
120.0

120.4
112.5
131.3

135.8
119.8
136.3

141.6
132.5
134.3

142.9
135.2
135.8
 食品の食味評価ではテクスチャー(噛みごたえ)も重要視されている。食肉の場合には2〜3kGy照射してもテクスチャーの低下は認められず、表3に示すように牛肉の香り、テクスチャー、保水性(舌ざわり)、味は低下しないと報告されている。一方、食肉を5kGy以上照射するとテクスチャーが低下することがある。

表3 牛肉ひき肉を各包装条件で2kGy照射した後での食味(官能)検査結果(原論文3の表を参考に作成)。
照射条件 香り テクスチャー 保水性
照射直後(−3℃で照射)
 非照射
 空気存在下、2kGy
 真空下、2kGy

9.2
7.7
7.5

7.5
8.0
9.7

5.3
6.1
9.2

3.1
2.3
4.9
照射7日後(−25℃貯蔵)
 非照射
 空気存在下、2kGy
 真空下、2kGy

8.1
7.9
7.9

9.3
8.6
9.8

6.1
6.0
7.1

3.3
4.0
3.6

*3回検査の平均値(点数が高いほど好ましいと評価;各評価点は 1.0前後の誤差がある)

4.照射による食味低下防止法
 食肉や魚介類の多くは2kGy以下の照射では食味低下は問題にならない。しかし、食肉等を3kGy以上照射する場合に食味低下を防止する工夫が必用になる。室温で照射する場合には真空包装または高純度の窒素ガス置換包装により酸素を除いてから照射すると照射臭の発生を低減でき、色調変化などを防止することができる。この場合に用いる包装材は酸素ガス透過性がないものを用いる必要がある。また、食肉などを冷凍下で照射すると食味低下は著しく抑制され、10kGyの高線量でも食味への照射の影響が見られないものが多い。
 食肉などでは完全殺菌のための放射線照射が必要なこともある。当然、食肉等を高線量照射すれば照射臭の発生やテキスチャーなどの変化に食味が著しく低下してしまう。この場合、10%濃度のポリ燐酸ナトリウム水溶液に牛肉などを約30秒浸漬して、肉中の濃度を0.5%以下程度にしてから照射すると酸素共存下でも照射による色調変化やテクスチャー低下を抑制することができる。また、照射による苦味成分の生成はポリ燐酸塩やグルタミン酸、アスパラギン酸、香辛料等の添加によりマスキングが可能である。食肉等を放射線で完全に殺菌して缶詰と同じように保存するためには、ポリ燐酸塩処理した食肉等を70〜75℃で調理して酵素を失活させてから、アルミニウムホイルまたは高品質ポリエチレン、ナイロンなどで真空包装し、冷凍下で30〜50kGy照射すれば、室温下で長期保存が可能になる。放射線で完全に殺菌した食肉などの製品はビタミンや必須アミノ酸などの栄養成分がほとんど低減しないため宇宙食や病人食として利用できる。

コメント    :
 米国では牛肉挽肉による食中毒防止を目的とした放射線処理が大規模に実用化されており、わが国にもなんらかの影響がいずれ出てくるものと思われる。食肉を照射する場合に問題になるのは照射臭などの食味低下であり、放射線化学関係の研究者の間でもとかく誤解のタネとなってきている。食品照射もただ照射すれば良いのではなく、照射時期や前処理、後処理、包装などの工夫が必要であり、加熱処理と同様な加工処理技術が必要である。ここでは、照射による食味変化と防止技術について解説したが、わが国での今後の実用化推進の参考になれば幸いである。

原論文1 Data source 1:
Radiation pasteurization of fresh meat
W. M. Urbain, G. G. Gidding and W. W. Ballantyne
Department of Food Science and Human Nutrition, Michigan State University
Isotopes and Radiation Technology, 9, 288-291, (1972).

原論文2 Data source 2:
Volatiles and oxidative changes in irradiated pork sausage with different fatty acid composition and tocopherol content
C. Jo and D. U. Ahn
Department of Animal Science, Iowa State University
J. Food Science, 65, 270-275(2000).

原論文3 Data source 3:
Irradiated ground beef : sensory and quality changes during storage under various packageing conditions
P. S. Murano, E. A. Murano and D. G. Olson
Dept. of Food Science & Human Nutrition, Iowa State Univ
J. Food Science, 63, 548-551(1998).

原論文4 Data source 4:
Color characteristics of irradiated vacuum-packaged pork, beef, and turkey
K, E. Nanke, J. G. Sebranek and D. G. Olson
Dept. of Animal Science & Dept. of Food Science & Human Nutrition, Iowa State Univ
J. Food Science, 63, 1001-1006(1998).

参考資料1 Reference 1:
ガンマ線照射したウインナーソーセージのミクロフローラに及ぼす包装フィルムの影響
伊藤 均、渡辺 宏、青木章平、佐藤友太郎
日本原子力研究所高崎研究所
日本農芸化学会誌、48、603-608(1977)

参考資料2 Reference 2:
蛋白質加水分解物の苦味とその除去
井澤 登
全国酪農業協同組合連合会乳業開発研究所
日本食品科学工業会誌、46、 501-551(1998)

キーワード:放射線、食肉、食味、照射臭、味、色調、テクスチャー、脂質、タンパク質
radiation, meat, sensory, off-odor, taste, color, texture, lipid, protein
分類コード:020403, 020407

放射線利用技術データベースのメインページへ