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作成: 1999/12/15 天野 悦夫
データ番号 :029198
放射線を利用した突然変異育種(解説)
目的 :放射線利用による突然変異の育種利用
放射線の種別 :エックス線,ガンマ線,中性子
放射線源 :X線照射装置、60Co線源、137Cs線源、研究用原子炉(中性子)
線量(率) :生物材料によるが、一般に80%以上の生存が望めるレベル
利用施設名 :放射線育種場ガンマーフィールド、その他
照射条件 :殆どの場合大気中での生体照射
応用分野 :農作物等の品種改良
概要 :
電離放射線を生物に照射すると細胞核内の遺伝子に突然変異が誘発され、それを自家受粉等によって分離させて選抜し、新しい育種素材を得る突然変異法は、操作が比較的容易な農作物では多くの成果を上げてきた。しかし、まだ農作物の一部や一般の昆虫や動物などでは応用が困難なものが多く、成功例も僅かである。しかし、魚介類の養殖も盛んになり、生殖環も完成している魚介類では今後に期待が出来そうである。
詳細説明 :
X線やガンマ線、中性子線などの放射線を生物に照射すると、細胞核内の遺伝子に突然変異を誘発する。その大部分は稔性を低下させたり、奇形的な、或いは致死的な突然変異であるが、中には極めて有用な耐病性や半矮性などの貴重な突然変異があり、それらを選抜して育種事業に取り入れることで、農業分野での一層の増産を図ることができる。特に変異体の分離選抜が容易なイネ、ムギ、ナシ、キク、キノコなどの各種の作物では大きな成果が上がってきている。作物育種の場合、放射線の照射はうまく行けばただ1回の照射でも極めて優秀な突然変異した遺伝子を誘発選抜でき、それらはさらに交配育種や生物独特の増殖によって普及してゆき、パキスタンの綿やヴェトナムの稲のように一つの国を輸入国から輸出国に改変するほどの経済効果が示される例がある。またヨーロッパではビール醸造用の大麦では殆どすべての品種に、チェコスロバキアで育成された突然変異品種「Diamant」が交配親として利用されている。
日本のイネでは倒れにくい品種レイメイの育成はその後に米国で「カルロース76」を作らせるなど世界的にも突然変異による育種法の黎明を告げるものであった。その後、同様の半矮性やイネのモチ性、豆類、オオムギ、油料作物、キュウリ、トウモロコシ、日本ナシ、リンゴ、ゴボウ、さらにキクなどの各種の花き類で多くの成果が上がっている。特に栽培農家にとって重要なのは、早生や半矮性などの栽培特性や耐病性などであり、オオムギのウイルス病の耐病性、うどん粉病の耐病性、イネの白葉枯病への耐病性のほか、ニホンナシの黒斑病の耐病性は顕著な成果として挙げられる。品質の改良の例ではダイズ等で脂肪酸含量のスペクトルの改変や、イネでのウルチ米からモチ米への改変が挙げられる。放射線の照射によって誘発される突然変異の中では色の違うものが消費者の注意を引くことから、各種の花き類(アメリカフヨウ、キク)やリンゴの果皮色、さらにはエノキタケのより白い系統などが選抜されている。
これらの突然変異を利用する育種の基礎となる研究では、放射線照射の生物効果といった基礎研究(0205の基礎生物参照)から、イオンビームなどの放射線の利用についての研究、さらに生物側の放射線感受性の研究などの集積が必要である。また本データベースには、農作物を主な対象とした照射施設のガンマーフィールドについても収録されているので参照されたい。
作物の育種の場合でも、自花受粉できない自家不和合性のもの(ソバなど)や、生殖サイクルの長い林木類では、応用は進んでいない。しかし花粉の雄性不稔のものは期待できるかもしれない。果樹類で、ナシやリンゴなどでいろいろな枝変わり型の突然変異が選抜され、接ぎ木で増殖普及されているのは樹木としてはむしろ例外的である。自殖性のものばかりでなく、キュウリのような雄花と雌花が分かれた瓜類やトウモロコシのような他殖性のものでも自家和合性であれば突然変異個体の選抜は可能である。
同様に、雄と雌の個体が別々である動物では、ショウジョウバエ(基礎生物参照)などで突然変異の基礎研究に使われることはあっても、品種の改良に応用される例はきわめて少ない。近代日本の発展の基礎となった生糸産業を支えたカイコでは、世界でも例外的に日本での育種が進んでいたが、それでも、放射線を利用した育種は限られている。しかし性染色体上に標識遺伝子を転座させた雌雄判別系統の育成は著明な成果である。最近では不妊虫放飼法に使うために、温度によって雌の生存力の違う温度感受性致死変異系統のチチュウカイミバエを育成した成功例がある。ほかに実験としてはミツバチの集団に放射線を照射して、刺針異常を起こすことで刺さなくした例があるが、残念ながらこの場合は一過性であって遺伝的な変化ではない。また魚類では基礎生物学研究に使われたメダカの例のほか、鮭鱒類などの魚類で、ガンマ線照射などで卵の発生過程を制御して、より養殖効率の高い倍数性の個体を育成した例はあるが、これらも一過性であり次代に遺伝するような変化ではないのが残念である。
しかし、最近では高級魚介類の養殖が、単なる採集幼苗魚介の増殖だけでなく、生殖サイクルの完結まで進んでいるものが少なくないほど、世界的にも普及してきており、個体数を十分多くとることが難しい哺乳動物と異なり、これらでは突然変異による育種が今後に期待できる。その際には、まだ問題が少なくない遺伝子導入法よりも、引き算的な遺伝子改変であるために安全性が問題にならない突然変異法がまず応用されるべきであろう。
コメント :
突然変異法自体、交配育種法を支援する技術に過ぎないが、その効果には顕著なものがある。突然変異法に対比されることがある形質転換(遺伝子導入)法(一般に遺伝子組み替え法と呼ばれるもの)とでは、優性遺伝子の導入か、既存の遺伝子を不活性化する(突然変異)のかという原理的な違いがあるので、目的によって方法を選ばねばならない。理論的には優性遺伝子が必要な場合は形質転換法に依らざるを得ないので、この技術も早く完成して公民権を得て欲しいものである。
キーワード:放射線、突然変異、農作物、きのこ、昆虫、魚介類、耐病性、品質改良、品種改良、ガンマーフィールド、
radiation, mutation, agricultural crops, mushroom, insect, fish, disease resistance, quality improvement, breeding, gamma-field
分類コード:020101,020102, 020103, 020199,
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