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作成: 1999/10/07 藤高 和信
データ番号 :030169
宇宙飛行士の放射線防護
目的 :宇宙飛行士の放射線防護で考慮すべき物理的、生物的要因の概説
放射線の種別 :陽子,中性子,重イオン
放射線源 :銀河(陽子と重イオンの代表が約600MeV)、太陽(陽子の代表が約100MeV)、捕捉放射線帯(陽子の代表が約数MeV)
フルエンス(率):銀河宇宙線100/cm2s、太陽陽子102/cm2s、捕捉放射線帯陽子108/cm2s
線量(率) :0.5mGy/day または 1mSv/day
利用施設名 :宇宙空間
照射条件 :微小重力の宇宙飛翔体内、まれに船外の真空中
応用分野 :宇宙開発、宇宙医学、半導体集積回路損傷解析
概要 :
宇宙開発の進展により人類の長期的宇宙滞在が予想されてきた。そこで宇宙飛行士が遭遇する放射線の性質、その被曝の大きさを左右する因子、被曝した生体が受ける影響、微小重力など宇宙特有の要因が放射線と相乗した時の影響について述べる。また宇宙飛行士の被曝管理の基本的考え方についても述べる。
詳細説明 :
宇宙線被曝の影響には、がんや遺伝のように線量に比例して発現する障害と、不妊や白内障のように線量が敷居値を越えた時に発現する障害の2種類がある。宇宙線は約600MeVを中心とする高エネルギー粒子群で、全体の約90%が陽子だが陽子1個当たりの破壊力は比較的小さい。しかし全体の10%弱に過ぎない重イオンは1個当たりの破壊力が大きく、しばしば生体に不可逆的な損傷を生じさせる。アポロ計画等の宇宙飛行士が目をつぶっていても閃光を感じたのは重イオンが網膜細胞を刺激したものと考えられている。生体影響は荷電粒子の軌跡に生じる電子により起きるが、重イオンは多量の電子を発生させるため、宇宙では陽子と重イオンの寄与がほぼ互角と考えられる。しかし宇宙船の内部には、外から飛び込む陽子、重イオンが壁材と相互作用して発生する2次粒子もあり、その粒子組成は宇宙船の材質、形状、船内配置等によって異なり、生体影響は粒子により異なる(図1)。中でも中性子の線量寄与は全体の5-30%と推定されて関心を呼んでいる。一般に船壁が厚い方が遮蔽に有効だが、中性子は船壁が厚いとかえって多く発生する。宇宙服は薄いので遮蔽効果は期待できない。
図1 宇宙船内外の粒子組成
実際の被曝線量は天体環境の条件によっても左右される。宇宙船が地球磁場の弱いブラジル上空を通過する際は捕捉放射線帯(バンアレン帯)の陽子による被曝が大きく、地球磁気圏の外に出ると重イオンの影響を受け易くなる。また太陽が突発的な大爆発をすると太陽陽子の線量が急増し、一時的に最大の被曝源になる。平常時には宇宙線線量率は約1mSv/日と比較的低線量率である。ガンマ線やエックス線の場合は一度に照射するより低線量で分割照射する方が生体影響は小さいが、中性子や重イオンでは逆になることを示唆するデータもあり、宇宙放射線防護にとって重要なのでヒト皮膚細胞等による実験が進行している。
図2 宇宙飛行時および飛行後のカルシウムバランス(原論文3より引用)
宇宙は重力が弱いため放射線に対する生体応答が地上と異なる可能性も重要である。微小重力下では骨粗鬆症のごとく骨のカルシウム含有量が減るが、放射線照射が加わるとさらに症状が重いという報告がある。カルシウム代謝の変化は2週間程度の宇宙滞在でも検出でき、回復には地上帰還後1ヶ月以上かかる。約3ヶ月宇宙滞在した宇宙飛行士の骨のカルシウム喪失の時間変化を図に示す(図2)。またナナフシのような昆虫の奇形発生頻度が相乗影響によって増大したという報告もある。一方、微小重力のような環境因子が生体に対するストレスとして働いて癌抑制遺伝子p53が細胞内に蓄積され、わずか2週間宇宙に滞在したラットで4倍の増加を示したという報告がある(図3)。
図3 宇宙飛行後のラット皮膚のp53誘導(作成者が文献4に基づいて作成)
宇宙線は人体内でも2次線を発生させるため、臓器の受ける線量は単に人体組織による遮蔽で減衰したものではない。人体等価物質でできた人体模型をスペースシャトルに搭載した臓器線量計測によると体表より大きな線量を示した臓器もある。実際の宇宙飛行士の被曝管理は割り切った数値に基づいて運用されるが、基本的には、がんや遺伝的影響はその被曝に起因して死亡する生涯の確率が3%に留まるように全身の実効線量当量(各臓器の線量当量を、その臓器の全身に対する重要度で重みをつけて加算したもの)を制限され、特に精巣、水晶体、骨髄、皮膚については、各臓器毎の線量当量を制限される。なお3%と言う確率は中程度の危険を持つ職業のリスクにあたる。
コメント :
宇宙飛行士の被曝管理運用の枠組み構築が進められる一方で、管理基準のベースとなる生物影響の知見がなお収集段階にあり、また被曝に影響を与える宇宙環境予測や、色々な宇宙線成分粒子の計測技術でなお今後の進歩を待つものが多い。宇宙医学が必然的にテレメディスン(遠隔医療)を想定するため、宇宙耐性を備えたエレクトロニクス系が求められ、高エネルギー粒子照射による半導体集積回路の損傷などの検討も必要と思われる。
原論文1 Data source 1:
宇宙空間における癌抑制遺伝子p53の発現誘導
大西 武雄、大西 健
奈良県立医科大学
医学のあゆみ、医歯薬出版、東京、178(11),836-837,1996.
原論文2 Data source 2:
長期宇宙滞在における宇宙放射線の影響
池永 満生*、吉川 勲**
*京都大学放射線生物研究センター、**長崎大学環境科学部(2)
宇宙環境と健康影響、へるす出版、東京、pp.220-225、1998.1.
原論文3 Data source 3:
実際の宇宙飛行における骨代謝の変化と内分泌系
妹尾 久雄
名古屋大学環境医学研究所
宇宙環境と健康影響、へるす出版、東京、pp.235-239、1998.1.
原論文4 Data source 4:
Cellular content of p-53 protein in rat skin after exposure to the space environment
T.Ohnishi,N.Inoue,H.Matumoto,T.Omatsu,Y.Ohira, and S.Nagoka(*)
Nara Medical University、*NASDA
参考資料1 Reference 1:
確率的影響の評価、確定的影響の評価、および組織線量限度
宇宙開発事業団
宇宙開発事業団
有人宇宙サポート委員会、宇宙放射線被曝管理分科会中間報告、pp.16-52、1999.3.
参考資料2 Reference 2:
ラットの骨代謝に及ぼすクリノスタットによる疑似微小重力および放射線との組合せの効果
福田 俊、飯田 治三
放射線医学総合研究所
日骨形態誌,7,175-182,1997.
キーワード:宇宙線cosmic rays, 陽子proton, 重イオンheavy ion, 中性子neutron, 微小重力micro gravity, 相乗影響combined effect, 実効線量当量effective dose equivalent, 被曝管理dose control
分類コード:030603,030601,030604
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