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作成: 1999/10/18 石垣 功

データ番号   :010181
イオンビーム蒸着による生体親和性材料の開発
目的      :生体親和性材料の開発
放射線の種別  :ガンマ線,重イオン
放射線源    :a low(0.1 - 1.2 kV) and a high(2 - 30 kV) energy ion source, 2- and 6-kW electron beam evaporator
フルエンス(率):1016 ions/cm2
応用分野    :各種機能性材料の創生

概要      :
 イオンビームを用いる加工法は、バルクの物性に影響を与えることなく表面性能だけを効率よく改質できるので、生体適合性材料の開発研究において特に有用であるとされ注目されている。そのイオン利用の代表的な一つとして、IBAD法がある。ここでは、IBAD法の概要と、カテーテルや他の器具に抗菌性コーティングを付与、酸素或いは水蒸気の透過抑制、及びポリマー表面へのフレキシブル回路用金属被覆層の創生について概説する。

詳細説明    :
 
 生体材料の表面処理が、新規材料の開発にあまり費用と時間を掛けずに、機能と生体親和性を改善する方法として益々盛んになりつつある。イオン注入やイオンビーム蒸着(IBAD; Ion-Beam-Assisted Deposition)のようなイオンビームを用いる加工法は、バルクの物性に影響を与えることなく表面性能だけを効率よく改質できるので、この分野で特に有用であるとされている。例えば、表面イオン注入法によって、外科手術の補綴材がより硬くそしてより耐磨耗性になる。歯列矯正器具、外科器具、静脈カテーテルなど多くの器具が、摩擦、腐食抵抗性や生体親和性を改善するためにイオンビーム処理されている。
 
 一方、IBAD法の利用では、カテーテルや他の器具に抗菌性コーティングを付与するために、酸素或いは水蒸気の透過を防ぐために、そしてポリマー表面にフレキシブル回路となる微細な金属層を創るために、種々の開発研究や臨床試験が進められつつある。
 
 IBAD法は、物理蒸着法(PVD)とイオンビーム暴露(照射)との組み合わせからなる真空蒸着プロセスである(図1)。表面コーティング原子は電子ビームエバポレータで生成され材料表面上にPVD膜を形成する。イオン(典型的ガス状粒子)がプラズマから引き出され数百から数千eVのエネルギーで、成長しつつあるPVD膜に打ち込まれる。イオンの照射がIBADプロセスにおいて膜物性を制御するキィファクターである。イオン注入と同様に、イオンがコーティング層及びコーティング層-基材界面に実質的なエネルギーを与える。このことが基材を激しく加熱しその物性を低下せしめることなく、より密で且つより均質なコーティング層にするという効果をもたらしている。イオンはコーティング層の原子とも反応して、これらの原子を基材中へ引き込み傾斜材料界面を形成する、これが接着を強固にする。これらの要因が組み合わさって、大抵の基材上に如何なるコーティング材であってもその均質な接着性の且つ歪の少ない膜の形成を可能としている。例えば、ポリマー上に極めて接着性の金属コーティング層が形成されるように。


図1  Schematic diagram of IBAD system and process. The technology combines evaporation with concurrent ion bombardment to produce adherent dense coatings with virtually any substrate/coating material combination. (原論文1より引用。 Reproduced from Surface & Coating Technology, 83(1/3), p. 175-182(1996), Fig.6(p.180),P. Sioshansi and E. J. Tobin, Surface treatment of biomaterials by ion beam processes; Copyright(1996), with permission from Elsevier Science..)

 
 IBAD法がもたらす付加的利点として、膜の微細構造と化学組成の優れた制御性、信頼性、再現性、計測性、費用効果などが挙げられる。また、主な加工パラメータは、コーティング材、蒸発速度、イオン種、イオンのエネルギー及び電流密度である。
 
IBAD膜の医療用具への応用例
 1) カテーテル及びその他の医療用具への銀コーティング:IBAD膜の重要な応用の1つは、カテーテル及び他の移殖用材料に感染抵抗性のコーティング材、例えば、銀のような長期間、安全で、効果の在る抗菌剤のコーティング膜の形成である。最近の臨床試験で、透析患者の感染症を防ぐためにIBAD銀コーティング膜の効果が実証された(表1)。

表1  IBAD coating parameters for silver doped ceramic layers.(原論文2より引用。 Reproduced from Surface & Coating Technology, 103/104, p. 58-65(1998), Tab.1(p.59), K. Meiner, C. Uerpmann, J. Matschullat, and G. K. Wolf, Corrosion and leaching of silver doped ceramic IBAD coatings on SS 316L under simulated physiological conditions; Copyright(1998), with permission from Elsevier Science.)
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Coating                  Etching dose  IBAD parameters               Ion-to-atom ratio
                         (ions cm-2)
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1μm Ag/Ti(80/20)         1016          Ar+ 10kV                      0.04
                                        RTi=0.231nms-1;RAg=0.4nms-1
                                        j=24μAcm-2
500nm/1μm Al2O3+150nmAg  1016          Ar+ 10kV                      0.04
                                        RAg=0.16nms-1;RAl2O3=0.4nms-1
                                        j=6μAcm-2
500nm/1μm TiO2+50nmAg    1016          Ar+ 10kV                      0.04
                                        RAg=0.4nms-1;RTiO2=0.4nms-1
                                        j=10μAcm-2
1μm SiO2+50nmAg          1016          Ar+ 10kV                      0.04
                                        RAg=0.71nms-1;RSiO2=0.71nms-1
                                        j=20μAcm-2
1μm ZrO2+50nmAg          1016          Ar+ 10kV                      0.04
                                        RAg=0.4nms-1;RZrO2=0.4nms-1
                                        j=9μAcm-2
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 2) IBADによるシーラントコーティング:IBADセラミックコーティングは、生体不活性、薄い、透明、及び密であるという特徴を有する。ポリマーバッグは血液やその他の体液などを採取・貯蔵するのに使用されるが、これらの液体は空気と接触すると短時間に壊れてしまう。ポリマーバッグは酸素の透過を防ぐが、その効果はある限られた時間だけである。バッグの外側にセラミックコーティングすることにより、貯蔵期間をかなり延ばすことが可能である。図2にアルミナコーティングしたPETフィルムの酸素透過性を示した。


図2  Results of oxygen permeatin studies through coated and uncoated PET. The IBAD ceramic coating reduces the permeation by an order of magnitude.(原論文1より引用。 Reproduced from Surface & Coating Technology, 83(1/3), p. 175-182(1996), Fig.7(p.181), with permission from Elsevier Science.)

 
 3) ポリマー基材にフレキシブル回路の創生:低温でポリマー表面を金属的にする(金属で被う)ことができるので、IBAD法はバイオセンサーや神経、筋肉の刺激器具用の回路を創るのに応用されつつある。

コメント    :
 医学の目覚しい進歩とともに、医療用の生体適合性材料に対する要望は高まるばかりであり、しかも材料性能に対して、より厳しく高度な性能が要求されている。IBAD法の有する微細構造と化学組成の優れた制御性、信頼性、再現性、計測性、費用効果といった特徴を適切に利用することにより、これらの要求に応えられるものと思われる。

原論文1 Data source 1:
Surface treatment of biomaterials by ion beam processes.
P. Sioshansi and E. J. Tobin
Spire Corporation, Bedford, MA 01730-2396, USA
Surface & Coating Technology, 83(1/3), p. 175-182(1996)

原論文2 Data source 2:
Corrosion and leaching of silver doped ceramic IBAD coatings on SS 316L under simulated physiological conditions.
K. Meinera), C. Uerpmannb), J. Matschullatb), and G. K. Wolfa)
a) Universitaet Heidelberg, Physikalisch Chemisches Institut/Radiochemie, ImNeuenheimer Feld 500,69120 Heidelberg, Germany
b) Universitaet Heidelberg, Institut fur Umwelt-Geochemie, Im Neuenheimer Feld 500,69120 Heidelberg, Germany
Surface & Coating Technology, 103/104, p. 58-65(1998)

キーワード:イオンビーム蒸着、物理蒸着、生体親和性、生体材料、表面処理、イオン注入、外科手術、補綴材、外科器具、静脈カテーテル、抗菌性コーティング、 ion-beam-assisted deposition(IBAD), physical vapor deposition(PVD), biocompatibility, biomaterials,surface treatment, ion implantation, surgical operation, orthopedic prostheses, surgical instruments,venous catheters, antimicrobial coatings,
分類コード:010101, 010102, 010204,


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