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作成: 2005/08/20 伊藤 均

データ番号   :020257
香辛料のガンマ線および電子線による殺菌効果と線量率の影響
目的      :香辛料の電子線による殺菌効果に対してのガンマ線との比較
放射線の種別  :電子線、ガンマ線
放射線源    :電子加速器(3MeV,25mA)、60Co線源(6.0PBq)
フルエンス(率):電子加速器:1kGy per pass, beam current of 1 mA and conveyer speed of 16.3m per min、ガンマ線源:6kGy/h
線量(率)   :1-50kGy
利用施設名   :(独)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所2号加速器、同所食品照射ガンマ棟
照射条件    :乾燥下
応用分野    :香辛料の殺菌、乾燥野菜の殺菌、飼料の殺菌

概要      :
 香辛料のガンマ線と電子線による殺菌効果はほぼ同じであるが、線量率の影響により電子線の方が必要殺菌線量は約1.1倍多く必要となる。しかし、10kGy照射すれば多くの香辛料の耐熱性有芽胞細菌を103/g以下にすることが可能である。香辛料の微生物学的問題点は有芽胞細菌と大腸菌群、糸状菌であるが、変敗性糸状菌は2-5kGyで殺菌される。大腸菌群は香辛料によっては10kGyでも若干生残することがある。

詳細説明    :
 香辛料の放射線殺菌効果については本データベース02003「香辛料および乾燥野菜の放射線殺菌」で概略が述べられているが、今後の実用化が期待される電子線殺菌効果についてはほとんど述べられていないので、さらに詳細に述べることにする。
 
 香辛料の微生物学的問題点としては加工食品で問題となる耐熱性の有芽胞細菌と香辛料を食事に直接使用する場合に問題になる大腸菌群の存在、香辛料の長期貯蔵中に起きる糸状菌による変敗がある。ガンマ線も電子線も包装状態で殺菌できるが、電子線は線量率がガンマ線に比べて1,000-10,000倍も高いため線量率によって殺菌線量が多く必要になることが予想される。ここに紹介する一連の報告では線量評価をフリッケ鉄線量計とアラニン線量計、CTA線量計で測定して、吸収線量が一致することを確認してから研究を行っている。
 
1. 香辛料の殺菌効果
 有芽胞細菌のBacillus pumilusは香辛料の主要汚染菌であるが、芽胞を水洗してガラス繊維濾紙上で乾燥して好気的条件下で照射するとガンマ線と電子線で感受性は完全に一致してD10値は1.6kGyとなった(D10値:生存曲線の直線部分で90%殺菌するのに必要な線量)。一方、ペプトンとグリセリンの添加物が存在すると好気的条件下でのガンマ線のD10値は1.8kGyであったのに対し、電子線では2.1kGyとなった。香辛料の場合も図1、表1に示すようにターメリックや黒コショウ等の必要殺菌線量は原論文1と3に述べているように電子線の方が約1.1倍多く必要であり、衛生基準である有芽胞細菌数を1g当たり103個以下に殺菌するにはガンマ線で6-8kGy、電子線で7-9kGyとなり、多くの香辛料は10kGy以下で殺菌できることを示している。なお、好気性細菌の多くは有芽胞細菌のBacillus属で構成されていた。


図1 ターメリックAと黒コショウAのガンマ線および電子線による殺菌効果の比較(原論文1の図を参考に作成)。●:ガンマ線、○:電子線


表1 香辛料の微生物分布とガンマ線と電子線での必要殺菌線量(原論文1の表を参考に作成)
1g中の菌数 必要殺菌線量(kGy) *
香辛料 総細菌数 大腸菌群 好浸透圧性
糸状菌
一般糸状菌 ガンマ線 電子線
黒コショウA 6.2 x 107 6.7 x 101 4.2 x 103 8.7 x 102 8 9
黒コショウB 1.1 x 107 5.0 x 101 3.3 x 104 2.7 x 103 7 8
ターメリックA 3.7 x 107 2.3 x 102 2.5 x 102 7 8
ターメリックB 1.0 x 106 6.0 x 102 2.8 x 103 2.5 x 103 6 7
ローズマリー 4.0 x 106 8.3 x 101 1.7 x 102 8 9
コリアンダー 1.3 x 106 8.3 x 101 7.8 x 102 7.0 x 102 8 8

* 総細菌数を103/g以下にする線量、 −:検出限界以下。

 
 香辛料の代表的な汚染菌をペプトンおよびグリセリン添加物と共に黒コショウ粒または白コショウ粉末に混ぜて乾燥してガンマ線または電子線を照射すると、表2に示すようにガラス繊維濾紙に比べ黒コショウ粒では全ての細菌類のD10値が大きくなり、白コショウ粉末ではD10値が小さくなる傾向が認められたが、線量率の影響は全ての菌で認められ電子線で大きな値を示した。ことに大腸菌群に属すEnterobacter cloacaeEscherichia coliは乾燥下で放射線耐性となり原論文4でも報告されているように8-10kGyでも大腸菌群が若干生残する場合があることを裏付けている。
 
 一方、糸状菌のAspergillus oryzaeはガンマ線でも電子線でも添加物等の影響を受けにくくD10値が小さく、香辛料の変敗菌である好浸透圧性Aspergillus属が2-5kGyで殺菌できることを裏付けている。Entero. cloacaeE. coliが乾燥下で放射線耐性となるのはグリセリンなどの放射線保護物質が共存しているためである。しかし、香辛料等に汚染している細菌類の多くは必ずしも放射線保護物質と共存しているわけでなく、大腸菌群の多くは2-3kGyで殺菌されることが多い。

表2 各種微生物を香辛料等にペプトン−グリセリン添加物共存下で乾燥しガンマ線または電子線で好気的条件下で照射した場合のD10値の変化(原論文2の表を参考に作成)
微生物 ガラス繊維濾紙 黒コショウ粒 白コショウ粉末
ガンマ線 電子線 ガンマ線 電子線 ガンマ線 電子線
B. pumilus E601 1.8 2.1 2.2 2.4 1.6 1.7
B. cereus ATCC4342 1.3 1.4 1.3 1.4 1.0 1.1
B. megaterium S31 2.0 2.4 3.2 3.9 2.6 2.7
Ent. cloacae K3-2 1.3 1.6 2.4 2.8 1.4 1.9
E. coli S2 1.0 1.2 1.2 1.5 1.1 1.3
A. oryzae IAM2630 0.46 0.58 0.46 0.58 0.46 0.58
 
2. 糸状菌類の変敗抑制
 香辛料の多くは長期貯蔵中に好浸透圧性糸状菌、ことにAspergillus restrictus群やA. glaucus群の増殖によって変敗する。Aspergillus属やPenicillium属はガンマ線や電子線で2-5kGyで殺菌されるが、電子線の方が若干殺菌線量が高くなる。これは、図2に示すようにA. flavus乾燥胞子の結果からも明らかである。


図2 ペプトン共存下で乾燥したAspergillus flavus IFO30180株胞子のガンマ線および電子線での感受性の比較(原論文1の図を参考に作成)。●:ガンマ線、○:電子線

 
 香辛料を73μm厚のポリエチレン袋に密封し、35℃・湿度90-93%で4ヶ月貯蔵すると、表3に示すように多くの香辛料は2kGyで糸状菌の増殖が抑制されたが黒コショウでは4kGy必要であった。水分活性も貯蔵前は0.52-0.62であったが、4ヶ月後には0.70-0.85に増加した。また、糸状菌が増殖すると水分活性も高くなる傾向が認められた。同じ様な傾向は30℃の貯蔵条件でも認められ、ポリエチレン袋も99μm厚での糸状菌の増殖は73μmより抑制される傾向が認められた。

表3 代表的な香辛料粉末をポリエチレン袋に密封し非照射およびガンマ線を2kGy、4kGy照射して35℃・湿度90〜93%で4ヶ月貯蔵した場合の好浸透圧性糸状菌の増殖と水分活性の増加(原論文4の表を参考に作成)
香辛料 線量
(kGy)
貯蔵前 4ヶ月貯蔵後
糸状菌数/g 水分活性 糸状菌数/g 水分活性
黒コショウ 0 6 x 103 0.62 4 x 106 0.85
2 0.62 7 x 105 0.81
4 0.62 0.79
白コショウ 0 0.65 3 x 105 0.83
2 0.65 0.82
ターメリック 0 1 x 102 0.61 3 x 105 0.83
2 0.61 0.77
ローズマリー 0 3 x 101 0.56 1 x 105 0.79
2 0.56 0.79
ベイリーブズ 0 1 x 103 0.55 4 x 104 0.76
2 0.55 0.70
バジル 0 3 x 102 0.52 2 x 104 0.80
2 0.52 0.76
タイム 0 3 x 101 0.54 1 x 104 0.73
2 0.54 0.73
 
 このようにポリエチレン袋には酸素や湿気などの透過性があるが、酸素や湿気の透過性がさらに著しいクラフト紙袋ではポリエチレン袋に比べて糸状菌の増殖がさらに活発となることが予想され、糸状菌の発生抑制には5kGy以上の線量が必要と思われる。すなわち、わが国のように夏期の高湿度下での貯蔵では糸状菌発生抑制のための放射線殺菌が必要であろう。
 
3. 香辛料の成分変化
 香辛料の過酸化物価は線量の増加と共に高くなるが、図3に示すように電子線に比べガンマ線の方が若干高い値になる。もっとも、香辛料の過酸化物価は金子らが報告しているように貯蔵中に急激に低減し、10-30日で照射前と同じ値になるものが多い。香辛料の香り成分である精油も50kGyのガンマ線や電子線照射でも変化が認められず、黒コショウの場合には非照射に比べて精油成分の全体量が多くなる傾向が認められガンマ線の方が増加量が多かった。香辛料の色調も原論文3に述べているように照射による影響は認められなかった。


図3 ガンマ線または電子線照射後の香辛料の過酸化物価の変化(原論文1の図を参考に作成)。◆:ローズマリー、ガンマ線;◇:ローズマリー、電子線;●:黒コショウー、ガンマ線;○:黒コショウ、電子線;▲:コリアンダー、ガンマ線;△:コリアンダー、電子線



コメント    :
 
 電子線殺菌の線量率効果は医療用具の滅菌については多くの研究が行われている。医療用具では特定の指標菌について線量率の影響を調べれば良いが、食品照射関係では個々の微生物や成分について比較する必要がある。しかし、線量率効果は基本的に細胞内への酸素拡散速度とラジカル捕捉剤に依存しており、香辛料の必要殺菌線量はガンマ線に比べ電子線では1.1倍程度多くなる程度であり、多くてもせいぜい1.2倍程度と思われる。成分変化にも酸素拡散の影響が認められるが、香辛料の場合には照射による成分分解は著しく少なく、しかもガンマ線に比べて電子線の方が成分変化が少ないことがわかっている。これまで香辛料の殺菌法としては高温水蒸気による高圧気流法がわが国では主流であったが、この方法では香気成分が低減しやすく色調が変化しやすいという問題点がある。このため諸外国では放射線殺菌法が主流となってきている。

原論文1 Data source 1:
Effect of dose rate on inactivation of microorganisms in spices by electron-beams and gamma-rays irradiation
H. Ito and Md. S. Islam
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute
Radiat. Phys. Chem., 43, 545-550 (1994)

原論文2 Data source 2:
乾燥食品の形状および成分の放射線殺菌に及ぼす影響
良本康久、伊藤 均
日本原子力研究所高崎研究所
食品照射、36、8-12 (2001)

原論文3 Data source 3:
香辛料の殺菌技術としての電子線照射とガンマ線照射の比較
林 徹、Mamun、等々力節子
農林水産省食品総合研究所
食総研報、57号、1-6 (1993)

原論文4 Data source 4:
Distribution of microorganisms in spices and their decontamination by gamma-irradiation
M. L. Juri, H. Ito, H. Watanabe and N. Tamura
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute
Agric. Biol. Chem., 50, 347-355 (1986)

参考資料1 Reference 1:
香辛料の精油成分及び脂質に対するγ線照射の影響
金子信忠、伊藤 均、石垣 功
日本原子力研究所高崎研究所
日本食品工業学会誌、38, 1025-1032 (1991)

キーワード:香辛料、ガンマ線、電子線、線量率効果、殺菌効果、有芽胞細菌、大腸菌群、糸状菌、成分変化
spices, gamma-rays, electron-beams, effect of dose rate, inactivation of microorganisms, spore-forming bacteria, coliforms, molds, effects on components
分類コード:020403, 020405, 020408

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