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作成: 1996/09/06 小林 久夫

データ番号   :040041
中性子断層撮影の現状
目的      :中性子線による断層撮影技術の現状
放射線の種別  :中性子
放射線源    :研究用原子炉 (TRIGA-II:100kW, JRR-3M:20MW, KUR:2MW, YAYOI:2kW)
フルエンス(率):(0.1 - 10) x 109 n/cm2
線量(率)   :(0.1- 200) x 106 n/(cm2 s)
利用施設名   :1: 立教大学原子力研究所 TRIGA-II N-2 熱中性子ビーム照射設備
2: 日本原子力研究所 JRR-3M TNRF2 熱中性子ビーム照射設備
3: 日本原子力研究所 JRR-3M C2-3 冷中性子ビーム照射設備 
4: 京都大学原子炉実験所 KUR E-2 熱中性子ビーム照射設備
5: 京都大学原子炉実験所 KUR CN-3 冷中性子ビーム照射設備
6: 東京大学原子力工学研究施設 YAYOI TC 高速中性子線照射施設
照射条件    :空気中、室温
応用分野    :工業製品・素材等の非破壊検査、宇宙航空機用部材・加工品等の非破壊検査、流体・粉体等の可視化と解析、植物内部(茎、種子等)の育成状態の経時観察、建築材・土壌中水分の挙動解析

概要      :
 中性子断層撮影法 (NCT: neutron computed tomography) に関して開発されている技術の現状についてその概要をまとめる。基礎となるいくつかのNCT取得技術を概説するとともに、NCTの適用限界にもふれる。NCTに特に考慮すべきいくつかの問題点、すなわち画像歪み、ダイナミックレンジ拡大の必要性、雑音特性における散乱線成分の重要性などについてなされた研究の現状について述べる。国内で行われたNCT研究は、国外とほぼ同時に始まっており、世界の先端をいっていると考えて差し支えない。そこで、現在までに主として国内6研究グループでおこなわれているNCT研究の現状を簡単にまとめて紹介する。

詳細説明    :
1.中性子断層撮影法の概要と問題点(抄録原論文2,3,4参照)
 断層撮影法:多数の方向から被写体の投影画像を取得、雑音除去等必要な前処理を実施した後、画像再構成、さらに適切な画像処理により被写体の断層面上のまたは三次元的な被写体内部の中性子線線吸収係数分布を可視化する。基本的な方法は、X線断層撮影法(XCT)と同一である。
 投影画像の取得と問題点:中性子ビームは、ダイヤフラムを介して、拡散型として用いるのが普通である。通常、中性子線源は動かせないので、被写体を並進または回転することによって投影画像を取得する。拡散型のビームを用いる場合、当然画像の空間歪みが問題になる。この種の歪みに加えて、光学系による歪み、撮像管の特性が加わる。拡散型ビームによる非平行性は、被写体の撮像面からの距離に依存する画像の拡大と、スライス面が回転軸に対して傾斜するこによる歪みを引き起こす。最近この問題を避けるために、平行ビームを用いたNCTの提案がなされた(参考資料1)。上記非平行性は、幾何学的なぼけも発生させる。被写体の撮像面からの距離に依存するこの種のぼけは、しばしば通常の発光型コンバータの固有分解能 0.1〜0.2 mm より大となる。この問題解決のために、幾何学的不鮮明度の新しい除去方式の提案がなされている(参考資料2)。
 適用エネルギー範囲:NCTの特徴は、様々なエネルギー領域の中性子線が利用できるところにある。数meVの冷中性子線から、MeV領域の高速中性子線まで10桁以上におよぶエネルギー範囲で、物質毎、エネルギー領域毎に異なった透過特性のもとでのNCTが可能だからである。しかし、この利点を有効とするためには、X線の場合よりはるかに広いダイナミックレンジが要求される。通常、ダイナミックレンジは、測定系の読みとり階調分解能と、雑音特性に依存する。また、雑音特性は、測定系の性能に加えて中性子量子の統計変動と散乱線成分量が連動して主要な役割を果たす。特に散乱線成分除去の成否は、NCTの最終性能を左右することになる。すでに、この点に関する解析と、様々な提案がなされている(参考資料3, 4)。
 撮影画像取得方式:現状では、熱・冷中性子線に対するNCTが主流であるが、この領域における投影画像の取得は、6LiF+ZnS(Ag)あるいはGd202S(Tb)の高感度発光型のコンバータと撮像装置との組み合わせが用いられる。熱外および keV 領域の中性子線には、中性子計数管が、また1 MeV以上の領域での高速中性子線に対しては、反跳陽子を利用するコンバータが開発され用いられている(参考資料5)。
 再構成処理:多数の再構成計算処理法が提案され試みられているが、現状では重畳積分(CV)法、フーリェ変換(FT)法、およびフィルター逆投影(FBP)法が多用されている。これらの再構成法の計算手順と、相互の関係を計算量が比較できる形で図1に示す。


図1  代表的な断層撮影法における画像再構成の流れ。(1)フィルタ逆投影(FBF)法、(2)重畳積分法またはコンボリューション(CV)法、(3)フーリェ変換(FT)法。ここで、F(中抜き)はフ-リェ変換,f(中抜き)はフ-リェ逆変換、および*は重畳積分を表す。(原論文4より引用)

2.中性子断層撮影ノ現状(抄録原論文1-3,5参照)
 わが国最初のNCT研究は、名大グループによって国外のNCT研究とほぼ同時期に始められた(1980)。その後彼らは、様々な撮像方式と再構成方式を用い、自作のテストファントムや模擬混合酸化物燃料のNCTを試みている。京大グループは、撮像管を用いた簡単化したNCTを試みている(1984)。立教大学グループは、1990年冷却型CCD撮像装置を用いた高信頼度のNCTを実施した(参考資料6)。CT値の直線性、再構成画像の統計解析等基礎的な研究に用いられたNCT画像の例を図2に示す。


図2  CT値を検査するためのファントムの熱中性子断層撮影画像。上図はスライス番号230、下図はスライス番号250の部分の断層像である。撮像は立教炉(TRIGA-IIreactor:100kW)により、冷却型CCD撮像装置を用いて行った。図は,90投影画像(180°)に内挿法により擬似的な投影画像を加え,180投影画像として再構成したものである。再構成はSheppとLoganのフィルターを用いた重畳積分法によっている。 (原論文5より引用)

 武蔵工大グループは、改良したSIT管と試作画像取得・処理系によるNCTを実施した(1990)。日本原子力研究所グループでは、JRR-3MのR7実験孔に、実用性を重視したNCT撮像装置を設置した(1990)。国内外の多くの研究グループと共に、流体学や、植物学等へ応用されている。東大グループは、高速中性子炉を用い、名大グループとの共同研究で良好な高速中性子CTを成功させている(1995)。

コメント    :
 抄録論文の3)-5)には、国内外で公表された殆どのNCT関連論文がまとめられている。NCTに限っていえば、国内の研究は、特に基礎的な部分で世界をリードしているといえる。
 中性子ラジオグラフィは本来、工業分野での非破壊検査が主要な目的であり、XCTと相補的な技術として有効であるNCT開発の目的もここにある。残念ながら、この実用化の面ではXCTにおよんでいないのが現状である。
 様々な学問領域への研究にも、NCTがしばしば有力である。たとえば、気液二相流、粉流層、熱流動関連流体の挙動研究、金属学への応用として、超合金内の硼素分布の可視化や、水素吸蔵合金中の水素の挙動に関する研究などが考えられる。植物学への応用例として、植物の根の成長過程の研究、植物の実の結実過程の可視化、土壌内水分量の分布測定などが可能である。医学分野への応用として、胆石の成因、小動物の腫瘍検出、歯芽内部構造の解析、歯芽中の栄養細管等の伝達系の解析、歯芽用鋳造物の検査などに利用され得る。実際その一部はすでにNCTを適用し、より有効な検査、解析、計測を実施している。

原論文1 Data source 1:
中性子断層撮影法(NCT)の現状
小林 久夫
立教大学原子力研究所、〒240-01 神奈川県横須賀市長坂 2-5-1
Radioisotopes, Vol.44, No.3, 215-216 (1995).

原論文2 Data source 2:
中性子断層撮影法の現状
小林 久夫
立教大学原子力研究所、〒240-01 神奈川県横須賀市長坂 2-5-1
放射線、Vol.22, No.1, 49-56 (1996).

原論文3 Data source 3:
中性子断層撮影法開発の現状と問題点-I
小林 久夫
立教大学原子力研究所、〒240-01 神奈川県横須賀市長坂 2-5-1
非破壊検査、第44巻、第5号 p.294-302 (1995).

原論文4 Data source 4:
中性子断層撮影法開発の現状と問題点-II
小林 久夫
立教大学原子力研究所、〒240-01 神奈川県横須賀市長坂 2-5-1
非破壊検査、第44巻、第6号 p.426-433 (1995).

原論文5 Data source 5:
中性子断層撮影法開発の現状と問題点-III
小林 久夫
立教大学原子力研究所、〒240-01 神奈川県横須賀市長坂 2-5-1
非破壊検査、第44巻、第7号 p.467-476 (1995).

参考資料1 Reference 1:
Collimator design for parallel beam production.
Kobayashi,H.
Inst. Atomic Energy, Rikkyo University, 2-5-1 Nagasaka, Yokosuka, Kanagawa, 240-01 Japan
Proc. 5th World Conference on Neutron Radiography; (Berlin, June 17-20, 1996) [in press]

参考資料2 Reference 2:
A study on reconstruction method for blur free image.
Kobayashi,H. and Matsubayashi,M.
Inst. Atomic Energy, Rikkyo University, 2-5-1 Nagasaka, Yokosuka, Kanagawa, 240-01 Japan
Proc. 5th World Conference on Neutron Radiography; (Berlin, June 17-20, 1996) [in press]

参考資料3 Reference 3:
Logarithmic transmittance and statistical characteristics of neutron computed tomography.
Kobayashi, H.
Inst. Atomic Energy, Rikkyo University, 2-5-1 Nagasaka, Yokosuka, Kanagawa, 240-01 Japan
Nucl. Instr. Meth., A377, No.1, 80-84 (1996).

参考資料4 Reference 4:
Statistical approach of quality evaluation of neutron tomograms.
Kobayashi,H. and Matsubayashi,M.
Inst. Atomic Energy, Rikkyo University, 2-5-1 Nagasaka, Yokosuka, Kanagawa, 240-01 Japan
Proc. 5th World Conference on Neutron Radiography; (Berlin, June 17-20, 1996) [in press]

参考資料5 Reference 5:
A study on the development of fast neutron television converter.
Yoshii,K., Miya,K., Okuda,H.*),and Harada,K.*)
Nuclear Engineering Research Lab., Univ. of Tokyo, 2-22 Shirakata-Shirane, Tokai-mura, Ibaraki 319-11 Japan: *)ASK Co. Ltd., 2-5-5 Tsurumi-chou, Tsurumi-ku, Yokohama 230 Japan.
Neutron Radiography-(4), Ed. J. P. Barton, (Gordon and Breach Sci. Publ., Switzerland, 1994) p.535-542.

参考資料6 Reference 6:
Recent development of cooled CCD camera for NR imaging - Tomography.
Kobayashi,H.
Inst. Atomic Energy, Rikkyo University, 2-5-1 Nagasaka, Yokosuka, Kanagawa, 240-01 Japan
Neutron Radiography-(4), Ed. J. P. Barton, (Gordon and Breach Sci. Publ., Switzerland, 1994) p.553-560.

参考資料7 Reference 7:
An application of the neutron television fluoroscopic system to neutron computed tomography.
Fujine,S.,Yoneda,K.and Kanda,k.
Rsearch Reactor Institute, Kyoto University, Kumatori-cho,Sennan-gun, Osaka,590-04 Japan
Nucl. Instr. Meth., vol.226(2,3), 475-482 (1984).

参考資料8 Reference 8:
New computed tomography system of the Musashi reactor
Murata,Y., Aizawa,O., Takahashi,K., Horiuchi,N. and Iijima,N.
Faculty of Engineering, Department of Electrical and Electronic Engineering, Musashi Institute of Technology, 1-28-1 Tamazutsumi, Setagaya-ku, Tokyo, 158 Japan
Neutron Radiography-(3), Eds. S.Fujine, et al., (Kulwer Academic, Dordrecht,1990), p.843-850.

参考資料9 Reference 9:
Design and development on JRR-3 neutron radiography system
Tsuruno,A., Horiguchi,Y., Aoyagi,N., Aoki,A., Unishi,H., Kyui,M. and Shimizu,M.
Inst. Atomic Energy, Rikkyo University, 2-5-1 Nagasaka, Yokosuka, Kanagawa, 240-01 Japan
Neutron Radiography-(3), Eds. S.Fujine, et al.,(Kulwer Academic, Dordrecht,1990), p.87-91.

キーワード:中性子線断層撮影法、投影画像、適用エネルギー範囲、再構成、画像歪み、ダイナミックレンジ、国内研究グループ
neutron computed tomography (NCT), projection images, energy region, reconstruction, spatial distortion of projection image, dynamic range, research groups in Japan
分類コード:040303, 040304

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