Y-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫の治療

放射線利用技術データベースのメインページへ
作成： 2006/11/30 織内　昇データ番号　　　：030283 Y-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫の治療目的　　　　　　：RI標識モノクローナル抗体による悪性リンパ腫治療放射線の種別　　：ベータ線放射線源　　　　：Y-90 応用分野　　　　：医学、治療概要　　　　　　：　RI標識モノクローナル抗体を用いる治療は、腫瘍細胞に対する特異性の高い治療法であり、副作用が少ないことが特徴である。悪性リンパ腫に対するY-90標識抗CD20抗体の臨床試験が行われ、良好な成績を収めた。Y-90はβ線だけを放出する核種であり、RI治療のための専用病室に入院する必要がない。化学療法や抗CD20抗体療法が無効の症例に対しても有効であり、悪性リンパ腫の新たな治療法として期待されている。詳細説明　　　　： Ⅰ.　はじめに　放射性同位元素（RI）は医学研究や医療に広く応用されている。医療分野では画像診断とがん治療に用いられる。γ線は生体の透過性が高いため、γ線を放出するRIを標識した化合物を用いて画像診断を行うことができる。細胞を傷害する能力の高いβ線やα線を放出するRIを用いるとがんを治療することができる。がん治療に用いられる放射性同位元素の特性を表1に示す。表1　がん治療に用いられる主な放射性同位元素（RI）の物理学的特性放射性同位元素崩壊形式物理学的半減期放射線のエネルギー（MeV） α線 β線最大エネルギー　β線放出核種　　I-131 　ヨウ素　β^- 8.1日　 0.61 　Y-90 　イットリウム　β^- 2.7日　 2.27 　Re-186 　レニウム　β^-,EC 3.8日　 1.07 　Lu-177 　ルテチウム　β^- 6.8日　 0.50 　Cu-67 　銅　β^- 2.4日　 0.58 　Pb-212 　鉛　β^- 10.6時間　 0.59 　α線放出核種　　At-211 　アスタチン　α,EC 7.2時間 5.58 　　Bi-212 　ビスマス　α 1.0時間 6.05 　　　がん治療へのRIの応用としては、ヨウ素（I-131）による甲状腺がんの治療が古くから行われている。この治療法はヨウ素が甲状腺の細胞に特異的に取り込まれる性質を利用しているため、甲状腺以外の細胞の障害が軽度であり副作用が少ない。　　がん細胞が特徴的な表面形質、すなわち特異的なタンパクを細胞表面に発現していることは、古くから知られていた。そのようなタンパクを抗原として作成したモノクローナル抗体は、タンパクを発現しているがん細胞にだけ結合する。治療用のRIを結合させたモノクローナル抗体をがん患者に投与することで、がんを治療することができる。この治療法もがん細胞だけを標的とするため、従来の化学療法と比較して副作用が少なく，作用機序が違うため化学療法に抵抗性のがん細胞にも有効である（原論文１）。この治療法のなかで最も有効と言われているのが、後述するY-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫の治療である。わが国では臨床試験が終了して、2007年には使用できるようになるものと期待されている。そのほかにもいくつかのがん治療に有効なRI標識化合物が開発され、欧米では実用化されている。　　がんは転移することが特徴である。転移する頻度の高い臓器として骨は上位にあり、骨転移をきたすと骨折を引き起こしたり、神経の圧迫、疼痛や運動の障害を招いたりして、日常生活に大きな悪影響をおよぼす。なかでも疼痛は生活の質（QOL）を障害するため、十分な対処が求められる。骨転移の病巣に指向性のあるRI標識化合物によって疼痛を緩和することができる。この方法も有用性が高く、わが国でも臨床応用される日が近い。　本稿では、これらRIを用いるがん治療のなかで、悪性リンパ腫のY-90標識抗CD20抗体による治療について解説する。　 Ⅱ.　悪性リンパ腫　悪性リンパ腫はリンパ球が悪性化した腫瘍である。リンパ球は免疫を司る血液細胞で、白血球に分類される。リンパ節の腫脹が最も多い症状であるが、症状や臨床所見は多彩であり、経過や予後は病理分類と病期によりさまざまである。男性で年令45歳以上、進行病期、血球減少などは予後不良の徴候とされている。治療は病理学的な診断と病期診断に基づいて選択する。　　病期診断にはX線CT、MRIおよびガリウムシンチグラフィなどが行われる。最近ではFDG-PETの有用性が明らかにされ、盛んに使用されるようになった（原論文２）。悪性リンパ腫の病理分類は、従来から細胞の形態をもとになされていたが、最近では免疫染色、染色体検査、遺伝子解析なども参考にして分類されている。まずホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に大別し、非ホジキンリンパ腫は分化度により前駆型と分化型に、分化型をB細胞性とT細胞性に分類する。悪性リンパ腫の発症には地域差があり、わが国では約95%が非ホジキンリンパ腫で、そのうち約70%がB細胞リンパ腫である。ヒトT細胞性白血病ウイルスであるHTLV-1キャリアの多い九州などでは、成人T細胞白血病/リンパ腫が多い。B細胞性は予後によって低悪性度群、中悪性度群、および高悪性度群に分けられる。悪性リンパ腫の病期分類には、前述のように画像診断が行われる。　治療効果判定にもCTなどの画像診断が必須であり、FDG-PETによる代謝の評価も有用である（原論文３）。FDG-PETを加えることで寛解の評価をより正確に行うことができる（原論文４）。　 Ⅲ.　Y-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫の治療　B細胞性悪性リンパ腫に発現している表面抗原であるCD20に対する抗体は、そのままでも免疫学的な抗腫瘍効果があり、抗CD20キメラ抗体（Rituxan^®）は抗体医薬としてわが国で広く使用されている。RIとしてI-131やイットリウム（Y-90）を抗CD20抗体に結合させたRI標識体は、悪性リンパ腫に対して抗体単独よりも強力な抗腫瘍効果を発揮する。悪性リンパ腫は放射線に対する感受性が高いためである。β線は、エネルギーに応じた数mmまでの飛程があるため、RI標識抗体が結合した抗原陽性の細胞だけでなく、周囲の細胞も障害することができる。したがって血流が悪いために標識抗体が届かない部位に存在する細胞や抗原の発現の弱い細胞に対しても、近隣にある抗原陽性でRI標識抗体が結合した細胞からのβ線により治療効果がある。いわゆるcross-fire effectであり、この点がRI標識抗体による治療の特徴である。　　Y-90は近年になり臨床応用されている核種である。Y-90は表2に示すように、I-131より高いエネルギーのβ線を放出するため、組織内の飛程が長く細胞の障害作用が強い。γ線を放出しないため画像化はできないが、公衆への被ばくがないため外来での治療が可能である。Y-90標識抗体の体内動態の推定にはIn-111標識体を用いることができる。In-111はY-90と同様の化学的性質であるため、標識と体内動態がY-90に類似しているためである。表2　治療に用いられるヨウ素（I-131）とイットリウム（Y-90）の特徴　I-131 　Y-90 　物理学的半減期　8日　2.7日　γ線　あり　なし　β線の最大エネルギー　0.81MeV 　2.3MeV 　組織内の最大飛程　0.8mm 　5mm 　画像化　可能　不可能　入院の必要性　入院　外来でも可能　　米国ではY-90で標識した抗体（Zevalin^®）とI-131で標識した抗体（Bexxar^®）が市販されている。Zevalinによる治療は、最初に250mg/m²のRituxanとIn-111標識抗CD20抗体を投与して体内分布を確認した後，8日目に同量のRituxanとZevalinを0.4mCi(14.8MBq)/kg投与する（図１）。副作用は治療前の悪性リンパ腫の骨髄浸潤と抹消血の血小板数に依存する。血小板が10万～15万/μlと少ない場合には、Zevalinを0.3mCi(11.1MBq)/kgに減量する。米国の臨床試験では、Zevalinの奏功率（80%）はRutuxan（56%）よりも高く、Rituxanに抵抗性の症例でも74%が有効であった（原論文５，６）。図1　 Y-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫の治療　わが国の第1相臨床試験でも同様の結果が得られている（原論文７）。以上のように、この治療法は有効かつ安全であることが確かめられ、将来は悪性リンパ腫の治療のなかで大きな役割を担うものと考えられる。　 Ⅳ.　Y-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫治療の将来展望　本治療法はわが国で臨床試験が終了して承認申請が行われており、2007年には使用できるようになる可能性がある。RI標識モノクローナル抗体によるがん治療の一里塚として、筆者らは大きな期待を寄せている。治療効果に優れ副作用の軽い治療法として、患者と医療者の双方の正しい理解のもと、一日も早く日常診療に有効利用していきたい。図2　悪性リンパ腫症例のIn-111標識抗CD20抗体シンチグラフィ（A）In-111標識抗CD20抗体投与後4時間のシンチグラフィ心臓、大血管、肝臓などにIn-111標識抗CD20抗体の分布を認める。正常な体内分布である。（B）In-111標識抗CD20抗体投与後4日のシンチグラフィ腹部の悪性リンパ腫病巣に、In-111標識抗CD20抗体の集積を認める（矢印）。骨髄などに異常に分布している場合には、治療に適さない。（C）X線CT（腹部の横断像）腹部大動脈の左側（矢印）に腫瘍が認められる。図3　悪性リンパ腫のY-90標識抗CD20抗体による治療効果（A）治療前のFDG-PET 腹部の悪性リンパ腫病巣にFDGの異常集積を認める（矢印）。（B）治療後のFDG-PET 治療前に認められた病巣のFDG集積は消失している。FDGの集積はがん細胞の代謝を反映しており、この症例では治療がよく効いたことがわかる。コメント　　　　：　欧米ではいくつかのRI標識モノクローナル抗体が診断および治療に臨床応用されている。放射能に対する受け止め方が欧米とは異なるわが国であるが、Y-90標識抗CD20抗体による悪性リンパ腫の治療は、科学的根拠と経済性に基づいた有効な治療法としての発展が期待される。原論文１ Data source 1： Current status of cancer therapy with radiolabeled monoclonal antibody Oriuchi N, Higuchi T, Hanaoka H, Iida Y, Endo K Gunma University Graduate School of Medicine Ann. Nucl. Med. 19: 355-365, 2005 原論文２ Data source 2：＜診断のための必要な知識＞悪性リンパ腫診断における核医学の進歩織内　昇、遠藤啓吾群馬大学医学部内科 90: 437-442, 2002 原論文３ Data source 3： Evaluation of therapy for lymphoma Jerusalem D, Hustinx R, Beguin Y, Fillet G Semin. Nucl. Med. 2005; 35: 186-96 原論文４ Data source 4： Present role and future prospect of positron emission tomography in clinical oncology Oriuchi N, Higuchi T, Ishikita T, Miyakubo M, Hanaoka H, Iida Y, Endo K Gunma University Graduate School of Medicine Cancer Sci. 97: 1291-1297, 2006 原論文５ Data source 5： Randomized Controlled Trial of Yttrium-90-Labeled Ibritumomab Tiuxetan Radioimmunotherapy Versus Rituximab Immunotherapy for Patients With Relapsed or Refractory Low-Grade, Follicular, or Transformed B-Cell Non-Hodgkin’s Lymphoma Witzig TE, Gordon LI, Cabanillas F, Czuczman MS, Emmanouilides C, Joyce R, Pohlman BL, Bartlett NL, Wiseman GA, Padre N, Grillo-Lopez AJ, Multani P, White CA J. Clin. Oncol. 20: 2453-2463, 2002 原論文６ Data source 6： Treatment With Ibritumomab Tiuxetan Radioimmunotherapy in Patients With Rituximab-Refractory Follicular Non-Hodgkin’s Lymphoma Witzig TE, Flinn IW, Gordon LI, Emmanouilides C, Czuczman MS, Saleh MN, Cripe L, Wiseman G, Olejnik T, Multani PS, White CA J. Clin. Oncol. 20:3262-3269, 2002 原論文７ Data source 7： Phase I study of radioimmunotherapy with an anti-CD20 murine radioimmunoconjugate ((90)Y-ibritumomab tiuxetan) in relapsed or refractory indolent B-cell lymphoma Watanabe T, Terui S, Itoh K, Terauchi T, Igarashi T, Usubuchi N, Nakata M, Nawano S, Sekiguchi N, Kusumoto S, Tanimoto K, Kobayashi Y, Endo K, Seriu T, Hayashi M, Tobinai K Cancer Sci. 96: 903-910, 2005 キーワード：放射性同位元素、RI標識化合物、抗CD20抗体、非ホジキンリンパ腫、悪性リンパ腫、モノクローナル抗体、Y-90 Radioisotopes, Raioisotope-labeled compounds, Radioimmunotherapy, anti-CD20 monoclonal antibody, non-Hodgkin's lymphoma, malignant lymphoma, monoclonal antibody, Y-90 分類コード：030302, 030503
放射線利用技術データベースのメインページへ

放射性同位元素			崩壊形式	物理学的半減期	放射線のエネルギー（MeV）
放射性同位元素			崩壊形式	物理学的半減期	α線	β線最大エネルギー
β線放出核種
	I-131	ヨウ素	β^-	8.1日		0.61
	Y-90	イットリウム	β^-	2.7日		2.27
	Re-186	レニウム	β^-,EC	3.8日		1.07
	Lu-177	ルテチウム	β^-	6.8日		0.50
	Cu-67	銅	β^-	2.4日		0.58
	Pb-212	鉛	β^-	10.6時間		0.59
α線放出核種
	At-211	アスタチン	α,EC	7.2時間	5.58
	Bi-212	ビスマス	α	1.0時間	6.05

	I-131	Y-90
物理学的半減期	8日	2.7日
γ線	あり	なし
β線の最大エネルギー	0.81MeV	2.3MeV
組織内の最大飛程	0.8mm	5mm
画像化	可能	不可能
入院の必要性	入院	外来でも可能