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作成: 2008/01/03 大高 明治、鷲野 弘明

データ番号   :030302
放射性骨転移疼痛緩和剤:塩化ストロンチウム(89Sr)注射液
目的      :塩化ストロンチウム(89Sr)注射液の特徴の説明
放射線の種別  :ベータ線
応用分野    :医学、治療

概要      :
塩化ストロンチウム(89Sr)注射液は、2007年に放射性骨転移疼痛緩和剤として日本で初めて承認された放射性医薬品である。89Srは、前立腺がん・乳がん・肺がんなどの骨転移部位に集積し、そこから放出されるβ線の作用により骨転移による疼痛を緩和する。89Srは、従来の治療法(手術・化学療法・内分泌療法・鎮痛薬・外部放射線療法など)では制御できない癌性骨疼痛に対し、疼痛緩和を目的として使用される。諸外国においては1986年にカナダで最初に承認され、2006年6月現在、世界41ヵ国で承認されている。

詳細説明    :
1. 塩化ストロンチウム(89Sr)注射液の歴史
 塩化ストロンチウム(89Sr)注射液(以下89SrCl2注射液)は、日本で2007年7月に薬事承認された最初のがん骨転移疼痛に対する治療用放射性医薬品である。89SrCl2注射液は1986年にカナダで最初に承認されたが、89SrCl2注射液が広範に使用されるようになったのは欧州各国及び米国で販売承認が認められた1992年以降である。2006年6月現在、世界41ヵ国で承認されている。なお、海外では、放射性骨転移疼痛緩和剤として89SrCl2注射液のほかに153Sm-EDTMP及び186Re-HEDPが承認されているが、89SrCl2注射液はそれらの中で最も長い歴史を持つ製剤である。
 ストロンチウム及びその同位体の毒性や体内挙動(吸収・分布・代謝・排泄)は、海外で古くから研究されている。ストロンチウムは、カルシウムと同属のアルカリ土類金属で、体内では2価金属イオンとしてカルシウムと同様の挙動を示し、造骨活性が亢進している骨に速やかに集積する。Picherは、1942年に初めてマウス及びラットに乳酸ストロンチウムを投与してストロンチウムの体内動態を検討し、骨形成の亢進した骨に選択的に集積することを報告した(Picher 1942)。また、前立腺がんの骨転移患者に放射性ストロンチウム(89Sr)を投与し、ほぼ完全な疼痛寛解が得られたことを報告した。1970年代になると、Robinsonらが塩化ストロンチウム(89Sr)を用いて有痛性の骨転移患者の疼痛治療を目的とした研究を開始し、その後1990年代まで骨転移患者の疼痛治療に対する89Srの安全性及び効果に関する多くの研究や総説を発表した(Robinson et al.1989,1995)。
 89Srは、原子炉で生産される純β線放出核種で、物理的半減期50.5日、β線の最大エネルギー1.49MeV、組織内飛程は平均2.4mm(最大8mm)と、骨転移疼痛緩和治療に適した物理学的特性を有している。89Srは、透過性の高いγ線を放射しないため、治療を受ける患者も不必要な放射線暴露を受けず、医療スタッフや家族など周囲の人にも影響を及ぼさない。89Srの退出・帰宅基準は200MBq(1回あたり)と定められており、89SrCl2注射液の最大投与量が141MBqであることから、外来治療も可能である。
 
2. 89SrCl2注射液の組成
 89SrCl2注射液は、水性の注射剤で、1バイアル(3.8mL)中に、ストロンチウム89を塩化ストロンチウム(89Sr)として含む。本注射液の組成を以下に示した。

表1 塩化ストロンチウム(89Sr)注射液の組成・性状(1バイアル(3.8mL)あたり)
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|組成     | ストロンチウム89として(検定日時において)        141MBq        |
|         | 塩化ストロンチウム                              41.4〜85.9mg  |
---------------------------------------------------------------------------
|性状     | 無色澄明の液                                                  | 
---------------------------------------------------------------------------
|pH     | 4.0〜7.5                                                      |
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|浸透圧比 | 約1                                                           |
|         |(1バイアル中に塩化ストロンチウム65mgを含む                    | 
|         | 本剤の生理食塩液に対する比)                                   | 
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3. 89SrCl2注射液の効能又は効果
 固形がん患者における骨シンチグラフィで陽性像を呈する骨転移部位の疼痛緩和
 
<効能又は効果に関連する使用上の注意>
1)89SrCl2注射液は、疼痛緩和を目的とした標準的な鎮痛剤に置き換わる薬剤ではないため、骨転移の疼痛に対する他の治療法(手術・化学療法・内分泌療法・鎮痛剤・外部放射線照射等)で疼痛コントロールが不十分な患者のみに使用する。
2)89SrCl2注射液の投与にあたっては、骨シンチグラフィを実施し、疼痛部位に一致する集積増加がある患者のみに使用する。
3)89SrCl2注射液は、悪性腫瘍の骨転移に伴う骨折の予防・治療を目的として使用しない。
4)89SrCl2注射液は、骨転移部位の腫瘍に対する治療を目的として使用しない。
5)89SrCl2注射液は、脊椎転移に伴う脊髄圧迫等、緊急性を必要とする場合に放射線照射の代替として使用しない。
 
4. 89SrCl2注射液の用法及び用量
 通常、成人には1回あたり2.0MBq/kgを静脈内に投与し、投与量は最大141MBqまでとする。反復投与をする場合には、投与間隔は少なくとも3ヵ月以上とする。
 
5. 89SrCl2注射液の薬効薬理
(1) 骨転移への集積機序
 89Srは、体内の造骨活性及び骨形成が亢進した部位に集積し、その集積は造骨細胞によるコラーゲンの合成と、それに続くミネラル化に依存していることが示唆されている。さらに、造骨細胞(骨芽細胞)の増殖亢進は、転移性の腫瘍細胞自身に由来する因子によって刺激される可能性が示唆されている。
 
(2) 疼痛緩和の作用機序
 89SrCl2注射液による疼痛緩和の作用機序は、まだ明確には解明されていないが、以下に述べるように、放射線による直接的及び間接的な効果がその原因と考えられる。まず、直接的な効果としては、骨転移部位に集積した89Srから放出されるβ線の作用によりがん細胞が死滅し、腫瘍体積の増加抑制又は減少をもたらす。これが、骨膜や軟部組織への圧迫を減じ、疼痛を軽減すると推測される。また、間接的な効果としては、89Srから放出されるβ線の作用によりプロスタグランジンE2(PGE2)及びインターロインキン6(IL-6)の産生が亢進する。PGE2の産生更新はコラーゲン合成を亢進させ、89Srの局在化を促進している可能性が示唆されている。さらに、IL-6の産生更新は、骨形成が過剰であった部位において骨吸収を増加させる等、骨リモデリングに何らかの影響をもたらしている可能性があり、その結果、骨転移部位における造骨と骨吸収の不均衡が原因と考えられる疼痛が緩和されると考えられる。以上から、89SrCl2注射液による疼痛緩和は、放射線に誘発される直接的及び間接的な効果が相互的に複雑に作用した結果である可能性が示されている。
 
6. 89SrCl2注射液の体内薬物動態
 有効成分である89Srは、89SrCl2注射液静注後血中より速やかに消失し、投与後8時間における血中残存放射能は、投与量の約5%(英国での3例の平均6.1%、国内での6例の平均4.9%)であった。体外に排泄されるストロンチウムの90% 以上は腎・尿路系から排泄され、その大部分が投与後2日までに尿中に排泄された。骨転移を有するがん患者における89Srの全身保持率は、英国の4例では投与後27〜31日で投与量の22〜82%であり、骨転移の進展度や活動性に依存する。転移性骨腫瘍患者では、脊椎転移部の線量は、平均23cGy/MBq(6〜61cGy/MBq)で、骨髄への線量(2cGy/MBq)の約10倍であった。

表2 89SrCl2注射液を健常成人に静注したときの吸収線量
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|          吸収線量(mGy/MBq)  |
---------------------------------
|骨表面      |  17.0            |
---------------------------------
|赤色骨髄    |  11.0            |
---------------------------------
|下部大腸壁  |   4.7            |
---------------------------------
|膀胱壁      |   1.3            | 
---------------------------------
|精巣        |   0.78           |
---------------------------------
|卵巣        |   0.78           |
---------------------------------
 
7. 89SrCl2注射液の臨床成績
 悪性腫瘍の骨転移による疼痛部位と骨シンチグラフィの陽性像が一致する悪性腫瘍患者を対象とした国内臨床試験の結果は以下のとおりであった:69例(前立腺癌28例、乳癌27例、肺癌7例、その他の癌7例)に89SrCl2注射液2.0MBq/kgを静注した結果、鎮痛薬使用量の変化と疼痛重症度の変化を指標とした反応者は32/69例であった。89SrCl2注射液は1回の静脈内投与で、全身の骨転移病巣に集積するため、多発性骨転移の疼痛緩和に適している。89SrCl2注射液が有効な症例での疼痛緩和効果は、通常投与後1〜3週から発現し数ヶ月間持続する。
 
8. 89SrCl2注射液の副作用
 主な副作用(頻度5%以上)は、血小板減少症14.4%(13/90例)、白血球減少症13.3%(12/90例)、貧血8.9%(8/90例)、ほてり8.9%(8/90例)、骨痛(一時的な疼痛増強)7.8%(7/90例)であった。重大な副作用として、血小板減少、白血球減少及び貧血(各5%以上)等の骨髄抑制があらわれることがあるので、投与後も定期的に血液検査を行い、異常が認められた場合には適切な処置を行うことが必要である。

原論文1 Data source 1:
メタストロン注 放射性医薬品基準塩化ストロンチウム(89Sr)注射液
日本化薬株式会社、日本メジフィジックス株式会社

参考資料1 Reference 1:
Biological investigations with radioactive calcium and strontium: preliminary report on the use of radioactive strontium in the treatment of metastatic bone cancer
Pecker C
Pharmacology 1942; 1:117-139.

参考資料2 Reference 2:
Strontium-89: treatment results and kinetics in patients with painful metastatic prostate and breast cancer in bone.
Robinson RG, Blake GM, Preston DF, McEwan AJ, Spicer JA et al.
RadioGraphics 1989; 9:271-81.

参考資料3 Reference 3:
Strontium 89 therapy for the palliation of pain due to osseous metastases
Robinson RG, Preston DF, Schiefelbein M & Baxter KG.
JAMA 1995; 274:420-4.

参考資料4 Reference 4:
Radiopharmaceuticals for the palliation of painful bone metastasis-a systemic review.
Bauman G, Charette M, Reid R & Sathya J.
London Regional Cancer Centre, Ont., Canada
Radiother Oncol 2005; 75:258-70.

キーワード:放射性医薬品、塩化ストロンチウム、ストロンチウム-89、骨転移、疼痛緩和、前立腺がん、肺がん、乳がん
radiopharmaceutical, strontium chloride, SrCl2, strontium-89, bone metastasis, pain palliation, prostate cancer, lung cancer, breast cancer,
分類コード:030302, 030503

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