作成: 2006/10/30 伊藤 均
データ番号 :020270
放射線殺菌効果に及ぼすフリーラジカルの作用
目的 :微生物等の放射線殺菌効果に対するヒドロキシラジカル、分子状酸素、スーパーオキシドラジカルの関与の解明
放射線の種別 :エックス線,ガンマ線, 電子線
放射線源 :60Co線源、137Cs線源
線量(率) :16.5Gy/minまたは 1.2kGy/h等
利用施設名 :137Cs線源(M gamma Meter Radiation Machinery Co., Model M38/3)、60Co線源(日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所食品照射ガンマ棟)等
照射条件 :窒素気流中、窒素飽和下、一酸化二窒素気流中、酸素飽和下等
応用分野 :食品照射、医療用具の滅菌、医薬品の殺菌等
概要 :
放射線照射により生成するフリーラジカルの殺菌作用に関する研究は大腸菌、サルモネラ、酵母菌、バクテリオファージ等を用いて行われてきた。放射線による殺菌にはフリーラジカルが関与し、ヒドロキシラジカルやスーパーオキシドラジカルの他に分子状酸素も関与していることが明らかである。放射線殺菌効果は主にフリーラジカルによるDNA鎖切断であるが、細胞膜の傷害も少なからず関与していることを示している。
詳細説明 :
1.はじめに
微生物等の生物の放射線による傷害は基本的にDNA鎖の切断であり、放射線障害には主にヒドロキシラジカル(OHラジカル;・OH)が関与していると報告されている。DNA鎖の切断でも1本鎖切断は修復されやすく、2本鎖切断が細胞死につながるとされているが、1本鎖切断の修復過程で起こる酵素による2本鎖切断も細胞死をもたらすことが報告されている。放射線によって生成する細胞内外のOHラジカルをほぼ完全に捕捉し、しかも細胞に化学的傷害を与えない添加物は2M濃度のグリセリンであり、細胞外のみのOHラジカルを捕捉する目的には1.5%ポリエチレングリコールが用いられている。スーパーオキシドラジカル(O2-ラジカル;・O2-)を生成するには40mMの蟻酸の添加が有効である。窒素ガス飽和に比べOHラジカルを2倍量生成するには一酸化二窒素ガス(N2O)が使用される。また、放射線感受性を調べるのための細胞懸濁液を調整するのには0.067M燐酸緩衝液などが使用される。ここでは、酒酵母菌(Saccharomyces cerevisiae)、大腸菌(Escherichia coli)、バクテリオファージ等を用いての放射線感受性に及ぼすフリーラジカルの影響についての研究成果を紹介する。
2.ヒドキシラジカルによる殺菌効果
Mitchell と MorrisonはSaccharomyces serevisiae MJ67株を用いてN2ガス通気下とN2Oガス通気下で放射線感受性を比較したところ、図1に示すようにN2Oガスの方が著しく放射線感受性が高かくOHラジカルが感受性を促進したと報告している。
図1 N2気流下(■)およびN2O気流下(▲)でのSaccharomyces cerevisiae MJ67 株のガンマ線照射後の生存曲線(原論文1の図を参考に作成)
DNAの切断率をtrp-(トリプシン非要求性株)からtrp+(トリプシン要求性株)への転換率から測定した結果、図2に示すように同じ線量ではN2Oガスの方がN2に比べDNA切断が著しく多く生成している。伊藤の結果でもEscherichia coli S2株の生存曲線で同じような結果が得られており、OHラジカル捕捉剤のグリセリン添加で著しく放射線耐性を示した。すなわち、N2+グリセリン共存下ではD10値が0.96kGyであったのに対して、N2飽和下では0.56kGy、N2O飽和下では0.46kGyとなった。この場合、S. cerevisiaeに比べN2とN2Oでの差が小さかったのはN2Oを通気しなかったためであろう。これに対して、N2+ポリエチレングリコール共存下でのD10値はN2と同じであった。この結果はグリセリンがE. coli細胞内外のOHラジカルを捕捉するのに対し、ポリエチレングリコールが細胞外のOHラジカルのみを捕捉しており、細胞外で生成するOHラジカルは細胞死には関与しないことを示している。SamuniらもT7バクテリオファージを用いて放射線感受性について検討し、ファージの不活性化にはOHラジカルが大きく関与していると報告している。Ewingと DamaskerもE. coliの種々の変異株を用いてOHラジカルの殺菌への関与が大きいこと、DNAの2本鎖切断には1本鎖修復時の酵素も関与していると報告している。
図2 ガンマ線照射後のSaccharomyces cerevisisea DNAの切断率、N2(■)またはN2O(▲)気流下で照射後にtrp-からtrp+への遺伝子変換率で測定(原論文1の図を参考に作成)
3.分子状酸素とスーパーオキシドラジカルによる殺菌効果
伊藤はE. coli S2株を用いてN2+グリセリンまたはN2+蟻酸共存下で培養基のTryptic soy agarおよびMacConkey agarでの放射線感受性を比較した。この場合、蟻酸の添加はO2-ラジカルを多量に生成するためであり、MacConkey agarは細胞傷害の有無を調べるために用いた。
その結果、図3に示すようにグリセリン共存下では培養基による放射線感受性の差は全く認められなかったが、蟻酸共存下では培養基による差が著しく認められた。MacConkey agarで放射線感受性が増加するのは細胞傷害によってデソキシコレート感受性となるためであり、蟻酸共存下で生成したO2-ラジカルが細胞傷害に大きく関与していることを示している。
図3 ガンマ線照射したEscherichia coli S2株の培養基の種類によって得られた生存曲線の比較(原論文2の図を参考に作成)
一方、O2飽和下では放射線感受性はさらに促進され、D10値はTryptic soy agar培養基で0.19kGyとなりN2飽和下に比べ3倍近い感受性を示した。また、O2飽和下では培養基による感受性にも大きな差が認められた。このことは、O2-よりも分子状酸素の方が放射線感受性に大きく寄与していることを示している。また、表1に示すように、E. coli B/r、E. coli A4-1、Salmonella entritidis YK-2、Staphylococcus aureus H12でも同じような傾向が認められた。なお、放射線感受性株のE. coli A4-1株はN2+グリセリン共存下でも培養基による感受性に差が若干認められた。SamuniらもT7バクテリオファージの放射線による不活性化促進にはO2-ラジカルよりは分子状酸素が大きく寄与していると報告している。Kim と ThayerもSalmonella typhimurium ATCC 14028株で細胞内に生じたフリーラジカルが細胞死に関与し、OHラジカルと分子状酸素が細胞死に大きく寄与していると報告している。
表1 ガンマ線照射したEscherichia coli 各菌株および関連菌種の培養基の種類によるD10値と細胞傷害の比率(原論文2の表を参考に作成)
菌株 |
培養基 |
異なった照射条件下でのD10値 |
O2 |
N2+蟻酸 |
N2 |
N2+グリセリン |
E. coli S2 |
Tryptic soy agar |
0.19kGy |
0.54kGy |
0.56kGy |
0.96kGy |
MacConkey agar |
0.16kGy |
0.44kGy |
0.52kGy |
0.96kGy |
細胞傷害の比率 |
16% |
16% |
7% |
0% |
E. coli B/r |
Tryptic soy agar |
0.15kGy |
0.34kGy |
0.40kGy |
0.82kGy |
MacConkey agar |
0.13kGy |
0.28kGy |
0.36kGy |
0.82kGy |
細胞傷害の比率 |
14% |
18% |
10% |
0% |
E. coli A4-1 |
Tryptic soy agar |
0.05kGy |
0.21kGy |
0.25kGy |
0.48kGy |
MacConkey agar |
0.04kGy |
0.14kGy |
0.20kGy |
0.45kGy |
細胞傷害の比率 |
20% |
33% |
20% |
6% |
S. enteritidis YK-2 |
Tryptic soy agar |
0.14kGy |
0.30kGy |
0.30kGy |
0.70kGy |
MacConkey agar |
0.12kGy |
0.26kGy |
0.28kGy |
0.70kGy |
細胞傷害の比率 |
13% |
13% |
7% |
0% |
St. aureus H12 |
Tryptic soy agar |
0.14kGy |
0.33kGy |
0.45kGy |
0.52kGy |
MacConkey agar |
0.12kGy |
0.28kGy |
0.42kGy |
0.52kGy |
細胞傷害の比率 |
14% |
15% |
7% |
0% |
従来、O2-ラジカルの生物に対する作用はOHラジカルに変換されてから作用すると考えられてきたが、Samuniらや伊藤の結果ではO2-ラジカルからOHラジカルへの変換はほとんどなく、O2-ラジカルが直接酸化反応に関与していることを示している。また、分子状酸素もOHラジカルやO2-ラジカルに転換することはほとんどなく、直接酸化反応に関与しているのであろう。一方、放射線の殺菌効果はDNA鎖の切断によって起こると説明されてきたが、伊藤の結果では細胞膜の傷害も殺菌に寄与していることを示している。なお、乾燥状態の細菌芽胞でもグリセリン添加によって放射線に耐性となり、酸素共存下で感受性となることがわかっており、フリーラジカルの生成量は少量であっても同じような細胞死が起こるのであろう。
コメント :
加熱殺菌や凍結傷害等では培養基の種類によって微生物の生存率が大きく異なることが知られている。加熱や凍結傷害等の場合にはDNAの傷害以外に細胞膜の傷害も同時にに起こり、このことが培養基の種類による生存率に大きく関与していると報告されている。放射線の場合には殺菌効果はDNA鎖切断が中心であるが、分子状酸素やO2-ラジカルなどの作用による細胞膜傷害も起こることが明らかになった。このことは、放射線処理も他の物理的処理と類似していることを示している。しかも、放射線による大腸菌の突然変異発生率は紫外線と大差がなく生存率10-6において0.02〜0.26%にすぎない。しかし、食品内や乾燥下ではフリーラジカル捕捉物質が共存しているため、培養基による殺菌効果には差はあまり認められないであろう。
原論文1 Data source 1:
A comparison between rates of cell death and DNA damage during irradiation of Saccharomyces cerevisiae in N2 and N2O
R. E. J. Mitchell and D. P. Morrison
Health Sciences Division, Atomic Energy of Canada Limited, Chalk River Nuclear Laboratories
Radiation Research, 96, 374 - 379(1983)
原論文2 Data source 2:
大腸菌及び関連細菌の放射線感受性に及ぼすフリーラジカルと培養基の影響
伊藤 均
日本原子力研究所高崎研究所
食品照射、35、1 - 6(2000)
原論文3 Data source 3:
Roles of copper and O2- in the radiation-ibduced inactivation of T7 bacteriophage
A. Samuni, M. Chevion and G. Czapski
The Hebrew University of Jerusalem, Israel
Radiation Research, 99, 562 - 572(1984)
参考資料1 Reference 1:
Hydroxyl radicals and DNA double-strand breaks in X-irradiated E. coli
D. Ewing and K. Damsker
Department of Radiation Oncology & Nuclear Medicine, Hahnemann University, Pennsylvania
Biochemical and Biophysical Research Communications, 207, 957 - 962(1995)
参考資料2 Reference 2:
Radiation-induced cell lethality of Salmonella typhimurium ATCC 14028; Cooperative effect of hydroxyl radical and oxygen
A. Y. Kim and D. W. Thayer
United State Department of Agriculture, Agriculture Research Service, Eastern Regional Research Center
Radiation Research, 144, 36 - 42(1995)
参考資料3 Reference 3:
各種の理化学的処理で生じる非致死的損傷菌の特徴とその検出法
森地敏樹
農林水産省畜産試験場
防菌防黴、17、541 - 550(1989)
キーワード:微生物、酵母菌、大腸菌、バクテリオファージ、ヒドロキシラジカル、スーパーオキシドラジカル、分子状酸素、ラジカル捕捉剤
microorganisms, yeast, Escherichia coli, bacteriophage, hydroxyl radical, superoxide radical, molecular oxygen, radical scavengers
分類コード:020503, 020405, 020403