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作成: 2006/3/14 荻野 尚
データ番号 :030282
陽子線治療の臨床成績
目的 :陽子線治療の臨床成績のレビュー
放射線の種別 :陽子
放射線源 :陽子加速器(サイクロトロン、シンクロトロン)
利用施設名 :筑波大学、国立がんセンター東病院、静岡がんセンター、若狭湾エネルギー研究センター、兵庫県立粒子線医療センター
応用分野 :医学、がん治療
概要 :
陽子線はブラッグピークによる優れた線量集中性と従来のガンマ線やX線と生物学的に等価であるために使いやすい放射線である。陽子線治療はすでに約半世紀の歴史をもつ治療であり、40,000例以上の治療実績がある。1990年のロマリンダ大学メディカルセンターに続いて、特に近年、病院設置型の治療施設が次々と建設され、陽子線治療は実用化の時代に突入した。眼の悪性黒色腫、頭蓋底腫瘍、頭頸部がん、肺がん、食道がん、肝細胞がん、前立腺がんなどで優れた治療成績が出されており、外科治療と同等な成績をあげている疾患もある。
詳細説明 :
がんの放射線治療において、治療成績を向上するための効果的な方法のひとつは、線量を病巣のみに集中させることである。これにより陽子線の物理的特性は体表面近くではあまり線量を出さずに、到達飛程終端で一挙に線量を放出することである(図1)。これをBragg peak(ブラッグピーク)と呼ぶが、この優れた線量集中性を利用すれば局所制御が向上するのみならず、病巣周囲の正常組織への線量も必然的に少なくなり、放射線による有害事象は減少して、QOLの高い治療が可能となる。代表的ないくつかの疾患について治療成績をレビューする。
図1 X線と非調整陽子線、調整された陽子線の深部線量分布の比較
1 眼の悪性黒色種(メラノーマ)
眼のメラノーマは虹彩、毛様体、脈絡膜に生じる悪性腫瘍で、白人の眼腫瘍の70%を占める。マサチューセッツ総合病院・ハーバード大学サイクロトロン研究所(MGH/HCL)、カリフォルニア大学サンフランシスコ校・ローレンスバークレー研究所(UCSF/LBL)、ポールシェーラー研究所(PSI)の3施設に加えInstitute of Theoretical and Experimental Physics (ITEP、ロシア)において多数例の陽子線治療が行なわれているが、前3施設の治療成績(総患者数3509名)は局所制御率96〜97%で、5年生存率も80〜88%である。眼球保存率も高く、約90%である(原論文1)。このように眼のメラノーマに対して陽子線治療は極めて優れた治療成績をあげており、欧米では標準的治療のひとつとして捉えられている。
2 頭頸部腫瘍
頭頸部腫瘍は手術治療と放射線治療が治療法の主体となる。治療成績は腫瘍の存在部位や進行度により左右され、一般論は言いがたい。しかし通常の放射線による進行癌の治療においてはしばしば正常組織障害が問題となる。即ち、脳・眼球・唾液腺・粘膜などの障害を来たし、著しくQOLを低下させることがある。国立がんセンター東病院で65Gy/26分割による陽子線治療が行われた手術不能・術後再発などの鼻腔・副鼻腔悪性腫瘍33例の解析を行った。全例が治療を完遂し、重篤な急性有害事象の発生はなかった。2年局所制御率は69%であったが、図3に示すように眼球に近接した腫瘍でも視力を温存して治癒を得ることが可能であった(原論文2)。
図2 篩骨洞癌症例
左:治療前のCT画像。右眼に進展している。中:陽子線の線量分布図。眼球ならびに脳にはほとんど照射されない。右:65GyE照射後。腫瘍は消失し、視力も温存された(GyEはGyに相対的生物学効果比=1.1をかけたもの)。
MGHでは感覚神経芽細胞腫・神経内分泌系腫瘍19例に対して化学療法(CDDP+ETOP)と陽子線(69.2Gy)などを組み合わせて治療し、5年局所制御率88%、5年生存率74%と報告し、この腫瘍に対して化学療法と陽子線治療の組み合わせは手術や従来の放射線治療に比べるとはるかに有害事象の少ない優れた治療法であると考察している(原論文3)。
ロマリンダ大学メディカルセンター(LLUMC)では上咽頭癌X線照射後の局所再発に対して陽子線による再照射が行なわれ、2年生存率50%を報告し、救済治療としての有効性を示した(原論文4)。
3 頭蓋底腫瘍
脳や脊髄に隣接する部位に生じた骨軟部腫瘍は、根治的手術が困難な上に従来の放射線治療では中枢神経系への重篤な晩期障害を恐れて十分な線量が投与できず多くが治癒困難な腫瘍と考えられてきた。線量集中性に優れた陽子線をこれら腫瘍の治療に用いる試みは早くから行われている。
MGH/HCLでは1975〜1998年までの間に頭蓋底・頚椎の脊索腫また軟骨骨肉腫患者621例に陽子線治療が施行された。66〜83Gy(中央値約69Gy)が照射され、10年局所無病生存率は、頭蓋底腫瘍の軟骨肉腫で94%、脊索腫54%であった。これらの陽子線治療症例では、高線量が投与されたにも関わらず障害発生頻度は比較的低く、頭蓋底腫瘍治療例の重篤な脳障害は約6%、視力障害は約4%にとどまった。また本治療法の成績は、従来の放射線治療成績のいずれの報告と比較しても著明な向上を示すものである(原論文5)。
4 肺癌
肺癌は本邦のがん死亡率第一位の疾患である。I-IIIA期患者の標準的治療は外科手術であるが、年齢の高齢化に伴い手術不適応の患者が増大している。それら手術不適応患者に対しては放射線治療が行われてきたが、T1〜T2に対する従来の放射線治療成績は5年生存率で10%〜42%である。
筑波大学で2000年までに51例の非小細胞肺癌が陽子線で治療され、5年生存率はI期〜II期41%で、特にIA期では62.5%であり、この治療成績は外科治療成績と遜色のないものである(原論文6)。
LLUMCでも51〜60GyE/10回/2週のプロトコールで68例が治療され、3年局所制御率は74%、3年粗生存率ならびに原病生存率はそれぞれ44%、72%であった(原論文7)。
国立がんセンター東病院ではT1〜2N0M0非小細胞肺がんに対する線量増量試験を実施し、さらにプラクティスとして80〜88Gyの高線量照射を行った。2004年12月までに治療された37例を解析した。男/女比は30/7、年齢中央値75歳(52歳〜87歳)で、IA/IB期は17/20であった。観察期間中央値24月(3〜57月)において、局所再発は2例のみで、2年局所制御率は90%、2年生存率は83%であった(原論文8)。
図3 非小細胞肺癌症例
上段:FDG-PET画像 下段:X線CT画像
左:治療前 中:80GyEの治療後1ヶ月。CTでは腫瘍は残存しているがPETでは集積がない。右:治療後12ヶ月。PETで集積なく、CTでも腫瘍はさらに縮小している。
5 食道癌
筑波大学は1995年までに治療された37症例の内32例の分析を報告した。対象は手術拒否あるいは手術不適、未治療のN0M0症例で、年齢は平均70歳(最高96歳)と高齢であった。陽子線単独またはX線併用の治療で総線量約80Gyが照射された。全体の5年粗生存率42%、局所制御率67%と比較的良好な治療成績が得られた。特に、早期例において外科治療成績と比べて遜色のない生命予後が得られており、症例数は少ないものの通常のX線治療では困難な高線量が病巣に投与できたことが良好な腫瘍制御に寄与したと推定され、将来性に期待を抱かせる(原論文9)。
6 肝細胞癌
筑波大学で多数例の治療が行なわれており、1998年までに治療された162症例192病変の分析が報告されている。陽子線単独治療あるいは肝動脈塞栓術併用動注療法との併用治療が行われ、陽子線の平均総線量は72 Gyであった。5年局所制御率は86.9%と良好な成績が得られ、しかも照射中および照射後のQOLはきわめて良好であった。5年生存率は全例では23.5%であったが、単発で肝機能良好例では53.5%で、肝癌研究会による外科治療症例の57.9%と同等である。これまでの治療経験を踏まえて、びまん型や多発例および著しく肝機能の悪い症例を除く多くの症例は陽子線治療の対象となると考えられる(原論文10)。筑波大学の結果は他の2施設で追試が行われている。
LLUMCは63Gy/15分割による治療で16例が登録された。追跡期間中央値10月で再発は3/14に認められた(原論文11)。
国立がんセンター東病院では76Gy/20分割を用いている。早期第II相試験30例を解析したところ、2年局所制御率は96%、2年生存率63%であり、筑波大学の成績と同等と思われた(原論文12)。
図4 肝細胞癌症例
左:治療前。肝臓右葉に8cm大の巨大な腫瘍がある。右:76GyEの照射後3ヶ月。腫瘍は著明に縮小し、造影剤で造影されなくなっている。
7 前立腺癌
前立腺癌に対する陽子線治療は米国で積極的に行われている。 MGH/HCL では1981〜1992年の間、III/IV期症例を対象にX線による標準的治療群(67.2Gy; arm 2 (99例))と陽子線照射を追加することで総線量を12.5%増加させた高線量群(75.6Gy; arm 1 (103例))を比較した第III相試験が行なわれた(原論文13)。解析の時点では両治療群の間で、粗生存率、局所制御率などに有意差は認められなかった。ただし、前層別された低分化型腺癌57例に限ると、5年・8年局所制御率はそれぞれ、94%・84%(arm 1)と64%・19%(arm 2)で、陽子線追加による高線量治療群の成績が有意に良好であった。
LLUMCからは1991〜1997年の間に治療された1255名を解析が報告されている(原論文14)。臨床的に骨盤内リンパ節転移のリスクが高いと思われるものにはX線による骨盤照射45Gy/25回を行い、前立腺局所への陽子線照射30Gy/15回が追加され(前立腺総線量75Gy)、リンパ節転移リスクの低いものには陽子線単独74Gy/27回の照射が行われた。尚、ホルモン療法は併用されていない。予後予測因子としては治療前PSA値、Gleasonスコア、T stageで、さらに治療後のPSA nadir値も有意な因子として取り出された。治療後PSA nadir値0.5未満の群では87%が8年生化学的無病生存であったのに対して、0.51〜1の群、1を超える群ではそれぞれ69%、25%であった。
有害事象については、grade 3以上の直腸障害ならびに膀胱尿道障害の発生率は1%未満であった。
コメント :
放射線治療では多くの癌種において線量効果関係があるといわれているが、光子線では正常組織への被曝線量が大きいために、この関係は完全には追究しきれていない。陽子線治療はこれを明らかにするのには最適である。今後は線量増量試験などによる治療成績の向上とエビデンスの確立を目指し、多施設共同研究が必要である。
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キーワード:放射線治療、陽子線治療、臨床成績、眼球黒色腫、頭頸部腫瘍、肺癌、食道癌、肝細胞癌、前立腺癌
Radiation Therapy, Proton Beam Therapy, Clinical Results, Ocular Melanoma, Head and Neck Tumor, Lung Cancer, Esophageal Cancer, Hepatocellular Carcinoma, Prostate Cancer
分類コード:030202
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