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作成: 2003/03/03 楢本 洋

データ番号   :040274
スピン偏極電子源
目的      :スピン制御電子銃、高エネルギー物理学衝突実験、表面電子分光測定
放射線の種別  :電子
フルエンス(率):  
利用施設名   :名古屋大学偏極電子源2号機(NPES-2)、高エネルギー加速器研究機構など
照射条件    :超高真空(〜10-9 Pa)
応用分野    :高エネルギー物理学における電子・陽電子衝突実験、精密光電子分光測定

概要      :
 GaAs半導体に一軸性歪を導入して価電子のエネルギー準位の縮退を解き、円偏光した入射レーザー光を吸収する時の選択則を利用して、特定のスピン状態を持つ電子のみを伝導帯へ励起する。更にこのガリウムヒ素(GaAs)の表面に原子層レベルのCsとOを添加して負の電子親和力状態にすることにより、電子を偏極した状態のまま真空中へ取り出すことが可能になる。

詳細説明    :
 従来利用されてきたGaAs型電子源では、光励起に関与する電子のエネルギー準位が縮退しているため、原理的に50%以上の偏極度は期待できなかった。しかしGaAsを一軸弾性変形させることによりこの縮退を解き、特定のスピン状態の電子のみを選択的に励起することにより、90%近くの偏極率の電子を、1%の量子効率で取出すことが可能になった。
 
 スピンをある特定の方向に揃えた偏極電子ビームは、高エネルギー物理学の実験に用いる加速器の電子源として、或いは物性物理学分野の表面近傍の電子状態を解析するプローブビームとして、近年注目されつつある。特に、電子源としての偏極度が90%に達し、測定時間が短縮され、より現実のものとなりつつある。
 
 ここで紹介するGaAs型偏極電子源は、現在、実際の実験に利用できる性能を持つと考えられる。図1は光学的偏極法の動作原理を簡単に示したものである。


図1 ガリウムヒ素型(GaAs)半導体を利用したスピン偏極型電子源の動作原理。(原論文1より引用)


 まず価電子が円偏光したレーザー光を吸収する時の選択則を利用して、特定のスピン状態を持つ電子のみを伝導帯へと励起する。更になるべく高強度のビームとして真空中に取出すため、電極に相当するGaAsの表面障壁を下げる工夫がなされた。即ち、GaAsに多量のp型不純物を導入し、かつ超高真空中で清浄化した表面にほぼ一原子層のCs2O層を形成して、表面を電子に対して、負の親和性を持たせた。
 
 このタイプの電子源の原理上の問題点は、電子のエネルギー準位から考えて、偏極度が50%を超えることができないことであった。つまり、GaAsでは、価電子帯の「重い正孔」と「軽い正孔」に対応する二つのレベルが縮退していることを乗越える必要があった。
 
 この問題点を解決する方法として画期的であったのは、一軸応力を加えて、エネルギー準位の縮退を解く方法であった。特に超格子構造における格子不整合を利用して一軸性の歪み誘起させる方法は、半導体のヘテロ接合の技術に基づいている。
 
 まずGaAs基板の上に深さ方向にPをドープしたGaAs単結晶薄膜を成長させる。ここでは、Pの濃度を深さ方向に制御することが重要である。さらに電極となるGaAsの薄膜層を作製すると、この電極用表面薄膜の垂直方向に引張歪みが発生する。この異方性歪みにより、エネルギーレベルの縮退が解け、スピンを完全に選択した光励起が可能になる。
 
 図2はこのように緻密な半導体作製技術により得られた電極を用いて評価した時に得られた偏極度の励起波長依存性を示している。860nmの波長で最大値の86%の偏極率が得られている。この波長よりも短波長の光で励起をすると、縮退して分離したもう一方のレベルの軽い正孔の励起も起きてしまうので、偏極度が再び低下する。この偏極度の評価のためにも、電子源と直結した独特な装置を利用する必要がある。


図2 偏極度の励起波長依存性(原論文2より引用)


 図3は、電子源と其の偏極度の評価のためのモットー分析器を組合わせたシステムの概要を例示したものである。モットー分析器に入射する部分では、90keVまでスピン偏極電子を加速後、標的薄膜で散乱した電子を半導体検出器で検出する。


図3 Schematic diagram of GaAs polarized electron source. 1)GaAs crystal, 2)Liquid nitrogen container, 3)Activator(oxygen and cesium, 4)5kV ceramic bushing, 5)Extraction electrode, 6)Soherical condenser, 7)Helmholts coil, 8)100kV ceramic bushing, 9)Surface barrier detector, 10)Target foil and wheel, 11)LED and photodiode, 12)Freon gas tank, 13)Turbo-molecular pump, 14)Ion pump, 15)UHV gate valve, 16)Conductance reducing tube, 17)Laser diode, 18)Linear polarizer, 19)Pockels cell(原論文3より引用)


 このように格段の進歩を遂げた電子源ではあったが、更に量子効率を向上させ、現実の実験に適合したものとする必要があった。その中で成功を収めたのは、やはり半導体の多層膜作製技術に立脚している。励起レーザー光を繰返し利用可能な共鳴吸収型の電極を開発した結果(原論文1)、85%の偏極度で、1%の量子効率の線源が得られるようになってきている。

コメント    :
 これらの線源技術の進展に伴い、高エネルギー実験のために開発された技術は、放射光と組合わせた物性物理学の分野にも、新しい分野を開拓しつつある。

原論文1 Data source 1:
50%の壁を突破したスピン偏極電子源
中西 彊
名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻
パリティ 6(1991)40-45.

原論文2 Data source 2:
Construction of GaAs Spin-Polarized Electron Source and Measurements of
Electron Polarization
T. Nakanishi, K. Dohmae, S. Fukui, Y. Hayashi, I. Hirose, N. Horikawa, T. Ikoma and Y. Kamiya
Dept. of Physics, Nagoya University; Dept. of Engineering, Toyota Tech. Institute
J. J. Applied Physics 25 (1986) 766.

原論文3 Data source 3:
新しいスピン偏極電子源とその応用
坂 貴、加藤俊宏、中西 彊、奥見正治、堀中博道
大同工業大学応用電子工学科,名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻、,大阪府立大学工学部電子物理工学科
まてりあ 37 (1998) 694.

参考資料1 Reference 1:
Spin Relaxation of Electrons in Strained-GaAs-Layer Photocathode of Polarized Electron Source
H. Horinaka, D. Ono, W. Zhen, K. Wada, Y. Cho, Y. Hayashi, T. Nakanishi, S. Ohnuki, H. Aoyagi, T. Saka and T. Kato
College of Engineering, University of Osaka Prefecture; College of Integrated Arts and Sciences, University of Osaka Prefecture; Dept. of Physics, Nagoya University
Jpn. J. Applied Physics 34 (1995) 6444.

キーワード:歪ガリウムヒ素半導体, スピン, 光励起、素粒子物理学、スピン偏極電子分光、スピンエレクトロニクス
Strained GaAs Semiconductor, Spin, Photo-excitation、Elementary particle physics、Spin-polarized electron spectroscopy、Spin electronics (Spintronics)
分類コード:040102, 040501

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