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作成: 1998/10/28 竹村 直治

データ番号   :030076
脳血管性痴呆と神経変性性痴呆における脳血流SPECT
目的      :脳血管性痴呆とアルツハイマー型等の変性性痴呆における脳血流SPECTの特徴的所見についての紹介
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :99mTc
応用分野    :医学、診断、血流測定

概要      :
 痴呆性疾患を早期に特定し診断することは、治療または痴呆の進行阻止をする上で非常に重要視されている。脳血流SPECTでは、脳血流量より間接的に脳機能を評価することができるため痴呆性疾患の初期診断や病態把握に有用である。また、脳血流SPECTで得られた痴呆疾患に特徴的な脳血流低下部位の診断から、血管性痴呆と神経変性性痴呆の鑑別が可能であることを紹介する。

詳細説明    :
 我が国においても、高齢者人口の増加と共に痴呆性老人が急激に増加し、老年期痴呆の診断や治療、介護への対応が火急の課題となっている。痴呆性疾患の原因は多岐にわたっているが、これらを早期に診断・特定することは治療または痴呆の進行阻止をする上で非常に重要である。痴呆性疾患の鑑別診断は、臨床症状や経過、神経学的所見、神経心理学的所見により行われるが、特に初期例では困難となる場合があり、X線CT、MRI、脳血流SPECT等の画像所見が補間的役割を果たしている。X線CT、MRIでは、脳梗塞等の形態的変化を鋭敏に描出するが、その脳梗塞巣で痴呆が生じるかどうかは、別の次元の話である。
 
 脳血管障害の急性期や亜急性期等の特殊な時期を除いて、脳血流量と脳代謝量はcouplingしていることから、脳血流SPECTでは、脳血流量より間接的に脳機能を評価することができるため、痴呆性疾患の初期診断や病態把握に有用である。
 
 
1.脳血管性痴呆
 
 脳血管性痴呆の原因となる脳血管障害は、多発性皮質梗塞、単発性重度皮質梗塞、多発性穿通枝梗塞などがある。図1に、健常者と比較して多発性梗塞性痴呆(Multi-Infarct Dementia-MID)の脳血流SPECT像を示す。


図1  脳血管性痴呆患者の脳血流SPECT画像 a)健常者 32歳女性,  FEF:前頭葉視覚野、PCG:帯状回後部、POJ:posteriorparieto-occipitaljunction,VC:一次視覚野、TH:視床、WR:ウェルニッケの言語野、BG:基底核、CE:小脳、  b)多発性梗塞性痴呆患者 68歳女性、矢頭:脳血流低下部位(原論文1より引用)

 図1a)は、健常者のSPECT像であり99mTc-ECDの集積は、両半球にほぼ対称的に認められ、その大部分は大脳皮質と皮質下灰白質に集中している。図1b)は、MID患者の場合であり、脳梗塞巣に対応した局所的に、非対称性の脳血流低下部位(矢頭)が前頭葉に優位に散在するパターンで、多発性病巣に伴う皮質灌流障害を原因とする特徴的所見を示している。
 
 また、脳血管性痴呆の一つで、広範な白質病変を認めるビンスワンガー型痴呆では、前頭葉だけでなく大脳皮質全体で脳血流の低下が見られる場合も少なくない。
 
 
2.神経変性性痴呆
 
 神経変性性痴呆の代表的疾患であるアルツハイマー型痴呆(Dementia of Alzheimer Type-DAT)の脳血流SPECTでは高次の脳機能をつかさどる大脳皮質連合野における左右対称性の脳血流低下が特徴的所見で、MRIで脳萎縮が認められないような初期においても側頭葉、頭頂葉の連合野皮質に脳血流低下がみられ、進行と共にさらに前頭葉皮質の脳血流低下が加わる。しかし、大脳皮質の中でもより原始的な機能を有する一次感覚・運動野、一次聴覚野、一次視覚野、中心灰白質、小脳の血流は最後まで比較的保たれている。図2に、初期DAT患者の99mTc-ECD SPECT画像を示す。


図2  初期アルツハイマー型痴呆患者の脳血流SPECT画像, 左より横断像2スライス、HAS:海馬長軸像、coronal:冠状断像 a)健常例(normal control) 63歳男性、 b)痴呆疑い患者(GDS 3) 60歳男性、 c)軽度痴呆患者(GDS 4) 71歳男性(原論文2より引用)

 図2 a、b、c)は、それぞれ健常な場合、DAT初期疑い例、軽度DATの場合の画像である。なお、その痴呆度はGDSスコア(Global Deterioration Scale)で示してあり、臨床症状や見当識障害、社会・家庭生活の状態などによりステージ1~7に別れている。GDS1は正常、GDS2は、年齢相当の物忘れがある程度でほぼ正常、GDS3は、今紹介された人名をすぐ忘れたり、見当識では初めての場所ではすぐ迷うこと、社会生活では作業能力の低下が周囲に気付かれ始める段階である。GDS4は、一人旅が困難、複雑な作業は不正確・非能率的な状態であり、以下7まで重傷度が増してゆく。
 
 図2a、b、c)の脳血流量定量画像では、左より横断像2スライス、海馬長軸像(HAS)、冠状断像(coronal)を示した。図2a)の正常例(63歳男性)では、GDS1であり大脳平均血流量(mCBF)も50.3と良好な値である。図2b)のDAT疑い例(60歳男性)では、mCBF44.0ほぼ正常値を示すが、a)と比較して上部頭頂葉皮質、縁上回・角回、両側海馬等における血流量の低下が色の変化でわかる。
 
 さらに、c)の軽度DAT例(71歳男性、GDS4)では、mCBF33.2と高度に低下し、a)に比較して全体的に大脳皮質の血流低下があり、特に上部頭頂葉皮質、縁上回・角回、両側上側頭回・島、下・中側頭回さらに両側海馬で血流の低下が認められる。初期アルツハイマー型痴呆群(GDS4)ではさらに側頭葉の脳血流低下が加わるが、特に海馬の脳血流量の測定が初期アルツハイマー型痴呆の診断に有用であると報告されている。また、アルツハイマー型痴呆とは異なる特徴をもつ神経変性性痴呆であるピック病では、前頭葉、側頭葉で脳血流の低下がみられる。
 
 
3.脳血管性痴呆と神経変性性痴呆の鑑別診断
 
 アセタゾラミドは、脳血管を拡張させる作用を有し、脳循環予備能が保たれている領域の能血流量を増加させるが、脳血管障害によって脳循環予備能が損なわれている領域ではこの作用が発現されない。したがって、アセタゾラミド負荷脳血流SPECTでは脳循環予備能が低下した領域において安静時に比し集積低下がより顕著となる。
 
 アルツハイマー型痴呆のような神経変性性痴呆の脳血流低下は神経細胞の変性、脱落の結果二次的に起こるもので脳循環予備能は保たれているため、アセタゾラミド負荷脳血流SPECTでは脳血流の低下部位の集積が増加し目立たなくなる。図3は、重度痴呆患者の99mTc-ECD SPECT画像を示す。


図3  重度アルツハイマー型痴呆患者の脳血流SPECT画像 58歳女性 a)安静時 b)アセタゾラミド負荷時(原論文3より引用)

 図3a)は、安静時の横断4スライスの定量画像であり大脳平均血流量(mCBF)は30ml/100g/minとかなり低い例である。1gのアセタゾラミド負荷した場合の画像を図3b)に示す。図3b)では、mCBF=34に増加し、3a)と比較して全体的に血流増加があることから、脳循環予備能が保たれていることがわかり、脳血管性痴呆と区別することが可能である。

コメント    :
 痴呆性疾患に特徴的な脳血流SPECT所見をまとめると次のようである。
①血管性痴呆:局所的、左右非対称性の脳血流低下がみられる。
②神経変性性痴呆:アルツハイマー型痴呆では、側頭葉、頭頂葉の左右対称性脳血流低下があり、ピック病では、前頭葉、側頭葉の脳血流低下がみられる。
 脳血流SPECTは、最近では簡便な定量解析法が一般臨床に普及してきており、その臨床的有用性がさらに高まってきている。

原論文1 Data source 1:
痴呆における脳血流SPECT
市瀬 正則
トロント大学付属病院
映像情報MEDICAL, Special Edition, 1995.12.25.発行

原論文2 Data source 2:
99mTc-ECD SPECTを用いた初期アルツハイマー型痴呆患者の脳血流量測定
中野 正剛、松田 博史、宇野 正威
国立精神・神経センター武蔵病院 放射線診療部
核医学33(11),1197-1206, 1996

原論文3 Data source 3:
痴呆症 アルツハイマー病 重度/Diamox負荷  (58歳 女性)
松田 博史
国立精神・神経センター武蔵病院 放射線診療部
定量画像による局所脳血流評価の臨床的有用性 -ニューロライト(99mTc-ECD)による非侵襲的局所脳血流測定-  p.4, ㈱第一ラジオアイソトープ研究所、1996

キーワード:[N,N'-エチレンジ-L-システイネート(3-)]オキソテクネチウム(Tc-99m)ジエチルエステル,Tc-99m ECD, 単光子放出断層撮影法,SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography), 脳血流, brain prefusion,脳血管性痴呆, vascural dementia,神経変性性痴呆,neurodegenerative dementia,アルツハイマー型痴呆,Alzheimer's disease,ピック病,Pick's desease,アセタゾラミド負荷,effect of acetazolamide,
分類コード:030301、030401、030502

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