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作成: 1999/11/11 川面 澄

データ番号   :040198
加速器質量分析法の進歩
目的      :加速器質量分析法の基礎と応用の進歩
放射線の種別  :軽イオン,重イオン
放射線源    :タンデム型静電加速器(5 MV)
利用施設名   :東京大学 5 MV タンデム加速器
照射条件    :真空中
応用分野    :考古学・人類学、環境科学、地球・宇宙科学、医学・薬学・農学・生物学

概要      :
 加速器質量分析法(AMS)は加速器に組み込んだ質量分析法である。AMSは1970年代後半から急速に発展した、極微量同位体分析法であり、年代測定など長半減期の放射性元素の検出・定量に威力を発揮している。考古学、地球・宇宙科学、環境科学、医学・生物学など幅広い分野で注目されている。

詳細説明    :
 加速器質量分析法(Accelerator Mass Spectrometry、AMS)とは、加速器に組み込んだ質量分析法である。試料をイオン源でイオン化させた後、核子当たりMeV以上のエネルギーまで加速する。加速されたイオンの質量、エネルギー、核電荷(原子番号)を選別してイオン検出器で1個1個イオンを計数する。通常の質量分析法にはいくつかの欠点が存在する。即ち、検出すべき核種と同じ質量数を持つ分子イオンや同重体イオンが妨害になる。さらに、イオンの持つエネルギーに分布幅があるので、電場、磁場等の分析場を通過できる隣接同位元素イオンが存在し、妨害する。このような妨害イオンを排除して、着目する核種のみを確実に検出することが、加速器質量分析法(AMS)における、イオン加速の目的である。加速イオンをガスまたは固体薄膜を通過させることにより、分子イオンが解離されるので、同質量の分子イオンからくる妨害は除去される。イオンを高速に加速することにより、物質を通過する際のエネルギー損失率の差などを利用して妨害となる同重体などを除去できる。


図1 AMS測定の概念図。タンデム加速器によるAMS測定の流れを示す。(原論文4より引用。 日本物理学会及び著者のご承認に基づき、日本物理学会誌, Vol.53, No.12 (1998) 903-910, 小林 紘一, 図1(Data source 4, pp.905)から転載したものです。)

 図1にAMS測定の概念図を示す。タンデム加速器によるAMS測定は、試料のイオン化、目的とする負イオンの選別と加速、電子の剥離(荷電変換)と正イオンの再加速、イオンの運動量・エネルギーあるいは速度の選別、物質中でのエネルギー損失およびその後の最終エネルギー測定による粒子識別の順序で行われる。
 このようなAMSは、微量の放射性同位体の測定法として1977年のR.A.Mullerの論文をきっかけに、急速に発展してきた。論文では、10Beや14C、26Alなどの長半減期の放射性同位元素を検出し定量するには、それらが崩壊する際放出するβ線やγ線を測定するよりも、崩壊前の同位元素そのものを計測する方が、何桁も感度が良くなるし、そのような方法は加速器を用いて高エネルギーにすることにより可能であると提案した。1984年頃には、10Be、14C、36Clなどの測定方法が開発された。その後、26Al、41Ca、129Iなどについても実用的に利用されるようになった(表1)。

表1 Radioisotopes Determined by AMS. (原論文3より引用。 日本質量分析学会のご承認に基づき、質量分析, Vol.39, No.6 (1991) 283-299, 今村 峯雄、他, Table 1 (Data source 3, pp.284)から転載したものです。)
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    Nuclide        Half-life (y)      Sensitivitya)
-----------------------------------------------------------
    10Be             1.5×106          3×10-15
    14C              5.7×103          3×10-16
    26Al             7.2×105          1×10-15
    36Cl             3.0×105          2×10-15
    41Ca             1.0×105          1×10-15
   129I              1.6×107          1×10-14
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a) The ratio of radioisotopes to the stable ones.
 There are many other nuclides that have been detected by AMS
 as verification tests: 3H, 7Be, 22Na,24Na,32Si,44Ti,53Mn,55Fe,
60Fe,59Ni,126Sn,205Pb,230Th etc.    
 1999年現在、AMSを行っている加速器施設は世界で40ヶ所以上にのぼり、考古学から宇宙科学にいたる、あらゆる研究分野で利用されている。AMSの応用分野は極めて多岐にわたっているが、長半減期放射性同位元素の利用は、年代測定とトレーサーとしての利用である。また、考古学・人類学、地球科学、宇宙科学などの長い時間スケールを扱う研究分野だけではなく、標識化合物を扱う医学・生物学の研究分野でも利用されつつある。さらに、環境科学、材料科学、素粒子・原子核科学の分野にも応用されている。なかでも、放射性炭素年代測定法は考古学・人類学の分野において、最も信頼度が高い汎用性のある方法として確立されてきた。AMSでは従来の放射能測定と比べて試料の量が1/1000以下でよく、20〜100 μgの炭素試料での年代測定が研究されている。極めて貴重な試料や試料中にわずかに含まれている炭素物質(例えば、古代石器に付着した血痕、洞窟壁画に使用した僅かな炭、古代鉄器中の炭素、古代人骨中の特殊な有機化合物など)の年代測定が可能になり、測定対象が拡大し、より信頼性の高い結果が得られるようになった。実際、トリノの聖骸布 " Shroud of Turin "の年代測定が行われ、AD 1260〜1390年という結果から、この着衣は後に作られたものであることが決定的となった。
 しかしながら、AMSが適用できる核種は比較的軽い核種に限られており、なお多くの挑戦すべき課題を抱えているのが現状である。

コメント    :
 AMSは加速器を用いるため、初心者にとっては取り付き難い感じを与える。しかし最近では、AMS専用のシステムも開発されつつあり、質量分析法の一つとして汎用性ができつつある。AMSの本質は質量分析より原子番号識別であり、今後の更なる技術開発が待たれる。

原論文1 Data source 1:
Advances in Accelerator Mass Spectrometry
W.Wolfli
Institut fur Mittelenergiephysik, ETH Hoenggerberg, CH-8093 Zuerich, Switzerland
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., B29 (1987) 1-13.

原論文2 Data source 2:
A Precision 14C Accelerator Mass Spectrometer
K.H. Purser, T.H. Smick and R.K. Purser
US-AMS Corporation, Topsfield, Massachusetts 01983, USA
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., B52 (1990) 263-268.

原論文3 Data source 3:
加速器質量分析
今村 峯雄、永井 尚生、小林 紘一
東京大学原子核研究所 188東京都田無市緑町3-2-1、日本大学文理学部 156東京都世田谷区桜上水 3-25-40、東京大学原子力研究総合センター, 113 東京都文京区弥生 2-11-16
質量分析, Vol. 39, No. 6 (1991) 283-299.

原論文4 Data source 4:
加速器質量分析法 -考古学から宇宙科学まで-
小林 紘一
東京大学原子力研究総合センター, 113-0032 東京都文京区弥生 2-11-16
日本物理学会誌 Vol. 53, No. 12 (1998) 903-910.

参考資料1 Reference 1:
Radioisotope Dating with a Cyclotron
R.A.Muller
Lawrence Berkeley Laboratory and Space Science Laboratory, University of California, Berkeley 94720, CA, USA
Science, Vol. 196 (1977) 489-494.

キーワード:加速器質量分析法、放射性同位元素年代測定、考古学、トレーサー
Accelerator Mass Spectrometry、Radioisotope Dating、Archaeology、Tracer
分類コード:040405, 040106

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