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作成: 1999/01/20 山本 和高
データ番号 :030104
腹部単純X線写真による急性腹症の診断
目的 :急性腹症の原因疾患を診断するのに重要な腹部単純X線写真の所見等の説明
放射線の種別 :エックス線
放射線源 :X線管
応用分野 :医学、診断
概要 :
腹部単純X線写真は腹部の画像検査では最も基本的な検査であり、超音波検査やCTなどが実施されるようになっても、その重要性は減っていない。急性腹症を引き起こす腸閉塞、消化管穿孔、尿路結石症などの診断に腹部単純X線写真は有用である。ただし、腹部単純X線写真ではコントラストの微妙な変化を読影しなければならないことが多く、非特異的な所見も少なくはないので、その診断には細心の注意が必要である。
詳細説明 :
腹部単純X線写真は背臥位正面像が基本となり、ガスや液貯留の評価には立位正面像が撮影される。立位が不可能な重篤な患者では左下側臥位像を撮影する。単純写真ではほとんどの臓器は水濃度を示すので、その輪郭が同定できるのは、消化管内のガスが隣接している場合と、後腹膜腔の豊富な脂肪組織に接している肝臓、脾臓の後下面、腎臓、腸腰筋などに限られる。したがって水濃度と脂肪濃度とのわずかな濃度差を的確に描出し、詳細に読影することが必要となる。
急性腹症とは腹痛を主訴として急激に発症し、手術などの適切な処置を緊急に行わなければ死亡する危険性も高い腹部疾患、およびそれらと鑑別を必要とする患者の状態の総称であり、急性腹膜炎、腸閉塞、子宮外妊娠破裂など多くの疾患が原因となり、速やかな確定診断が極めて重要である。
腸閉塞(イレウス)の診断には立位のフィルムが重要である。腸閉塞により急性腹症を発症した患者の腹部単純X線写真を図1に示す。
図1 腸閉塞による急性腹症患者の腹部単純X線写真 a) 上行結腸癌による狭窄型腸閉塞。 b) 急性膵炎による限局性麻痺性イレウス。(原論文1より引用)
図1a)は、上行結腸癌による腸閉塞の立位像で、小腸にガスと液体による液面像(air-fluid level)が認められ、大腸にはガスが見られない。血行障害を伴う絞扼性イレウスでは単純閉塞の所見と、絞扼された腸管による腫瘤様の陰影(pseudotumor)や腹水の貯留が認められる。急性膵炎、急性虫垂炎、急性胆嚢炎などでは、周囲の腸管に限局的な麻痺性イレウスを起こすことがある。図1b)は、急性膵炎の症例で、左側腹部の空腸の一部に拡張と液面像(→)が認められ、これをsentinal loop と呼ぶ。
腸管外の遊離ガスは異常所見であり、胃・十二指腸または大腸の穿孔によることが多い。虫垂穿孔では遊離ガスを認めることは少ない。ガスは最も高い部位に貯留する。少量のガスは横隔膜下に認められ立位胸部正面像が適しており、撮影条件が良ければ1〜2mlのガスでも検出できるとされている。大腸菌などガス産生菌による炎症では、病巣部にガスの存在が認められることがある。腸間膜血管閉塞症では、門脈内にガス像が認められることがある。
腹水や血液などの腹腔内液貯留の判定は重要な意義を持つが、少量の場合は腹部単純X線写真では判定の困難なことがあり、超音波検査やCTが有用である。腹部単純X線写真での液貯留の判定には腹膜外脂肪層と結腸の外縁が3mm以上離れる側腹線条徴候(flank stripe sign)、肝右葉後外側下縁の輪郭が不明瞭になる肝角徴候(hepatic angle sign)や、小骨盤腔内に貯留した液体が、膀胱と膀胱周囲脂肪層を隔て、S状結腸と直腸で左右に分離した淡い陰影として描出されるdog's ear sign(膀胱を犬の顔、貯留した液体による陰影を耳に見たてる)などが知られているが、貯留した液体の量や存在部位によっても大きく異なり、他の原因でも同様の所見が認められることもあるので注意を要する。
石灰化の同定には腹部単純X線写真は有用である。それらの症例の腹部単純X線写真を図2に示す。
図2 石灰化の同定写真 a) 両側腎結石および尿管結石の背臥位正面像。 b) 虫垂結石の背臥位正面像(部分)。(原論文1より引用)
図2a)は、尿路結石の症例で両側腎(→)および尿管下部(→)に多数の石灰化像が認められる。尿路結石症では約90%の尿路結石は、単純X線写真で同定できる。これに対し、胆嚢結石では10〜20%しか単純X線写真で陽性像を示さず、胆石症、急性胆嚢炎の診断には超音波検査が適している。また、急性虫垂炎の8〜10%に石灰化した虫垂結石を認めるといわれている(図2b)。虫垂結石自体は病的意義を持たないが、虫垂炎を疑わせる臨床症状があればほぼ急性虫垂炎と診断され、壊疽性または穿孔性虫垂炎の可能性が高い。静脈石など病的な意義を持たない石灰化との鑑別が必要である。
腹部単純X線写真が示す所見は、微妙な変化や、非特異的なものも少なくはないが、適切な条件で撮影されたフィルムを丁寧に読影すれば多くの情報を引き出すことができる。したがって、次の段階で実施すべき検査の選択にも有用であり、無用な検査を省略して、より短時間に確定診断に到達することができ、患者の被曝線量の軽減にもつながる。特に急性腹症のように緊急の処置が必要な患者に対しては有用性が高いが、同じフィルムからでも、得られる情報は読影する医師の能力に大きく左右されるので、腹部単純X線写真の読影トレーニングを積み重ねていく必要がある。
コメント :
急性腹症の診断には腹部単純X線写真とともに、超音波検査は併用すべき必須の検査となっている。CTも多用される傾向にある。新しい画像診断法の普及により腹部単純X線写真は軽視されがちになっているが、腹部単純X線写真は腹部画像診断の基礎であり、これに習熟することは超音波検査やCTなど画像検査のより深い解剖学的理解にもつながると考えられ、惰性的に腹部単純X線検査を行うことは厳にひかえるべきである。
原論文1 Data source 1:
腹部単純X線の読影 急性腹症の診断
尾野 徹雄、森川 進
京都武田病院、京都市立病院
金芳堂、1987
キーワード:腹部単純X線写真,plain abdominal radiography,急性腹症,acute abdomen,腸閉塞,ileus,腹腔内遊離ガス,intraperitoneal free air,腹腔内液貯留,intraperitoneal fluid
分類コード:030103,
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