作成: 2007/01/03 鷲野 弘明
データ番号 :030292
骨シンチグラフィ用注射剤:ヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液(改訂版)
目的 :骨シンチグラフィ用注射剤の特徴の説明
放射線の種別 :ガンマ線
応用分野 :医学、診断
概要 :
骨シンチグラフィ用注射剤は、骨疾患特にがんの骨転移診断に使用される診断用医薬品で、我が国ではヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液とメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液の2種類が製造販売されている。これら注射剤は、静脈内投与後速やかに全身の骨組織に分布し、投与後3時間程度で高画質の骨シンチグラムが得られる。特に骨のリモデリングが亢進している病的部位に高集積を示すため、癌の骨転移の早期診断、骨髄炎・関節炎の診断、骨折の部位診断や経過観察などに有用である。
詳細説明 :
1. 骨転移診断剤研究の歴史
がんは、悪性化に伴ってしばしば骨に転移する。骨転移は、激しい骨疼痛・脊髄障害・病的骨折の原因となり、がん患者に大きな苦痛を与えるとともに大幅な運動制限・長期臥床を余儀なくさせ、患者QOLの低下をもたらす。骨転移が症候性となる前に早期診断し適切に治療することは患者QOL維持にとって重要な課題であり、このような問題意識から骨転移の画像診断の研究が行われてきた。
核医学による骨疾患の研究では、Ca2+と似た挙動をとる2価金属イオンやフッ素イオンなど“bone seeker”と呼ばれる放射性同位元素が古くから知られていた。Kaplanらは、1960年に32Pで標識されたリン酸化合物で前立腺がん骨転移の治療を試みた結果を報告している。フッ素の放射性同位体であるF-18(ポジトロン核種)は、1962年Blauらによって初めてがんの骨転移の画像診断に応用された。一方、SubramanianとMcAfeeは1971年にこの流れとは違う一連の99mTc標識リン酸化合物(99mTc-tripolyphosphate)が、骨シンチグラフィの薬剤となり得ることを示した。1970年代には99mTc-pyrophosphateや99mTc-diphosphonate誘導体など様々な化合物が検討され、最終的には99mTc-methylene diphosphonate(99mTc-MDP)や99mTc-hydroxymethylene diphosphonate(99mTc-HMDP)等の99mTc-bisphosphonate誘導体が医薬品として開発された。
図1 骨シンチグラフィ研究に応用されたリン酸化合物の化学構造
骨シンチグラフィ用注射剤は、骨疾患の診断を目的とする診断用医薬品である。我が国では、メチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液(以下99mTc-MDP注射液)及びヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液(以下99mTc-HMDP注射液)の2種類が、各々1978年及び1983年から製造販売されている。これら注射剤は、静脈内に注射されると速やかに全身の骨組織に分布し、血液、腹腔内臓器や軟部組織から速やかに消失する。従って、一般に投与後3時間程度で画質の良い骨シンチグラムが得られ、悪性腫瘍の骨転移の早期診断をはじめ、骨髄炎・関節炎の診断・骨折の部位診断や経過観察など種々の骨疾患の診断に有用である。これら注射剤中のテクネチウム-99m(99mTc)は、物理的半減期(6.01時間)が短くβ線を放出しないため患者の被曝が極めて少なく、放出されるγ線エネルギー(140.5keV)がシンチレーションカメラに適しているため鮮明なシンチグラムが得られる。
2. がんの骨転移
(1) 骨のリモデリング
骨は、石化した骨基質と内部の海綿質を満たす細胞成分(骨髄)からなる組織である。骨基質は、コラーゲンを主体とする有機質とそこに密に沈着したリン酸カルシウム微結晶(ヒドロキシアパタイト:Ca10(PO4)6(OH)2)で構成される。骨組織は、その形態を維持しながら常に新しい骨組織に置き換わるダイナミックな組織であり、成人では全骨格の3〜5%は常に置き換わっている(これを骨改造(リモデリング)という)。骨リモデリングは、骨組織の溶解吸収と再形成のサイクルが繰り返されることで達成される。骨吸収(溶骨)は、大型の多核細胞である破骨細胞がリン酸カルシウムの溶解やコラーゲン分解により骨組織を吸収することをさす。破骨細胞が骨吸収を行うと、その部位では引き続いて骨芽細胞による骨形成(造骨)が起こる(図2模式図参照)。
後述するように、骨リモデリングの亢進は、がんの骨転移そして骨シンチグラフィ用診断剤の集積機序と密接にかかわっている。
図2 骨リモデリングの模式図/原論文1より一部加筆作成(原論文1より引用)
(2) がん細胞の骨転移
ある種のがんは、局所で発生し悪性化するとしばしば骨に転移する。骨転移の経路は、血行性転移・リンパ行性転移・直接浸潤・脊髄腔への播種の4経路がある。骨を原発としない悪性腫瘍では、一般的に血行性転移である。骨転移の発生頻度が高い主ながんと骨転移が発見される割合を図3に示す。小児では、神経芽腫・Ewing腫・骨肉腫で骨転移の頻度が高い。骨転移が発見されやすい部位は、血流豊富な赤色髄の多い躯幹骨で、脊柱・骨盤骨・肋骨・胸骨・大腿骨・上腕骨・頭蓋骨である。脊柱では、腰椎・胸椎・頚椎の順に骨転移の頻度が高い。
図3 様々ながんにおける骨転移の頻度(剖検時)/原論文2(原論文2より引用)
がん細胞が骨に生着しそこで骨転移を形成する過程は3つに分けることができる。まず、がんの原発巣を離れて骨に到達し、次に骨の栄養血管から赤色髄内に侵入し、最終的に骨内膜表面に定着する。がん細胞が栄養血管を形成しつつ海綿質内の骨梁間に増殖すると、ここに骨転移の初期像が成立する。骨転移しやすいがん細胞の多くは、様々な骨吸収性サイトカイン(OAF)やPTH関連蛋白質(PTHrP)を産生し、破骨細胞による骨吸収を亢進させる。一方、骨組織は生体の中で最も豊富に増殖因子を含む組織であり、IGF-1・TGF-β・FGF・PDGF等の増殖性サイトカインをその骨基質中に蓄積している。破骨細胞による骨吸収に伴ってこれらサイトカインが放出されると、その受容体を発現したがん細胞にとって増殖しやすい環境が成立する。がん細胞は、到達した骨組織に生着し、骨吸収を亢進させて細胞増殖が可能な空間的余地を作り出し、細胞増殖を促すサイトカインに応答して増殖する。骨転移とはがん細胞と骨組織の相互作用の結果成立するものであり、これは他臓器における転移では見られない特徴といえる。
(3) 骨転移の分類
骨転移局所における骨の反応は、がんの種類によって異なる。骨転移の特徴は、X線所見より造骨型か溶骨型に分けられるが、病理学的には転移骨の反応を見ない骨梁間型及びこれらが共存する混合型を加えて4基本型に分類される。これらの基本型は、転移に伴う骨組織の反応、即ちがん細胞と骨の相互作用の特徴を分類したものである。
造骨型:骨形成が優勢。転移に伴って新しい骨が正常な骨の表面に積み重なるように形成され、骨梁の破壊は見られない。
溶骨型:骨吸収が優勢。骨基質の溶解及び骨梁の破壊・収縮が見られる。
骨梁間型:造骨性あるいは溶骨性の反応は見られない。骨梁の変化を伴わずに、骨内部の海面質内や洞内にがん細胞の浸潤転移が見られる。骨転移の初期像と推測される微小転移、全身骨格に広範に転移するが局所反応を伴わない骨転移も、この骨梁間型に分類し得る。
混合型:同一転移巣内に造骨性及び溶骨性の骨反応が共存する。
図4 骨転移の分類と病理組織学的特徴/原論文3の図表を再構成
A)造骨型骨転移:胃がんの腰椎転移(超軟X線写真)。黒く見える部分が造骨性病変。
B)溶骨型骨転移:肝細胞がんの椎骨転移。結節状転移の骨梁は消失。
C)混合型骨転移:乳がん胸椎〜腰椎。造骨性の病変と溶骨性の病変がひとつの椎骨内に共存。
D)骨梁間型骨転移:大腸がん椎骨(超軟X線写真)。転移は骨髄内に存在するが、骨梁の破壊像が明瞭に観察されない。(原論文3より引用)
4つの基本型は各々独立したものではなく密接に関連しあい、転移骨の反応としては両極端に位置する造骨型と溶骨型あっても相互に移行し得る。がんの種類と骨転移の型には一定の傾向が見られる。例えば、甲状腺がん・腎がん・骨髄腫では溶骨型、前立腺がんでは造骨型、肺小細胞がんでは骨梁間型が多く、乳がん・肺腺がん・胃がんでは様々な型が共存することが多い(図5参照)。
図5 がんの原発臓器・組織型と転移骨の反応/原論文3(原論文3より引用)
3. 99mTc標識骨シンチグラフィ用診断剤のがん骨転移への集積機序
骨を構成するヒドロキシアパタイトのCa2+、OH−、PO3−イオンは、結晶表面で体液と接し容易にイオン交換しうる。47Ca2+や85Sr2+といった放射性トレーサーは、Ca2+とイオン交換する形で集積し、18F−はOH−とイオン交換する形で集積する。99mTc-HMDPや99mTc-MDP等の99mTc-bisphosphonateの骨への集積機序は完全には明らかとなっていないが、多くの研究では、99mTc-bisphosphonateはヒドロキシアパタイト結晶と無形リン酸カルシウムの表面に化学的に吸着することが知られている。
骨転移巣では、しばしば局所血流量が増大し毛細血管の透過性も亢進する。さらに、病理学的タイプによって違いはあるものの骨リモデリングも亢進している。骨形成後間もない新生骨表面はヒドロキシアパタイト結晶が微細であり、99mTc-bisphosphonateを吸着し得る骨表面積は成熟骨のそれに比べて著しく大きい。このようなことから、99mTc-bisphosphonateの骨転移部位への集積量は、その部位における局所血流量やリモデリングの状態に依存し、これが骨転移の画像におけるコントラストを生む。99mTc-HMDPや99mTc-MDPは、一般に骨形成が亢進した造骨型骨転移に優位に高い集積を示し、溶骨型骨転移や骨梁間型骨転移では低い集積を示す傾向が強い。
4. がん骨転移の画像診断
がんの治療戦略は、がんの初発部位及び全身における拡がりの程度(=『病期』として定義される)よって大きく異なる。ゆえに、病期診断では、骨転移の有無やその部位を確認することは治療方針決定上重要なポイントとなる。
骨転移の診断は主に臨床診断により、病理診断まで行うことは少ない。その臨床診断もほとんどは画像診断で行われ、臨床症状・核医学検査・単純X線撮影・CT・MRI・血液/尿検査等を患者の状態とがんの種類に応じて適宜組み合わせて、骨転移巣を検索する。単純X線写真やCT像では、局所の骨吸収あるいは骨形成を反映した異常な陰影、骨梁構造の破壊像より診断される。X線写真は、一般に特異度は高いが感度は低い(造骨型・溶骨型・混合型骨転移の80〜90%を検出しうるが、骨転移の初期像で最も高頻度に見られるはずの骨梁間型はほとんど検出できない)。核医学検査の場合、骨シンチグラフィ(99mTc-HMDPや99mTc-MDP)、FDG-PET、18F-NaF-PETが骨転移の診断に利用可能である(18F-NaF-PETは、我が国では保険適用となっていない)。骨シンチグラフィは、感度が高く全身を一度に検索できるが、骨梁間型の小さな骨転移巣の検出〜同定は困難である。MRIでは、骨転移部位のコントラスト変化や骨破壊像より診断される。近年普及した拡散強調撮像法(DWI)によるMRIも、骨転移検出に優れた方法として認識されつつある。骨梁間型の頻度が高い肺小細胞がん・肝細胞がん・胃がん・膵がんでは、様々な画像診断法を適切に組み合わせて診断することが必要である。
5. 骨シンチグラフィ用診断剤
99mTc-HMDP注射液と99mTc-MDP注射液は、ほとんど同じ化学的特徴及び臨床的有用性を有するため、ここでは99mTc-HMDP注射液(以下 本注射液)を例に説明する。
(1) 99mTc-HMDP注射液の組成
本注射液は、水性の注射液で、99mTcをヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウムの形で含む。注射液の組成や特徴は表1のとおりである。
表1 99mTc-HMDP注射液の組成・性状(注射剤1ml中の成分)/原論文5より作成
組成
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テクネチウム-99mとして(検定日時において) 370MBq
メタン-1-ヒドロキシ-1, 1-ジホスホン酸ジナトリウム 0.127 mg
添加物 無水塩化第一スズ 0.059 mg
添加物 アスコルビン酸 0.157 mg
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性状
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性状: 無色澄明の液
pH: 4.0〜6.0
浸透圧比:約0.5 (0.9w/v%塩化ナトリウム溶液に対する比)
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(2) 99mTc-HMDP注射液の効能又は効果
骨シンチグラムによる骨疾患の診断。
(3) 99mTc-HMDP注射液の用法及び用量
通常、成人には本注射液555〜740MBqを肘静脈内に注射し、1〜2時間の経過を待ってシンチレーションカメラにより被検部の骨シンチグラムをとる。投与量は、年齢、体重により適宜増減する。
(4) 99mTc-HMDP注射液の薬物動態
各種骨疾患患者について試験した結果、本注射液は投与後30分まで急速に血液より消失し、それ以降はややゆっくりと減少した。投与後短時間で骨に集積し、他臓器への集積は少なかった。累積尿中排泄率は、投与後2時間まで増加し(投与量の約40%)、以後増加はほとんど見られなかった。
(5) 99mTc-HMDP注射液の臨床成績
本注射液が、臨床試験において有効と報告された適応症は次のとおりである。
1) 転移性骨腫瘍 (302例/302例、有効率 100%)
原発:肺癌、乳癌、前立腺癌、胃癌、子宮癌、膀胱癌、他
2) 原発性骨腫瘍 (31例/31例、有効率 100%)
骨肉腫、骨髄腫、他
3) その他の骨疾患(79例/79例、有効率 100%)
骨折、関節炎、骨髄炎、他
代表的なシンチグラムの例を図6に示す。
図6 乳がん症例の骨シンチグラム/原論文4(原論文4より引用)
A) 溶骨型骨転移の症例/左:99mTc-HMDP、中央:18F-FDG-PET、右:CT
99mTc-HMDPによる骨シンチグラフィでは強い集積を認めないが、18F-FDG-PETでは脊椎に強い集積を認め、CT上では脊椎の溶骨性変化が確認された。
B) 造骨型骨転移の症例/左:99mTc-HMDP、中央:18F-FDG-PET、右:CT
99mTc-HMDPでは脊椎・骨盤に強い集積を認め、いわゆるsuper scanの像を呈している。しかし、18F-FDG-PETではそれほど明確な骨転移所見を示していない。
C) 骨梁間型骨転移の症例/左:99mTc-HMDP、中央:18F-FDG-PET、右:CT
99mTc-HMDPやCTで骨病変を認めないが、18F-FDG-PETでは骨髄内に著明な集積を認め、骨梁間型転移と考えられる。
左)正面像:肋骨に異常集積が見られる。右)背面像:脊椎に広範な異常集積が見られる。
これらは、前立腺がんの骨転移と診断された。
(6) 吸収線量
MIRD法により算出した本注射液37MBq投与あたりの吸収線量を表2に示す。
表2 99mTc-HMDP注射液による吸収線量/原論文5より作成
骨
赤色骨髄
肝臓
腎臓
膀胱壁
卵巣
精巣
全身
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0.512 mGy/37MBq
0.331
0.086
0.219
0.609
0.100
0.073
0.119
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(7) 99mTc-HMDP注射液の副作用
臨床試験及び使用成績調査(全12401例)において副作用が認められた例はなかった(再審査終了時)。99mTc-HMDP注射液では、副作用自発報告において、発疹、嘔吐、悪心、食欲不振、チアノーゼ、血圧低下、徐脈、てんかん様発作、冷汗、気分不良などが極めてまれに報告されている。
原論文1 Data source 1:
骨転移の痛みと治療
檀 健二郎
真興交易医書出版部 1990年
原論文2 Data source 2:
全身骨転移を探る−骨シンチグラフィ−
遠藤 啓吾監修, 小泉 満著
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癌と骨病変
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原論文4 Data source 4:
乳癌骨転移の現状と展望−骨シンチグラフィによる骨転移早期診断の意義−
河野 範男、高橋 俊二、小泉 満、片桐 浩久
日本メジフィジックス社、2007年
原論文5 Data source 5:
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(社)日本アイソトープ協会
インビボ放射性医薬品添付文書集 2002年版
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キーワード:画像診断、シングルフォトンエミッショントモグラフィー、 放射性医薬品、 ヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液、 メチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液、 骨シンチグラフィ、 ハイドロキシアパタイト、 骨疾患、 がん、 骨転移、diagnostic imaging,single photon emission tomography,SPECT, radiopharmaceutical,99mTc-HMDP,99mTc-hydroxymethylene diphosphonate, 99mTc-MDP,99mTc-methylene diphosphonate,bone scintigraphy, hydroxyapatite,bone diseases,cancer,bone metastasis
分類コード:030502, 030301, 030403