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作成: 96/09/02 松岡 祥介、辻井 博彦

データ番号   :040030
がん治療に用いられる速中性子線
目的      :速中性子線を用いたがん治療の歴史、治療結果
放射線の種別  :中性子
放射線源    :サイクロトロン
線量(率)   :10-20Gy
利用施設名   :放射線医学研究所サイクロトロン etc.
照射条件    :空気中、室温

概要      :
 加速器から生成される速中性子線は光子線に比べ線量分布は同様であるが、高LET放射線として強い生物学的効果を有する。そのため1938年に粒子線として初めてがん治療に用いられ、以後世界各地で利用された。その結果、唾液線腫瘍、前立腺腫瘍、骨・軟部組織腫瘍、悪性黒色腫など、光子線に抵抗性の増殖速度の遅い腫瘍に対して効果があることがわかった。

詳細説明    :
 世界で最初に行われた粒子線によるがん治療は、速中性子線治療であった。中性子は1932年、Giessen大学のBecker & Botheによってはじめて生成され、同年、Cambridge大学のChadwickにより同定された。中性子は陽子とほぼ同じ質量の非荷電粒子であり、加速された速中性子線は組織中の主に水素原子核から、陽子を弾き飛ばしながらエネルギ-を失って行く。この陽子は反跳陽子と呼ばれ、これが速中性子線の高い生物学的効果の主役となる。高LET(Linear Energy Transfar、放射線が飛跡の単位長さあたりに放出するエネルギ-)放射線であり、従来の放射線治療で用いられている光子線と異なり、細胞周期、酸素濃度、放射線損傷からの回復に影響されない強い細胞致死効果があり、従来の放射線治療に抵抗性の腫瘍に対して効果があると考えられた。一方、線量分布の利点はなく、人体照射時の線量分布は体表面で線量が高く、深部に行くに従って漸減する。
 速中性子線の主な線源としては、(1)サイクロトロン発生速中性子、(2)14-MeVT-d速中性子である。(1)は重陽子などを巨大な2重の円形マグネットの中で100万ボルト程度まで加速し、ベリリウムなどのタ-ゲットに衝突させて速中性子線を得るものである。設備と多額な費用を必要とする。(2)は300keVに加速した重陽子を3重水素のTARGETにぶつけることで、14MeVの単一スペクトルの速中性子線が得られる。小型で、設備費が高価ではないが、線量率が低いことが問題である。
 速中性子線を用いた治療は、1938年にカリフォルニアのロ-レンスバ-クレ-研究所で Stone 博士により開始され、頭頚部癌を中心に治療が行なわれた。その結果、高い抗腫瘍効果が見られたが、皮膚潰瘍などの晩期放射線障害が著しいことが分り治療は中止された。これは、後で物理学研究用の設備を使用したため照射精度が悪かったこと、速中性子線の生物学的効果が解明されていなかっため過大線量が照射されたためであることが分った。速中性子線の生物効果が解明されると、1966年に英国のHammersmith病院で、速中性子線治療が再開された。その後、世界各地で速中性子線治療が行なわれ(表1)、

表1 The neutron therapy facilities in the world.(原論文6より引用)
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 Facilities           Neutron producing       Comments
                           reaction
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Europe 
  MRC-Clatterbridge, UK     p(62)+Be    Rotational gantry, Variable collimator
  Orleans, France           p(34)+Be    Vertical beam 
  UCL-Louvain-la-Neuve, 
               Belgium      p(65)+Be    Vertical beam, Multileaf collimator and 
  Hamburg, FRG              (d+T)       Rotational gantry            horizontal
  Heiderberg, FRG           (d+T)       Rotational gantry
  Munster, FRG              (d+T)       Rotational gantry
  Essen, FRG                d(14)+Be    Rotational gantry
United States
  MD Anderson, Houston,
                  Texas     p(42)+Be    Rotational gantry, Variable collimator
  Cleveland, Ohio           p(43)+Be    Horizontal beam
  UCLA, Los Angels          p(46)+Be    Rotational gantry, Variable collimator
  Seattle, Washington       p(50)+Be    Rotational gantry, Variable collimator
  Fermilab                  p(66)+Be    Horizontal beam
Asia
  National Institute of     d(30)+Be    Vertical beam, Multileaf collimator
  Radiological Sciences,
  Chiba,Japan 
  Korea Cancer Center       d(50.5)+Be  Rotational gantry
  Hospital(KCCH),Seoul,
  Korea
  King Faisal Hospital,     p(26)+Be    Rotational gantry
  Riyadh, Saudi Arabia
Africa
  National Accelerator      p(66)+Be    Rotational gantry, Variable collimator
  Center(NAC), Faure, 
  Rep.South Africa 
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 1980年代にそのピ-クを迎えた。日本では1969年に放医研で van de Graaff 加速器、そして1975年にサイクロトロンによる速中性子線治療が開始された。これらの結果、唾液線腫瘍、頭頚部腺様嚢胞癌、骨・軟部組織肉腫、前立腺腫瘍、頭頚部腫瘍などに有効性が認められ、光子線治療では効果が低い増殖の遅い腫瘍や、線量分布の面から体表部の腫瘍に対して効果が見られることがわかった(表2)。

表2 中性子線治療の適応
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(1)唾液線腫瘍
       局所進行腫瘍、高分化腫瘍
(2)副鼻腔癌
       腺癌、腺様嚢胞癌
(3)頭頚部癌
       局所進行癌、転移性リンパ節腫瘍
(4)軟部組織肉種、骨肉種、軟骨肉種
       Slowly growing tumor、高分化腫瘍
(5)前立腺腺癌
       局所進行癌
(6)悪性黒色腫
       手術不能、再発例
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 一方、脳腫瘍、食道癌、膵臓癌、子宮癌、膀胱癌などは効果が見られず、前立腺癌治療の晩期直腸障害をはじめ晩期障害が標準放射線の治療に比して高く、また治療施設、照射方法によって発生率が大きく異なることが分った。
 以上のように高LET放射線治療が有効な腫瘍が明らかになったが、速中性子線は腫瘍と正常組織の両方に対して効果が高く、線量分布が不良であることが大きな制約となり、生物学的効果の高い高LET放射線治療においても腫瘍に集中した照射が必要であることが明らかにされた。そのためには照射技術、マシンタイムで大きな制約をうける物理研究用の施設の使用ではなく、医療用の照射設備の必要が提唱され、欧米、韓国で医療に適した専用の照射装置での速中性子線治療が行われるようになっている。また、線量分布の優れた陽子線治療、重イオン治療を行う気運が高まっている。

コメント    :
 速中性子線治療は、その強い生物学的効果から、難治性がんの治療に用いられた。しかし、その効果は正常組織に対しても同じで、線量分布の問題から腫瘍の線量を高くすると同時に正常組織の線量も高くなり晩期障害が多くなった。高LET放射線治療においても腫瘍に線量を集中させることが重要であり、最近の画像診断、照射技術の発達から線量分布の改善が速中性子線治療の大きな課題と思われた。

原論文1 Data source 1:
速中性子線の臨床評価
恒元 博
放射線医学総合研究所
日医放学会誌, vol.42, 823-847 (1982).

原論文2 Data source 2:
加速器による粒子線治療-原子炉との連係を背景に-
井上 信
京都大学化学研究所
日本原子力学会誌, vol.34, 101-107 (992).

原論文3 Data source 3:
Fast neutron radiation therapy
T.W.Griffin
Department of Radiation Oncology, University of Washington, Seattle, U.S.A.
Clitical Reviews in Oncology/Hematology, vol.13, 17-31 (1992).

原論文4 Data source 4:
Fast neutron therapy at the end of 1988 - a survey of the clinical data.
A.Wambersie
Universite Catholique de Louvain. Cliniques Universitaires St-Luc. Brussels, Belgium
Strahlenther. Onkol. vol.166, 52-60 (1990).

原論文5 Data source 5:
Fast neutron therapy for malignant gliomas- results from NIRS study
J.E.Mizoe, Y.Aoki, S.Morita, H.Tsunemoto
National Institute of Radiological Sciences
Strahlenther. Onkol., vol.169, 222-227 (1993).

原論文6 Data source 6:
高LET放射線治療の展望
恒元 博
放射線医学研究所
日本放射線腫瘍学会誌, vol.7, 265-279 (1995).

キーワード:速中性子線治療、高LET放射線治療
Fast neutron therapy, High LET radiation therapy
分類コード:040103

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