作成: 2008/01/03 関 育也、鷲野 弘明
データ番号 :030303
90Y-微小球(マイクロスフェア)による肝がん放射線塞栓療法
目的 :肝がん治療に利用される90Y-微小球の特徴および利用方法の説明
放射線の種別 :ベータ線
応用分野 :医学、治療
概要 :
放射線塞栓療法とは、β線放出核種を含んだ塞栓物質により腫瘍の栄養血管を閉塞させることで腫瘍への血流を遮断し、エネルギー供給の遮断及び放射線照射により腫瘍を縮小あるいは消失せしめる治療法をさす。欧米では、外科手術不能な肝がん患者の治療に利用されている。この治療に用いられる90Y-微小球(マイクロスフェア)は、平均直径30μm前後のガラス製又はセラミック製の球体であり、90Y-をガラス内に混入又は球体表面に安定的に吸着させたものである。肝がんは予後の悪いがんの一つであり、予後の改善を図る新たな治療法として、今後我が国でもこの治療法が注目されると予測される。
詳細説明 :
肝がんは、かつては不治の病であり、ほとんど助かることはなかった。しかし、この30年ほどの間に治療法が劇的に進歩し、肝がんの死亡率はかなり改善してきた。これは、肝臓という臓器に対する理解の深化、麻酔や救命医療の進歩、手術手技の進歩などが、肝がんの外科切除を安全なものにしたことが大きい。さらに、肝がんを対象とした新たな治療法が開発されたことも特筆されて良い。そのような治療法のひとつに90Y-微小球(マイクロスフェア)による放射線塞栓療法がある。この治療法は、肝がんの中でも肝細胞がんや転移性肝がんに適用され、近年注目を集めている。我が国ではまだ普及していないが、治療成績も良く患者の術後QOL維持にも優れた治療法であるため、ここに紹介する。
1. 肝がんの治療
肝がんの治療は、一般に肝がんの由来によって異なり、原発性肝がん(肝細胞がんや胆管がん)と大腸がん等の肝転移による転移性肝がんでは異なる。
(1) 肝細胞がん
肝細胞がん(HCC)の治療は、大きく分けて、外科切除、局所療法、塞栓療法、全身化学療法、肝移植の五つの治療選択肢がある。外科切除は、早期で限局性のHCCを対象とした治療法であり、一般的に肝硬変の合併が低くHCC病巣が孤立性のときに採用される。通常、肝障害度がA又はBでがん病巣が3個以内かつ肝外転移がない患者を対象とする。治療成績は様々な治療選択肢の中でもっとも良く、5年生存率は75%程度に達するが、対象となるHCC患者は全患者の13〜35%程度である。外科切除の適応とならない場合、それ以外の治療選択肢、即ち、局所療法・塞栓療法・全身化学療法が考慮される。選択にあたっては、がん病巣の大きさと個数、患者の一般状態・肝臓の機能(肝予備能)・合併症の程度などが考慮される。第17回全国原発性肝癌追跡調査報告(2002〜2003年)によれば、各々の治療法の適応割合は、外科切除/33.6%、局所療法/31.2%、塞栓療法/29.6%、全身化学療法/4.9%、その他の治療法/0.8%となっている。
外科切除の対象とならないHCC患者のために、以下のような治療法が開発されてきた:
1) 局所療法:局所療法には、マイクロ波凝固法(MCT)・ラジオ波焼灼法(RFA)・レーザー焼灼法(LT)といった熱焼灼法(Thermoablation)がある。これらは、体外より経皮的に、腹腔鏡下で、又は手術中に実施され、安全で効率の良い治療法である。近年、これらの治療を行うための装置や手技が進歩し、治療成績が大きく向上した。一般にがん病巣が3個以内で3cm以下の手術不能例を対象とし、必要に応じて複数回治療を繰り返す。そのほか、化学物質の経皮的注入法(Chemical ablation)がある。これは、注射針を用いて体外からがん病巣に直接アルコールや酢酸を直接注入する方法である。
2) 塞栓療法:塞栓療法とは、肝動注塞栓法(Transarterial embolization:TAE)・肝動注化学塞栓法(Transarterial chemoembolization:TACE)・放射線塞栓療法(Radioembolization)といったがん病巣に栄養を供給する肝動脈を塞栓する治療法である。これらは、いずれもがん病巣に通ずる肝動脈までカテーテルを導入し、カテーテルを介して塞栓物質・抗がん剤あるいはマイクロスフェアを病巣に直接投与する方法であり、RFA等の局所療法が施行できない位置にあるがん病巣や大きながん病巣に向いている。TACEでは、ドキソルビシン・シスプラチン・マイトマイシンCといった抗がん剤がリピオドールのエマルジョンとしてカテーテルより投与され、その後動脈をゼラチンスポンジ粒子で閉塞する。抗がん剤と栄養血管遮断の相乗効果によって、がん細胞を死滅させる。放射線塞栓療法は、カテーテルを介して放射性マイクロスフェアを投与し、がん病巣への放射線照射と栄養血管遮断の相乗効果によって治療効果を発揮する。
このように、HCCには様々な治療法の選択肢があるが、ごく簡単にそれを示すと図1のようになるだろう。
図1 肝細胞がん治療法の選択肢と放射線塞栓療法の位置付け
(2) 転移性肝がん
転移性肝がんの治療は、他組織の原発性腫瘍に対する治療と併せて実施される。肝臓への転移がある場合、他組織への転移も十分考慮されるため、全身化学療法による治療が第1選択である。これが、原発性のHCCとは異なる点である。局所治療によって治癒あるいは疾患コントロールが見込まれることが考慮される場合に、HCCに準じた治療が行われる。
2. 90Y-マイクロスフェアによる内部放射線療法
がんは、しばしば体表面から離れた深部に存在する。体外から深部にあるがんに放射線を照射する場合、がんに届く前に通過する正常組織への放射線照射は避けられない。正常組織を損傷することなくがん組織に大量の放射線照射を行おうとすれば、体外から放射線照射するより、がん組織近傍又はがん組織内部から飛程の短い放射線で照射した方が効率的と言える場合がある。このような治療法を、内部放射線療法(internal radiation therapy)という。90Y-マイクロスフェアによる肝がんの治療はその一例であり、Arielらが1973年に悪性リンパ腫の治療法として始めて臨床応用した(参考資料2)。
肝がん組織は、ある程度の大きさになると腫瘍新生血管を発達させ、がん細胞のエネルギー供給は、肝動脈から腫瘍新生血管を経て供給されるようになる。肝がん組織はこうして動脈支配となるのに対し、正常な肝細胞はエネルギー供給の約80%を肝門脈より受け、肝動脈からは20%しか受けない。肝がんの塞栓療法は、肝がん組織と正常肝組織の血流支配の違いに着目した治療法である。90Y-マイクロスフェアの粒子径は、細動脈の内径とほぼ同程度の直径を持っている。がん組織を支配する肝動脈までカテーテルを挿入し、カテーテル先端より90Y-マイクロスフェアを放出する位置をがん病巣の近傍にとれば、がん組織に至る細動脈を選択的に塞栓することができ、がん細胞への血流を遮断することができる。さらに、マイクロスフェアより放出されるβ線ががん組織に照射される。このベータ線の平均飛程は約2.5mmであるため、がん組織だけが集中的に放射線照射される。90Y-マイクロスフェアは、塞栓形成による血流遮断と放射線照射の相乗効果によってがんの治療を行うものである。90Y-マイクロスフェアは、表1に示される2製品があり、欧米及び日本を除く一部のアジア地域で供給されている。
表1 90Y-マイクロスフェア製品の概要
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|製品名 | TheraSphere | SIR-Sphere |
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|Y-90の | 崩壊形式 :β-崩壊 |
|物理学的 | 半減期 :64.1時間 |
|性質 | 放出放射線:β線2.28MeV |
| | 飛程距離 :生体組織では平均2.5mm(最大飛程:10mm) |
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|発売元 | MDS Nordion社/カナダ | SIRTex社/オーストラリア |
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|承認適応 | 切除不能なHCCで肝動脈カテーテル | 原発性大腸がんから転移した転移 |
| | が設置可能な患者に対する放射線 | 性肝がんで切除不能な患者に対す |
| | 療法又は手術/移植術前補助療法 | る肝動注FUDR(Floxuridine)化学療 |
| | | 法と併用する術前補助療法 |
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|組成 | ガラスの構成部分にY-90を含む球 | ポリビニルアルコール塗布セラミッ |
| | 状ガラスビーズ | クビーズにY-90がイオン結合 |
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|サイズ | 直径20〜30 μm | 直径20〜60μm (95%:30〜35μm) |
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|比放射能 | 平均2,467 Bq/sphere | 30〜50 Bq/sphere |
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|承認時期 | 米国で医療用具として承認。 | 米国で医療用具として承認。 |
| | 承認:1999年12月16日(HDE) | 承認:2002年3月5日(PMA) |
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|包装単位 | 3, 5, 7, 10, 15, 20GBq/0.05mL | 3GBq/5mL |
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図2 90Y-マイクロスフェア(SIR-Sphere)の1000倍拡大顕微鏡写真(原論文1より引用)
3. 90Y-マイクロスフェアによる治療の実際
(1) 治療前計画
本治療法の適応となる患者は、肝切除が不能な原発性肝がん又は転移性肝がん患者から選択される。通常、経皮的局所療の適応外患者に対して施行される。治療予定日から遡って1〜2週間前に、血管造影検査及び99mTc標識凝集アルブミン検査にて腫瘍栄養血管の特定及び禁忌に該当していないか確認する。
なお、以下のような患者は禁忌となる:@肺シャントが多い、A消化管への異常血流例、B肝機能不良例、C門脈完全閉塞例、D播種性肝外悪性疾患。90Y-マイクロスフェア治療は、TACE等の塞栓療法と同様の塞栓効果を持つことから、塞栓療法が施行された患者は禁忌となる。これは、注入後他組織へ移行する90Y-マイクロスフェアを極力少なくし、正常組織への悪影響を防ぐためである。肝動脈から肺へ直接抜ける血流量が一定レベル以上見られる患者(SIR-Sphereでは事前の99mTc-凝集アルブミンによる評価で投与量の20%以上)、肝胆道系排泄が多く見られる患者で禁忌となる。また、正常な肝細胞へのエネルギー供給に対しても少なからず影響を与える治療法であるために、重度の肝機能障害や主要門脈の完全閉塞例でも同様に禁忌となる。
(2) 治療処置
麻酔等の薬剤を投与し、鼠径部から大腿動脈にカテーテルを挿入し、画像ガイド下にて肝動脈まで挿入する。治療前計画で特定した腫瘍栄養血管までカテーテルを通し、がん組織の近傍にその先端を留置し、生理食塩液に懸濁された90Y-マイクロスフェアを注入する。注入放射能量は、シャント割合やCT等により算出された肝臓容積に依存するが、通常150Gy/kgが目安とされる。両葉に対し治療を行う場合は、肝機能を考慮し片葉ずつ実施する。注入後はカテーテルを抜去し、数時間安静にする。図3に注入の様子を模式的に示した。
図3 90Y-マイクロスフェア注入の模式図(原論文2より引用)
(3) 治療後経過観察
通常、施行後4週間前後にAFP(アルファフェトプロティン)などの腫瘍マーカー検査及び必要に応じてCT・MRI等の画像診断を行い、その検査結果をもとに治療効果を判断する。多くの場合、90Y-マイクロスフェアによる治療は通常1回/葉で効果が示される。
図4 全身化学療法を併用する腫瘍肝転移症例に対する90Y-マイクロスフェア(SIR-Sphere)の治療例(原論文1より引用)
(4) 代表的な治療成績
90Y-マイクロスフェアによるHCCの治療成績について紹介する。Lauらは、切除不能71症例(うち術後再発20/71例を含む)を対象として、SIR-Sphereの前向き試験を行った(参考資料3)。SIR-Sphere治療後の奏功率をRECISTに基づいて評価すると、完全治癒を含む奏功率は27%(19/71例)、一方、進行した症例は8%(6/71例)であった。腫瘍マーカーであるAFP値で評価すると(n=46)、完全治癒を含む奏功率は89%(41/46例)であった。また、全71症例のうち51症例はSIR-Sphere治療を第一選択として実施し、その生存率中央値は9.4ヶ月(1.8〜46.4ヶ月)であった。一方、残り20症例は術後再発患者であり、SIR-Sphere治療後の生存率中央値は8.6ヶ月であった。SIR-Sphereの治療成績は、第一選択群と術後再発群で有意差がない。71例中59例(83%)では副作用が見られなかった。Lauらは、90Y-マイクロスフェア治療は、切除不能症例や再発例に対し有効で副作用の少ない治療法であると報告している。
Sangroらは、HCCの進行例を対象とした検討結果を報告している(参考資料4)。彼らは、進行がん症例のうち切除不能あるいは肝臓移植不能と判断された24症例(慢性肝疾患:71%、門脈血栓症:25%、他塞栓療法施行症例:46%)に対するSIR-Sphere治療を行った。この報告によれば、治療したHCCが治療後に増大した症例はなく、完全治癒を含む奏功率は24%(5/21例)である。無再発期間は平均7ヶ月、1年生存率は30%であったと報告している。彼らは、門脈血栓症などTAEやTACEの適応とならない症例でも90Y -マイクロスフェア治療は可能であり、進行がん症例に対する治療法の選択肢に挙げられると報告している。
Grayらは、大腸がん肝転移の症例70例を抗癌剤FUDR(2'-deoxy-5-fluorouridine)による全身化学療法のみ行う群(n=34)とSIR-Spheresを併用する群(n=36)の2群に分け、SIR-Sphereの効果を比較した。表2は、このランダム化試験の結果を求めたものである。治療成績をRECISTに基づく評価で判定したとき、全身化学療法単独群の完全治癒を含む奏功率は23.5%(8/34例)であったのに対し、SIR-Sphere併用群(n=36)では50%(18/36例)を示した。また、CT画像の解析で腫瘍容積が25%以上増加するまでの期間を無再発期間とした評価では、全身化学療法単独群は平均312日間であったのに対し、SIR-Sphere併用群は平均510日間であった。
表2 大腸がん肝転移症例に対するランダム化試験における治療成績の比較(参考資料5より)
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| | 完全治癒 | 部分治癒 | 腫瘍生長無 | 腫瘍生長有 | その他 | 無再発期間 |
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|FUDR+90Y | 2 (5.6%) | 16 (44.4%) | 10 (27.8%) | 5 (13.9%) | 3 (8.3%) | 510±516日 |
|(n=36) | | | | | | |
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|FUDR | 1 (2.9%) | 7 (20.6%) | 12 (35.3%) | 9 (26.5%) | 5 (14.7%) | 312±330日 |
|(n=34) | | | | | | |
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以上に示したように、90Y-マイクロスフェア治療は、副作用の発現が低く、他の治療法に比べて遜色ない治療成績を達成しうる治療法である。今後は、ラジオ波焼灼法など局所療法の治療成績と90Y-マイクロスフェアによる治療成績の比較研究が進むと考えられる。
コメント :
現在、我が国では90Y-マイクロスフェア治療の薬事承認が得られておらず、国内でこの治療法を受けることができない。我が国でも利用可能になれば、肝がん患者にとって福音となる。
原論文1 Data source 1:
Yttrium-90 microsphere therapy for hepatic malignancy: devices, indications, technical considerations, and potential complications.
Murthy R, Nunez R, Szklaruk J, Erwin W et al.
Interventional Radiology Section, Division of Diagnostic Imaging, University of Texas M. D. Anderson Cancer Center, 1515 Holcombe Blvd, Unit 325, Houston, TX 77030, USA.
RadioGraphics 2005; 25:S41-S55.
原論文2 Data source 2:
Patient Information about SIR-Spheres Yttrium-90 Microsphere
Sirtex Medical Limited
参考資料1 Reference 1:
第17回全国原発性肝癌追跡調査報告
日本肝癌研究会事務局
参考資料2 Reference 2:
Irradiation of the spleen by the intra-arterial administration of 90 yttrium microspheres in patients with malignant lymphoma. A preliminary report.
Ariel IM & Padula G.
Cancer. 1973; 1:90-6.
参考資料3 Reference 3:
Selective internal radiation therapy for nonresectable hepatocellular carcinoma with intra-arterial infusion of 90yttrium microspheres.
Lau WY, Ho S, Leung TW, Chan M et al.
Department of Surgery, Prince of Wales Hospital, Shatin, New Territories, Hong Kong.
Int J Radiat Oncol Biol Phys 1998; 40:583-92.
参考資料4 Reference 4:
Radioembolization using 90Y-resin microspheres for patients with advanced hepatocellular carcinoma.
Sangro B, Bilbao JI, Boan J, Martinez-Cuesta A et al.
Liver Unit, Department of Internal Medicine, Clinica Universitaria de Navarra, Pamplona, Spain.
Int J Radiat Oncol Biol Phys 2006; 66:792-800.
参考資料5 Reference 5:
Randomised trial of SIR-Spheres plus chemotherapy vs. chemotherapy alone for treating patients with liver metastases from primary large bowel cancer.
Gray B, Van Hazel G, Hope M, Burton M et al.
Royal Perth Hospital, Sir Charles Gairdner Hospital, University of Western Australia, Australia.
Ann Oncol 2001; 12:1711-20.
参考資料6 Reference 6:
Yttrium-90 internal radiation therapy for hepatic malignancy.
Garrean S & Espat NJ
Department of Surgery, The University of Illinois at Chicago, 840 S. Wood St. MC958, IL60612, USA
Surgical Oncology 2005; 14:179-193
キーワード:放射線塞栓療法、内部放射線療法、90Y-マイクロスフェア、肝がん、肝細胞がん、大腸がん、肝転移
Radioembolization, internal radiation therapy, 90Y-microsphere, liver cancer, hepatocellular carcinoma, colon cancer, hepatic metastasis, TheraSphere, SIR-Sphere, liver metastasis
分類コード:030302,030503,030203