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作成: 1999/12/10 栗原 正義

データ番号   :040200
トリノ聖骸布の放射性炭素年代測定
目的      :AMSによるトリノ聖骸布の放射性炭素に基づく年代測定
放射線の種別  :軽イオン
放射線源    :AMS
利用施設名   :Arizona大学、Oxford大学並びにZurich, 中エネルギー物理学研究所におけるAMS
照射条件    :真空
応用分野    :考古学、人類学、文化財科学、環境科学、地球科学

概要      :
 長年論争が続いたトリノ聖骸布の作成時期は、1986年9月のワークショップを契機に、AMSによる放射性炭素年代測定から調べる事となった。ここに紹介する3編の原論文はその経過と結果を示すものである。一つはトリノ聖骸布の美術史的及び宗教的側面からの位置づけの考察である。次は前述のワークショップを組織し、測定計画を議定書として教皇庁に提出する迄を述べる。第3論文はAMSによる測定で、トリノ聖骸布が中世の作である事を示す。

詳細説明    :
 原論文1)の標題は「トリノの聖骸布(The Shroud of Turin)は聖遺物(relic)か又は聖画像(icon)か」である。トリノの聖骸布は、大きさが4.36m x 1.1mの綾織りの亜麻布で、身長約180cmの裸の男性の前面像と背面像が淡いセピア色となって、また頭、脇腹、手や足から出た血がたまった跡や滴った跡が淡い洋紅色となって見えるものである。トリノの聖骸布は, 1350年代に仏のLireyで初めて公開され、1578年にトリノに移された。初公開以来、その聖骸布が十字架刑に処せられたキリストの体を包んだ聖遺物であるのか又は偽物かの論争が続いた。1978年にトリノの洗礼者ヨハネ大聖堂においてこれが公開されたときには、300万人もの人々がつめかけ、行列をなしたという。
 トリノの聖骸布がいつの年代に属するものかについては、物理的、化学的、医学的、技術的ないろいろな手段による調査が行われてきた。しかし、加速器質量分析法(AMS)以外の手段では、どれも年代の確定に失敗している。
 本論文では、先ずトリノの聖骸布の様式がキリスト教美術史のどの年代に属するかを論ずる。次いで、正統派教会の礼拝儀式において用いられた'epitaphios sindon'(キリストの像を刺繍した亜麻布)の歴史について、またそれとの関連から聖骸布の礼拝儀式における位置づけについて論ずる。更に、キリストの顔が印されたタオルであると言い伝えられた'Mandylion of Edessa'について述べ、その像が転写されたとされるタイルからレリーフへの発展の歴史をたどり、トリノの聖骸布の起源を推測する。このような美術史的及び宗教的証拠に基づいて、著者はトリノの聖骸布は真の聖遺物でも偽物でもなく、11世紀(恐らく1000〜1050 AD頃)につくられた聖画像であると結論している。
 原論文2)は,1986年9月29日から3日間トリノで開催された「トリノの聖骸布の放射性炭素による年代測定に関するワークショップ」の報告である。会長がワークショップの議長を務めた教皇科学アカデミー並びにトリノ大主教がスポンサーである。バチカンから測定実施の要請があれば実施の意向をもつ7つの研究所の代表を含め、22人が参加した。ワークショップの結果は、トリノの聖骸布の放射性炭素年代測定をすべき時が来たことなどの12項目から成る議定書としてワークショップ代表によって同意され、バチカン当局に提出された。1977年7月にH.E.GOVEが、英国トリノ聖骸布協会事務局長から、小試料の放射性炭素年代測定のために最近開発されたAMS技術がトリノの聖骸布の年代測定に利用できるかどうかを尋ねる手紙を受けとったが、それから10年後の事である。聖骸布は、炭素年代測定のために最小量の試料採取を要求する人工物の中で興味ある一例であった。AMSの開発と小型比例計数管技術の開発により、mg試料の放射性炭素年代測定が可能になったのである。
 原論文3)の「トリノの聖骸布の放射性炭素年代測定」は,前述のワークショップ議定書により実施した測定の結果である。ワークショップ後の1987年10月に、3つのAMS研究所(Arizona, Oxford並びにZurich)の提案が、聖骸布所有者である教皇庁の指示に従い、聖骸布を保管するトリノ大主教によって選ばれた。同時に、英国博物館は提供された試料の証明と結果の統計的解析のために助力を要請された。〜10mm x 70mmの細片が聖骸布の左側下方端より採取され、それから重さ各〜50mgの試料が3個用意された。その試料はAl箔で包まれ、SUS製コンテナー内に密封された。聖骸布から採取したものは試料1とし、試料2〜4は各々年代が既知の亜麻布、糸などの対照試料である。各研究所は各試料をさらに分けて、異なる清浄処理を行ったサブ試料を用意した。洗浄後のサブ試料を燃焼し還元してグラファイト・ターゲットをつくった。
各研究所は、各サブ試料について数回の独立した測定を行った。その結果を表に示す。表1は、4つの試料に対する放射性炭素年代の平均値と不確定さである。表2は、放射性炭素測定値の信頼限界に対応するカレンダー年代の範囲である。Arizona, Oxford並びにZurichのAMS研究所による放射性炭素測定の結果は、トリノ聖骸布の亜麻布のカレンダー年代範囲はAD1260-1390(信頼率95%)であるというものであった。即ち、これらの結果は、トリノ聖骸布の亜麻布は中世のものであるという決定的な証拠を提供した。

表1 Summary of mean radiocarbon dates and assessment of interlaboratory scatter. (原論文3より引用。 Reprinted by permission from Nature, P.E.Damon et al., vol.337, 611 (1989), Table 2 (Data source 3, pp.613). Copyright: Macmillan Magazines Ltd.)
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            Sample           1        2         3         4
Arizona                   646±31  927±32  1,995±46  722±43
Oxford                    750±30  940±30  1,980±35  755±30
Zurich                    676±24  941±23  1,940±30  685±34
 
Unweighted mean*          691±31  936±5   1,972±16  721±20
Weighted mean†           689±16  937±16  1,964±20  724±20
χ2 value(2 d.f.)           6.4      0.1       1.3       2.4
Significance ++ level(%)     5        90        50        30
----------------------------------------------------------------
Dates are in yr BP.d.f.,degrees of freedom.
 *Standard errors based on scatter.
†Standard errors based on combined quoted errors.
++The probability of obtaining,by chance, a scatter among the three
 dates as high as that observed, under the assumption that the quoted
 errors reflect all sources of random variation.      

表2 Calibrated date range at the 68% and 95% confidence levels. (原論文3より引用。 Reprinted by permission from Nature, P.E.Damon et al., Nature, vol.337, 611 (1989), Table 3 (Data source 3, pp.614). Copyright: Macmillan Magazines Ltd.)
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        Mean date
Sample   (yr BP)            Calendar date ranges
  1*     691±31     68%  AD 1273-1288
                     95%  AD 1262-1312,1353-1384 cal
  2†    937±16     68%  AD 1032-1048,1089-1119,
                             1142-1154 cal
                     95%  AD 1026-1160 cal
  3†   1,964±20++  68%  AD 11-64 cal
                     95%  9 cal BC-AD 78 cal
  4†    724±20     68%  AD 1268-1278 cal
                     95%  AD 1263-1283 cal
------------------------------------------------------
*Confidence limits on the radiocarbon scale found from the
 standard error on the unweighted mean,assuming a t5
 distribution(multiplying factors 1.1 and 2.6 for 68% and 95%
 limits respectively).Standard error estimated from scatter.
†Confidence limits on the radiocarbon scale found from the
 standard error on the weighted mean,assuming a normal
 distribution(multiplying factors 1 and 2 for 68% and 95%
 limits respectively).Standard error computed from quoted errors.
++Date by conventional radiocarbon dating at the British Museum:
 2010±80 yr BP(BM-2558).


コメント    :
 トリノ聖骸布の年代測定では、AMSが威力を発揮し、それがキリスト昇天のときのものではなく、中世のものであると判定された。一方、1999年5月13日付の夕刊読売新聞紙上では、青森県大平山元I遺跡から発掘された土器について、「年代測定まだ不確実」、同一土器の破片で1100年のズレあり、誤差が大きい「14C」、また補正数値も試行段階、と報じている。対象物が古くなるにしたがって測定値の誤差も大きくなるのは不可避であろう。AMSの進歩を願う一人としては測定精度の向上は不可欠と考える。

原論文1 Data source 1:
The Shroud of TURIN: Relic or Icon?
W.S.A.Dale
Department of Visual Arts, University of Western Ontario, London, Ontario, Canada
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, B29 (1987) 187-192

原論文2 Data source 2:
TURIN Workshop on Radiocarbon Dating the TURIN Shroud.
H.E.Gove
University of Rochester, Nuclear Research Laboratory, Rochester, New York 14627, USA
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, B29 (1987) 193-195

原論文3 Data source 3:
Radiocarbon dating of the Shroud of Turin
P.E.Damon*), D.J.Donahue+), B.H.Gore*), A.L.Hatheway2*), A.J.T.Jull*), T.W.Linick2*), P.J.Sercel+, L.J.*), Toolin *), C.R.Bronk3*), E.T.Hall3*), R.E.M.Hedges3*), R.Housley3*), I.A.Law3*), C.Perry3*), G. Bonani4*), S.Trumbore5*), W. Woelfli6^*), J.C. Ambers7*), S.G.E.Bowman7*), M.N. Leese^*) and M.S.Tite7*)
*) Department of Geosciences; 2*) Department of Physics, University of Arizona, Tucson, Arizona 85721, USA; 3*) Research Laboratory for Archaeology and History ofArt University of Oxford, Oxford, OX13QJ, UK; 4*) Institut fur Mittelenergiephysik, ETH-Honggerberg, CH-8093 Zurich, Switzerland; 5*) Lamont-Doherty Geological Observatory, Columbia University, Palisades, New York 10964, USA (Present address); 6*) Institut fur Mittelenergiephysik, ETH-Honggerberg, CH-8093, Zurich, Swizerland; 7*) Research Laboratory, British Museum, London
, WC1B3DG, UK
Nature, Vol. 337, 16 February (1989) p. 611-615

キーワード:トリノ聖骸布、放射性炭素年代測定、加速器質量分析法
Turin Shroud, Radiocarbon Dating, Acceleratotr Mass Spectrometry (AMS)
分類コード:040101, 040405, 040501

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