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作成: 2002/11/28 山内良麿

データ番号   :040266
超冷中性子
目的      :超冷中性子源の開発とその応用
放射線の種別  :ガンマ線,中性子
放射線源    :原子炉(1015n/(cm2・s)), 陽子ライナック(800MeV)
利用施設名   :Institute Laue-Langevin high-flux reactor, LANL proton Linac
照射条件    :大気中
応用分野    :核物理、物性物理、原子力工学、生物学、放射線計測

概要      :
 
 超冷中性子は、波長が600Åより長い、極端に低いエネルギーの中性子である。ILL では、原子炉の熱中性子の速度を液体重水素モデレーターと中性子タービンによって減速することにより、波長670Å, 速度 6m/s の超冷中性子を発生させている。LANLでは核破砕中性子源の中性子の速度を液体水素モデレーターとローターによって、超冷中性子に変える方式を採用している。Kurchatov 研究所のグループは超冷中性子を利用して中性子の平均寿命の測定を行い、885.4sを得た。

詳細説明    :
 
 超冷中性子(UCN: ultra-cold neutron)は、波長がλ≧600Åの極端にエネルギーの低い中性子である。典型的なUCN のエネルギーは0.18μeVで、λ=670Å、速度6m/s に対応している。UCN は波長が非常に長いので、色々な物質の表面から全反射をする特徴がある。この性質は、中性子ガイド管で中性子を輸送するのに役立ち、ボトルに蓄えたコンパクトな中性子源として利用することができる。UCNのこの性質は、中性子電気双極子モーメント、中性子平均寿命、β崩壊角相関等の核物理学に関する基本的性質の研究や、物質の表面の高感度プローブとして物質科学の研究、高分子の構造の解析による生物科学の研究等の広い分野に利用される。
 
 ILL(Institute Laue-Langevin) には最強の超冷中性子源がある。ILLでは、熱中性子束1015n/(cm2・s)を持つ high-flux reactorからの強力熱中性子ビーム(λ=1Å)の速度を25Kの液体重水素モデレーターによって減速することにより、波長が数Åから20Åの冷中性子(CN: cold neutron ) を発生させる。ILLにおける超冷中性子源は、3つの要素である、強力な冷中性子源、優れた反射性のある中性子ガイド管、と中性子タービンから成る。図1 にILL 超冷中性子源の概略を示す。
 


図1 General lay-out of the ILL source of very cold and ultra-cold neutrons.(原論文1より引用)

 
 直径38cm, 壁厚1.5mmのアルミニウム球にT=25Kの液体重水素が満たされたものが冷中性子源である。冷中性子源からタービンヘのガイド管の配置は、中性子が重力によって1neV/cmで減速される縦型方式を採用している。ガイド管はニッケル金属でつくられた長さ5mの直線部分と長さ13mの湾曲した部分からなる。湾曲ガイド管の出口の中性子は、波長が 80Åを中心とした20から400Åの広がったスペクトルを持っている。この湾曲ガイド管は、中性子タービンに接続されていて、中性子の半分はタービンをバイパスして波長20Å≦λ≦400Åの中性子源として利用され、残りの半分はタービンの入口に導かれて、回転する翼によりUCNエネルギー領域までDoppler効果により減速される。
 
 この場合、中性子は、回転する翼に当たる速度と同じ速度で逆の向きに跳ね返される。もし翼の速度が入射中性子と同じ向きの速度の半分ならば、出て来る中性子の速度は実験室系ではゼロになる。λ=80Å, v=50m/sの入射中性子に対しては、翼の速度を25m/s にする必要がある。中性子飛行時間法と6000cm3のステンレス製ボトルへのUCNの溜め込み、の2つの方法で中性子束と密度を測定した結果、タービンの出口では、6.2m/s 以下のUCN の中性子束は 2.6x104n/(cm2・s)で, 87n/cm3 の密度が得られた。
 
 一方、Los Alamos 国立研究所 (LANL) の LANSCE (Los Alamos Neutron Science Center) では800MeV 陽子ライナックからのビームをタングステンターゲットに当て、核破砕中性子を発生させる。この核破砕中性子源からの中性子を断面が12cm x12cm、厚さ5cmの液体水素モデレーターを利用して減速する。時間で平均した中性子束は、ILL原子炉より1桁低いが、ピーク強度のところでUCNを発生させ、容器に蓄えて、パルス化中性子源として利用できる利点がある。モデレーターで決まるパルス幅は約100μsで, ビームの周波数は20Hzである。モデレーターからの中性子は、6cm x6cm の、内面に58Niが内張されたガイド管を通して約8m離れたところに設置されたローターに導かれる。ここで400m/sの CN が 200m/sで回転するローターによって、0から8m/s の UCNに変えられる。そのLANSCEの超冷中性子源の概略を図2に示す。
 


図2 Schematic view of the UCN rotor source at the MLNSC(原論文2より引用)

 
 Kurchatov 研究所のArzumanovらは、UCNの性質に着目し、ILLの超冷中性子源を用いて、精度の高い自由中性子の平均寿命τnの測定を行った。中性子はβ崩壊を起こすと、陽子、電子 および 反ニュートリノが発生する。この測定からβ崩壊を記述する相互作用の弱い軸ベクトルカップリング定数等の重要な情報が得られる。τnの測定では、容器に蓄えられたUCNの一定時間後の、UCNの中性子束を測って中性子の崩壊曲線を求める。壁との衝突によるUCNの損失の効果をうち消すために、UCN容器の容積を変えて、実験を繰り返し、データを無限大の容積に外挿して、自由中性子のτnを求めた。図3に測定結果を示す。τnの測定値は 885.4±0.9sであった。


図3 Distribution of the data on the neutron lifetime τβ from the different runs of the experiment. The numbers in the experimental group code correspond to temperature: 26 corresponds to -26゜C, 20 corresponds to +20゜C etc.(原論文3より引用)



コメント    :
 
 超冷中性子源が開発されたのは比較的新しく、利用できる所も数カ所の研究所に限られている。その利用は、核物理学、物質科学、生物科学等の広い分野の研究に極めて有用である。今後、超冷中性子源の強度が上がれば、より精密な研究成果が可能になる。我が国でも現在、大強度陽子加速器の建設が進められており、強力な超冷中性子源による研究の発展が大いに期待される。

原論文1 Data source 1:
A NEW INTENSE SOURCE OF VERY-COLD AND ULTRA-COLD NEUTRONS
A.MICHAUDON
Institute Laue Langevin, Grenoble, France
IAEA-TECDOC-410, PROCEEDINGS OF AN ADVISORY GROUP MEETING ON
PROPERTIES OF NEUTRON SOURCES, LENINGRAD, USSR, 9-13 JUNE 1986, p421

原論文2 Data source 2:
An Ultra-Cold Neutron Source at the MLNSC
T.J.Bowles, T.Brun, R.Hill, C.Morris, S.J.Seestrom, L.Crow*, A.Serebrov**
Los Alamos National Laboratory, *University of Rhode Island, **Petersburg
Nuclear Physics Institute
LA-UR 98-1829

原論文3 Data source 3:
Neutron lifetime measured by monitored storing of ultra-cold neutrons
S.Arzumanov, L.Bondarenko, S.Chernyavsky, W.Drexel*, A.Fomin, P.Geltenbort*,V.Morozov, Yu.Panin, J.Pendlebury** , K.Schreckenbach***
Russian Research Center Kurchatov Institute, 123182 Moscow, Russia,*Institute Laue Langevin,BP 156, 38042 Grenoble, Cedex 9, France, **Technical University, D-85747, Garching, Germany, ***University of Sussex,Brighton BNI 9QJ, Sussex, UK
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A440 (2000) 511-516

キーワード:英語は半角で)
超冷中性子、超冷中性子源、液体水素モデレーター、冷中性子、中性子タービン、核破砕
中性子源、中性子束、ローター、ultra-cold neutron, ultra-cold neutron source,
liquid hydrogen moderator, cold neutron, neutron turbine, spallation neutron
source, neutron flux, rotor
分類コード:040101, 040103, 040301

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