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作成: 2004/01/11 竹内一浩
データ番号 :040292
慣性静電閉じ込め核融合を用いた放電型粒子線源
目的 :簡易な放電型中性子源および陽子源の開発
放射線の種別 :陽子,中性子
放射線源 :慣性静電閉じ込め装置(130kV-57mA)
フルエンス(率):108/s(陽子または中性子)
照射条件 :大気中
応用分野 :元素分析、材料試験、RI製造
概要 :
比較的簡単な真空装置と高電圧装置を用いて、中性子および陽子を発生できる放電型中性子源および陽子源の開発が報告されている。「慣性静電閉じ込め」と呼ばれるもので、球形の真空容器内にかご状電極を設け、数十kVの電圧を印加することで燃料ガスをプラズマ化し、かご状電極内部で核融合反応を発生させる。毎秒108個を超える中性子の発生が報告されており、高出力化の進展とともに、計測・分析等への応用が期待される。
詳細説明 :
慣性静電閉じ込め(IEC:Inertial electrostatic confinement)核融合装置は、球状または円筒状電極の中心部にイオンを収束させ核融合反応を発生させる(原論文1)。この概念は1950年代に提案され、1970年代前半まで盛んに研究されたが、その後、核融合エネルギ源としては研究が中断された。しかし、1990年代前半にイリノイ大において、より簡易な構造で毎秒106個の中性子発生が確認されて以来、エネルギ源としてよりもむしろ、核融合反応を用いた安価な中性子源または陽子源としての利用が期待され、研究が活発化した。本装置は、燃料ガスを重水素(D)ガスとすると2.5MeVの中性子源となり、重水素(D)と三重水素(T)の混合ガスとすると14.3MeVの中性子源、重水素(D)とヘリウムー3(He-3)の混合ガスとすると14.7MeVの陽子源となる。
図1に慣性静電閉じ込めの原理図を示す。陰極と陽極間に数十kV以上の高電圧を印加し、グロー放電により燃料ガスをプラズマ化する。生成されたイオンは、印加した高電圧により陰極に向かって加速され、その多くは陰極グリッドを通過し、中心部の電位を上昇させる。また、イオンの一部は陰極グリッドに衝突し、2次電子を放出させる。この2次電子は陰極中心部のイオン電位により加速されるが、電子はイオンよりも収束性が良いことから中心部にポテンシャル井戸を形成する。そして、そのポテンシャル井戸にイオンが引き込まれることにより、イオン同士の衝突確率が飛躍的に増大し、核融合反応率が向上する、とされている。
図1 Schematic view of an IEC. Several tens keV is applied between the anode and the wired cathode. The ion trajectories are also shown by the solid and broken curves.(原論文1より引用)
慣性静電閉じ込め核融合装置での中性子発生率は、図2に示すようにイオン加速電圧および放電電流の増大とともに増加する(原論文2)。したがってより多くの中性子を得るためには、高電圧、大電流の放電を実現する必要がある。Wisconsin大のグループは、重水素とヘリウム−3の混合ガスを用いて130kV-57mAの定常放電を実現し、毎秒1.6億個の陽子を定常的に発生させることに成功した。重水素のみを用いた放電でも、毎秒1.1億個の中性子を得ている。慣性静電閉じ込め核融合装置の最も単純な構造は、球形真空容器内に1個のかご状電極をもち、真空容器を接地して陽極とし、かご状電極をマイナス数10kVの陰極とするものであるが、Wisconsin大のグループは、真空容器内にかご状の電極を三重に設置し、外側の二重かご電極によりイオンを効率よく生成する「三重グリッド」と呼ばれる構造をとっている(原論文3)。
図2 Measured neutron source strength versus cathode voltage in steady-states
(原論文2より引用。 Reprinted by permission of the American Nuclear Society from:
Y. Gu, M. Williams, R. Stubbers, G. Miley. Pulsed operation of spherical inertial electrostatic confinement device. Fusion Technology, 30, 1342-1346 (1996). Figure 1. Copyright1996 by the American Nuclear Society, La Grange Park, Illinois.)
慣性静電閉じ込めにおいて特徴的な物理は、陰極内部に存在すると考えられる多重ポテンシャル分布である。マイナス数十kVの高電位中でのポテンシャル分布測定は容易でないが、京都大学では、レーザー誘起蛍光法(LIF: Laser Induced Fluorescence)を用いた詳細なポテンシャル分布測定により、図3に示す定常的な2重ポテンシャル井戸を観測した(原論文4)。また、数値シミュレーションにより、非定常なポテンシャル井戸が形成される可能性も報告されている(原論文5)。
図3 Potential (black dots) and LIF peak intensity (white dots) profiles along z axis.
(原論文4より引用。 Reprinted by permission of the American Nuclear Society from:
K. Yoshikawa, K. Takiyama, K. Masuda, H. Toku, T. Koyama, K. Taruya, H. Hashimoto, Y. Yamamoto, M. Ohnishi, H. Horiike, N. Inoue. Strongly localized potential profile measurements through stark effects in the central core region of an inertial electrostatic fusion device. Fusion Technology, 39, 1193-1201 (2001). Figure 12. Copyright2001 by the American Nuclear Society, La Grange Park, Illinois.)
慣性静電閉じ込めでは、比較的簡単な真空装置と高電圧装置を用いて、中性子および陽子の発生装置を構成できる。Cf-252等のRIによる粒子線源と比較して、エネルギースペクトルが単色、放射線強度の減衰がない、線源強度の調整や不使用時の管理が容易である、等の利点があり、計測・分析分野への応用が期待される(原論文1)。また、高出力化により、中性子あるいは陽子を用いた放射性同位元素製造への適用可能性も指摘されている(原論文6)。
コメント :
慣性静電閉じ込めについては、陰極内部のポテンシャル分布を始め、キーとなる物理が必ずしも解明されていない。また、陰極のへのイオン衝突による熱負荷や材料損傷の対策、安定な高電圧大電流放電の実現など、今後の課題も少なくない。
一方、比較的簡単な装置構成で中性子源または陽子源を構成でき、RIによる粒子線源と比較して、エネルギースペクトルが単色、放射線強度の減衰がない、線源強度の調整や不使用時の管理が容易である、等の利点もある。今後の高出力化研究の進展が期待される。
原論文1 Data source 1:
慣性静電閉じ込め核融合中性子源
大西正視
京都大学エネルギー理工学研究所
プラズマ・核融合学会誌、73, 1080-1086 (1997)
原論文2 Data source 2:
Pulsed operation of spherical inertial electrostatic confinement device
Y. Gu, M. Williams, R. Stubbers, G. Miley
University of Illinois
Fusion Technology, 30, 1342-1346 (1996)
原論文3 Data source 3:
Convergence, electrostatic potential, and density measurements in a spherically convergent ion focus
T.A. Thorson, R.D. Durst, R.J. Fonck, L.P. Waiwright
University of Wisconsin-Madison
Phys. Plasmas, 4, 4-15 (1997)
原論文4 Data source 4:
Strongly localized potential profile measurements through stark effects in the central core region of an inertial electrostatic fusion device
K. Yoshikawa, K. Takiyama*, K. Masuda, H. Toku, T. Koyama, K. Taruya, H. Hashimoto, Y. Yamamoto, M. Ohnishi**, H. Horiike***, N. Inoue
Institute of Advanced Energy, Kyoto University
*Department of Applied Physics, Hiroshima University
**Department of Electrical Engineering, Kansai University
***Graduate School of Engineering, Osaka University
Fusion Technology, 39, 1193-1201 (2001)
原論文5 Data source 5:
Multi-Potential Well Formation and Neutron Production in Inertial Electrostatic Confinement Fusion by Numerical Simulation
M. Ohnishi, Y. Yamamoto, K. Yoshikawa, K. Sato*
Institute of Atomic Energy, Kyoto University
*Himeji Institute of Technology
Proc. of the 16th IEEE/NPSS symposium on Fusion Engineering, 1996, pp.1468-1471
原論文6 Data source 6:
New opportunities for fusion in the 21st century-advance fuels
G.L. Kulcinski, J.F. Santarius
University of Wisconsin-Madison
Fusion Technology, 39, 480-485 (2001)
キーワード:慣性静電閉じ込め、核融合、中性子源、陽子源、プラズマ放電、イオン、真空、高電圧、ポテンシャル井戸
inertial electrostatic confinement, nuclear fusion, neutron source, proton source, plasma discharge, ion beam, vacuum, high voltage, potential well
分類コード:040103
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