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作成: 1998/05/06 井田 瑞枝

データ番号   :030078
歯科X線撮影の必要性
目的      :歯科医療におけるX線撮影の重要性の紹介
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線管
線量(率)   :0.015〜0.045μSv
応用分野    :歯科診療

概要      :
 歯科疾患の大部分は歯や骨の内部に生じている。歯や顎骨内の疾患存在の有無、疾患の種類、その進展の度合いを診断するのに視診や触診だけでは不可能であることから、歯科X線撮影は、う蝕、歯髄疾患、歯周疾患、顎骨の腫瘍の診断、治療に不可欠である。歯や歯周組織の異常のX線診断から悪性腫瘍や全身に影響を与える内分泌疾患や遺伝的疾患をも検知することができる、デンタルX線撮影とパノラマX線撮影の2種について説明する。

詳細説明    :
 歯科疾患の大部分は歯や骨の内部に生じている。そこで歯や顎骨内の疾患存在の有無、疾患の種類、その進展の度合いを診断するのに視診や触診だけでは不可能であり、歯や骨の内部の情報を提供するX線撮影は欠かせない診断手段である。この撮影手段として原則的に、デンタルX線撮影とパノラマX線撮影の2種がある。
 
1.デンタルX線撮影
 歯のう蝕は見た目よりも深く進行している場合が多く、その治療のための罹患歯質の除去に先立ってX線診断を行い、歯髄感染の危険があるか、局所麻酔が必要かなど、を判定する必要がある。歯と歯の間にできるう蝕(隣接面う蝕)は、その初期には肉眼で見つけることができるのは30〜50%にすぎないと言われており、X線撮影によれば90%以上発見できることが報告されており、その早期の治療が可能となる。
 歯周疾患は、歯肉と骨におこる感染症で、感染源である歯垢や歯石の除去が第一の治療法であるが、進行すると外科手術による感染源の除去や歯槽骨の再建が必要となる。従って歯周病の治療では、歯肉の状態ばかりでなく骨の罹患状況をX線写真で形態的に判断することにより治療方針がたてられる。
 歯周病は慢性に経過する疾患で治療効果も長期にわたって観察しないと判定できない。歯肉の炎症は局所的状態により変化するので、骨の状態の改善の程度が治療効果を判定するための信頼できる目安となる。したがってX線写真を撮って診断しないとこの判定はできない。
 歯の内部にある歯髄の感染(歯髄炎)は、感染歯髄と周囲の感染歯質を機械的に除去し、滅菌後完全に封鎖することにより歯の抜去を行わずに症状をとりさることができるが、歯髄の形態や数は個別の歯により著しく異なるので、X線写真による確認を行わないと感染歯髄が残存したり、封鎖が不十分で再発することは避けられない。
 歯髄炎が進行すると、歯根の外に感染が波及して歯槽骨の内部に炎症巣ができる。慢性の炎症巣は炎症の経過や患者の免疫学的体質、局所の抵抗性などにより病巣の性格が多様であるために、歯髄の感染源の除去だけで治癒するものや抗生物質などの投薬も行う必要があるもの、さらに歯根外の病巣を外科的に除去しなければ治癒しないものなどがある。これらの治療方針を決めるにもX線診断は必要である。
 う蝕、歯髄疾患や歯周疾患が進行して抜歯以外に治療法がない場合にも、抜去予定の歯の周囲の神経や血管の位置を確認しておくことは、術後の出血や神経マヒなどの偶発症を防止する上で重要であり、X線撮影は欠かせない。
 歯肉や顎骨に発生する悪性腫瘍がある場合、その初期の症状は腫れ、歯の痛みなど歯周炎などの感染症と区別がつかない場合が多い。図1に、各種症状の小臼歯X線写真を示す。


図1 上顎の小臼歯のX線写真。 a)女性(49才)の正常歯槽骨 b)男性(39才)の歯周病症例 c)悪性腫瘍に侵された歯槽骨

 図1aは女性の上顎の小臼歯で正常な場合である。図1bは男性の同じような部位のX写真であり、矢印で示されている部分の歯槽骨は、歯周病のために吸収されている。吸収されている部分と残っている骨の境界は矢頭部のように明瞭である。図1cは悪性腫瘍に侵された小臼のX線写真であり、吸収された部分(矢印)と残っている骨(矢頭)の境界は滑らかではなくかつ明瞭でもない。歯の内部にも腫瘍が侵入していることを示している。
 
2.パノラマX線撮影
 パノラマX線写真は上下のすべての歯だけでなく同時に顎骨も写し出すことが出来る。多くの歯に病変がある場合は、デンタルX線写真を数多く撮影するよりも被曝線量が少なくて済むパノラマX線撮影が行われている。また顎骨の中の腫瘍など広い範囲の病変の診断は、パノラマX線写真を撮ることがが不可欠である。本来生えるべき永久歯が萌出してこない場合、この原因が歯の欠如に由来しているのか、あるいは何らかの原因で萌出が阻害されているのかを調べる場合にも、パノラマX線写真は欠かせない。
 全身的な疾患が、まず歯、歯周組織や顎骨に現れる場合も多く、デンタルX線写真やパノラマX線写真がこれらの病変の早期発見に果たす役割は大きい。例えば、パノラマX線写真で最も明瞭に示される多数歯の埋伏は、骨の代謝に関係する内分泌異常に起因する場合が多い。また、子供の白血病の大部分は歯肉の出血や腫脹とともに歯槽骨の病的変化を伴いX線写真上で疾患特有の所見を示す。家族性大腸腺腫症は大腸に腺腫を多発する遺伝的疾患で、この患者の腺腫は放置すると発生から10年くらいで大腸癌に変化することが知られている。図2に、大腸腺腫症を発症する患者のパノラマX線写真を示す。


図2 大腸腺腫症の患者のパノラマX線写真。

 顎骨の内部に多数の骨腫(矢印)や2つの埋伏歯(矢頭)がある。顎骨に外からわかるような腫れなどはない。顎骨の多発性骨腫や埋伏歯から逆に大腸腺腫症を発見できることもあり、パノラマX線写真の診断により大腸癌を未然に防ぐことも可能である。

参考資料1 Reference 1:
Osteomatous changes and tooth abnormalites found in the jaws of patients with adenomatosis coli
井田 瑞枝、中村 正、宇都宮 譲二
Oral Surgery, Oral Medicine, Oral Pathology,52(1),pp.2-11,1981

キーワード:歯科X線撮影 dental radiography、う蝕 dental caries、歯周疾患 periodontal diseases、顎骨腫瘍 tumors of jaws、系統疾患 systemic diseases
分類コード:030103,030401

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