作成: 2000/01/25 野口 邦和
データ番号 :030170
航空機乗務員の宇宙放射線被曝の現状
目的 :航空機乗務員の宇宙放射線被曝の現状について紹介
放射線の種別 :電子,陽子,中性子,中間子
放射線源 :宇宙放射線
応用分野 :放射線防護学、放射線健康管理学、労働衛生
概要 :
国際放射線防護委員会(ICRP)は、1990年勧告の中で「航空機の運航」に伴う宇宙放射線被曝を職業被曝として管理する必要があると勧告した。航空機乗務員の宇宙放射線被曝の実相が必ずしも十分に調査されていなかったため、1990年勧告の発表以来、主に欧米日の研究者らが航空機乗務員の宇宙放射線被曝の実相を調査する作業を進めている。これらの経緯および航空機乗務員の宇宙放射線被曝線量の実相等を紹介する。
詳細説明 :
放射線防護に関する国際勧告活動を通じて世界各国の関連法規に大きな影響力を持っている国際放射線防護委員会は従来、自然放射線による被曝は放射線管理の対象にしないとする考え方を一貫して採ってきた。しかし、1990年の刊行物60(ICRP Publication 60)の中で国際放射線防護委員会(ICRP)は従来の考え方を根本的に改め、「航空機の運航」に伴う宇宙放射線被曝を職業被曝として管理する必要があると勧告した。
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、航空機乗務員の宇宙放射線被曝を「技術的な進歩によって増加した自然放射線被曝」というカテゴリーに分類している。国際放射線防護委員会(ICRP)が従来の考え方を改めたのは、たとえ自然放射線による被曝であったとしても、「技術的な進歩により増加した自然放射線被曝」のような低減化可能な被曝は合理的に達成できる限り低くすることが望ましい、とする放射線防護哲学が根底にある。
国際放射線防護委員会(ICRP)の刊行物60以来、この問題に対する関心が高まり、また航空機乗務員の宇宙放射線被曝の実測データが必ずしも十分に蓄積されていなかったため、主として欧米日の研究者らが航空機乗務員とりわけ定期旅客機乗務員の宇宙放射線被曝の実相を調査する作業を活発に進めている。わが国では野口らが日本乗員組合連絡会議(日本の定期航空運送事業6社に所属する運航乗務員の組織する労働8団体約5,400名からなる唯一の横断的連絡組織)の協力を得て、定期旅客機乗務員の宇宙放射線被曝の実相を調査している。
モデル計算による評価
米国環境測定研究所(EML)のK.O'BrienのLUINコードをもとにW.Friedbergらが開発したCARIコードが最もよく知られている。わが国では甲斐ら、小村ら、原子力安全研究協会等によるモデル計算がある。実測することなく机上のモデル計算で航空機乗務員の宇宙放射線被曝線量を評価できる点は便利ではあるが、現在までのところ計算値相互の一致の度合いはあまり良くない。その主原因は、宇宙放射線線量率の高度分布および緯度分布が今日でも十分な精度で把握されていないため、各コードの依拠する対照データが相互にかなり異なるからである。相対的に実測データと近いのはCARIコードおよび甲斐らのモデル計算である。ただし、CARI-2コードは北緯15度〜南緯60度間でかなり過大評価となり、まったく使い物にならない。CARIコードを利用する場合には、CARI-4以上のVersionを使用すべきである。また、甲斐らのモデル計算は低緯度地域の路線がかなり過小評価となり信頼できない。
実測データによる評価
宇宙放射線線量率は主として高度、緯度(地理緯度ではなく地磁気緯度)および太陽の活動状態によって大きく異なる。3インチ球形NaI(Tl)シンチレーション検出器+1,024チャンネル波高分析器からなる可搬型γ線スペクトロメータを用い、国際線定期旅客機内における測定で得た宇宙放射線電離成分の照射線量率相当値の実測データを図1および図2に示す。
図1 マニラ-成田間の宇宙放射線電離成分
1998年8月にマニラ→成田間の航空機(パキスタン航空)内で野口がNaI(Tl)検出器を用いて測定した宇宙放射線電離成分の照射線量率相当値の経時変化を示す図で、点は1分間の測定値である。水平飛行高度は33,000フィートで一定であった。マニラと成田の地磁気緯度はそれぞれ北緯4.0度と北緯26.5度である。地磁気緯度が高くなるにつれて宇宙放射線が強くなる様子が、図からはっきり確認できる。
図2 ナイロビ-ドバイ間の宇宙放射線電離成分
1998年8月にナイロビ→ドバイ間の航空機(パキスタン航空)内で野口がNaI(Tl)検出器を用いて測定した宇宙放射線電離成分の照射線量率相当値の経時変化を示す図で、点は1分間の測定値である。水平飛行高度は37,000フィートで一定であった。ナイロビとドバイの地磁気緯度はそれぞれ南緯4.6度と北緯18.5度である。この路線では飛行の途中で地磁気緯度が南緯から北緯に変化するため、はじめは地磁気緯度が低くなるにつれて宇宙放射線が弱くなり、南緯から北緯に変化したのちは地磁気緯度が高くなるにつれて宇宙放射線が強くなる様子がはっきりと確認できる。測定例のほとんどない珍しい図である。
また、これとは別に、半導体式電子ポケット線量計を用い、国際線定期旅客機内における測定で得た宇宙放射線被曝線量(電離成分と中性子成分の合計)を表1に示す。欧米路線を飛行する国際線航空機乗務員は、1年間に3mSvほどの被曝をする。アジア路線やオーストラリア路線など低緯度地域を飛行する国際線航空機乗務員は、1年間に1.5mSvほどの被曝をする。なお、日本より高緯度地域にある欧米諸国の国際線航空機乗務員は、1年間に5〜6mSvほどの被曝をすることがわかっている。
表1 国際線航空機乗務員の宇宙放射線被曝線量(日本の場合)
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路 線 ブロックタイム 往復被曝線量 年間被曝線量
(時間) (μSv) (mSv)
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成田−ニューヨーク 26.13 93.22 2.85〜3.21
成田−シカゴ 24.17 80.41 2.66〜2.99
成田−ワシントン 25.86 80.31 2.58〜2.90
成田−ロサンゼルス 21.02 58.28 2.22〜3.50
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成田−ロンドン 24.23 83.36 2.75〜3.10
成田−パリ 24.08 86.12 2.86〜3.22
成田−フランクフルト 23.59 75.45 2.56〜2.88
成田−アムステルダム 24.36 80.54 2.64〜2.98
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成田−ジャカルタ 14.41 23.46 1.30〜1.47
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成田−シドニー 19.05 36.32 1.53〜1.72
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(注1)中性子成分の線量換算係数は国際放射線防護委員会(ICRP)の旧勧告に
準拠している。1990年勧告に準拠する場合には、往復被曝線量および
年間被曝線量は表中の値より約30%大きくなる。
(注2)年間被曝線量は、800〜900時間のブロックタイムを仮定して、往復被
曝線量から算出したものである。
コメント :
宇宙放射線被曝線量を評価するためのモデル計算は、CARI-4以上のVersionを除くと、現在までのところ実測データとの一致の度合いは良くない。また、モデル計算相互の一致も良くない。モデル計算の依拠する基礎データすなわち宇宙放射線線量率の実測データをもっと蓄積する必要がある。わが国で最も年間平均被曝線量の高い職業被曝者集団は原子力発電所の放射線業務従事者で、その値はここ数年ほど1mSv前後で推移している。この3倍も職業的に被曝している国際線航空機乗務員を、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告が指摘するように、職業被曝者として位置付けて対応する必要がある。
参考資料1 Reference 1:
国際線パイロットの宇宙線被ばく
野口 邦和
日本大学歯学部総合歯学研究所
Isotope News、1998年3月号,pp.12-13,1998
参考資料2 Reference 2:
航空機搭乗中の宇宙線被曝
藤高 和信
放射線医学総合研究所第3研究グループ
保健物理、31(4),pp.463-471,1996
キーワード:宇宙放射線,cosmic radiation,宇宙線,cosmic ray,宇宙放射線線量,cosmic radiation dose,ジェット機,jet aircraft,定期旅客機,airliner,パイロット,pilot,航空機乗務員,aircrew member,職業被曝,occupational exposure,放射線防護,radiation protection
分類コード:030603,030604,030701