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作成: 2000/10/19 山本和高

データ番号   :030211
ホウ素中性子捕捉療法
目的      :熱中性子の核反応を用いるがん治療法の紹介
放射線の種別  :中性子,アルファ線
利用施設名   :京都大学原子炉実験施設KUR、武蔵工業大学MITR、日本原子力研究所東海研究所JRR-4

概要      :
 ホウ素-10(B-10)と熱中性子との核反応により生成されるα粒子とLi核は、細胞の殺傷能力が非常に高く、しかも飛程が短い。したがって、B-10を選択的にがん細胞に取り込ませ、熱中性子を照射すると、原理的には、周囲の細胞にはあまり影響を与えずに、がん細胞のみを死滅させることが可能となる。悪性度の高い脳腫瘍や、悪性黒色腫の治療が試みられているが、中性子源として原子炉が必要であり、その臨床応用は極めて限られている。

詳細説明    :
 エネルギーの低い熱中性子(thermal neutron, 〜0.5eV)は原子核に捕獲され易く、その確率は中性子捕獲断面積(barn :10-24cm2)と呼ばれる。ホウ素の安定同位体であるホウ素-10(B-10)の熱中性子捕獲断面積は3838バーンと非常に大きい。ちなみに、生体の主要な構成元素である炭素-12は0.004バーン、窒素-14は1.75バーン、酸素-16は0.0002バーン以下である。
 B-10が熱中性子と核反応を起こすとα粒子とLi核を生成する(図1)。α粒子の飛程は約10μm、Li-7核は約5μmと非常に短く、細胞約1個以内の範囲に限られる。これらの粒子は、周囲に与える単位長さあたりのエネルギー(LET: Linear Energy Transfer)が大きい高LET放射線で、相対的生物学的効果比(RBE: Relative Biological Effect)が、2.5〜5.0と高く、低酸素細胞などの放射線抵抗性の細胞に対しても殺傷効果が大きい。したがって、がん細胞にB-10を特異的に集積させて、熱中性子線を照射すると、がん細胞のみを選択的に破壊し、周囲の正常組織への影響が少ないがん治療を実現することが可能になる。 熱中性子は、原子炉で大量に発生する高速中性子を重水や黒鉛を通して減速させたものを利用している。ところが、日本には医療専用の原子炉は無く、この治療法を実施できる機会は極めて限られてしまう。


図1 B-10が熱中性子と反応してα粒子とLi核を生成し、細胞を殺傷する

 ホウ素中性子捕捉療法(Boron neutron capture therapy; BNCT)が試みられた患者の多くは、悪性神経膠芽腫(glioblastoma)などの悪性度の高い脳腫瘍と、ホクロが悪性化した悪性黒色腫である。
 悪性神経膠芽腫は極めて悪性度の高い脳腫瘍で、一般に、予後は極めて不良である。B-10を含む化合物としてボロカプテイト(BSH: sodium borocaptate, Na2B12H11SH)が用いられる。正常の脳組織は血液脳関門(BBB, Blood-Brain Barrier)により、このような化合物を取り込まないが、脳腫瘍ではこの機能が無いのでBSHが集積する。
 熱中性子は体内入射後の減弱が著しく15〜16mm毎に50%低下し、深達度が悪いので、脳腫瘍では開頭手術を行い腫瘍部を露出して照射する。図2に中性子照射時の概念図を示す。熱外中性子(epithermal neutron)は、中性子フルエンスの50%域が6cmと、熱中性子よりも深達度が高いので、これを利用するBNCTも進められている。


図2 熱中性子照射。頭蓋骨を取り外し、原子炉の中性子を炭素で減速して脳腫瘍に照射する。

 窒素の中性子捕獲断面積は小さいが、生体中の窒素の存在比が大きいので、窒素の熱中性子捕獲反応で放出される高LET陽子の効果は無視できない。そこで腫瘍周囲の正常組織は、できる限りLiを含むフッ化リチウム・サーモプラスチックで覆い、熱中性子から遮蔽する。中川らは149名の悪性脳腫瘍に対し中性子捕獲療法を行い、平均生存期間が、最も悪性度の高い神経膠芽腫(glioblastoma)の患者で640日、悪性星状膠細胞腫(anaplastic astrocytoma)では1811日であったと報告している。
 悪性黒色腫(malignant melanoma)も放射線抵抗性が高く、治療困難な悪性腫瘍である。悪性黒色腫細胞はメラニンの産生が亢進するという特徴を持っている。開発されたホウ素化合物p-ボロノフェニルアラニン(BPA: para-borono phenyl alanine)は、メラニン代謝の前駆体であるチロシンやDOPAに類似しており、悪性黒色腫への特異的な集積率が高い。また、この化合物は、アミノ酸類似体であり、分裂の旺盛な、アミノ酸代謝の亢進している細胞にも取り込まれるので、悪性脳腫瘍のBNCTにもBSHと共に用いられる。市橋らは悪性黒色腫20例にBNCTを実施し、著効(complete response; CR)15例、有効(partial response; PR)4例、不変(no change; NC)1例という成績を報告している。BNCTでは腫瘍へのB-10の集積量が治療効果に大きく影響するが、F-18で標識したF-18 BPAを用いてPET検査を行い、腫瘍へのBPAの集積を非侵襲的に評価する研究も行われている。
 また、悪性腫瘍に特異的に集積する新しいホウ素化合物として、ポルフィリンにホウ素を結合させたものなど、幾つかの化合物の開発、研究が進められている。ガドリニウム化合物は核磁気共鳴画像(MRI)の造影剤として多用されるようになったが、Gd-157の中性子捕獲断面積は255,000バーンとB-10よりもかなり大きい。核反応生成物Gd-158による細胞への影響は、B-10の場合とは異なるが、この核種を用いた腫瘍集積化合物の研究も進められている。
 さらに、原子炉に代わる中性子源として、重陽子を加速してリチウムまたはベリリウムの標識に照射し、発生する速中性子を減速して利用する中性子発生用線形加速器の開発も提案されている。

コメント    :
 中性子捕捉療法は原理的には優れたがん治療法であるが、その臨床的有用性を高めるためには、利用しやすい中性子発生装置の開発と、腫瘍特異性の高い新しいホウ素化合物の研究が不可欠であると考えられる。また、熱外中性子の有効利用などにより、開頭術といった大掛かりな外科的処置をしないでも、比較的深部の腫瘍まで治療できるようにする工夫も必要である。

原論文1 Data source 1:
Boron neutron capture therapy of brain tumors: Enhanced survival and cure following blood-brain barrier disruption and intracarotid injection of sodium borocaptate and boronophenylalanine
Barth RF, Yang W, Rotaru JH, Moeschberger ML, Boesel CP, Soloway AH, Joel DD, Nawrocky MM, Ono K, Goodman JH
The Ohio State University, Brookhaven National Laboratory, Kyoto University
Int J Radiation Oncology Biol Phys 47(1):209-218, 2000

原論文2 Data source 2:
Clinical results of long-surviving brain tumor patients who underwent boron neutron capture therapy
Hatanaka H, Nakagawa Y
Teikyo University
Int J Radiation Oncology Biol Phys 28: 1061-1066,1994

キーワード:ホウ素 boron, 中性子 neutron, がん治療 cancer therapy, 原子炉 reactor, 中性子捕捉療法 neutron capture therapy, 悪性神経膠芽腫 glioblastoma, 悪性黒色腫 malignant melanoma
分類コード:030202

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