作成: 1996/09/20 山口 貞衛
データ番号 :040024
イオンインプランテーション
目的 :イオン注入による固体材料の表面層改質の動向
放射線の種別 :重イオン
放射線源 :イオン注入装置
フルエンス(率):各種重イオン、0.1-1.0 x 1018 ions/cm2
応用分野 :材料表面処理、材料表層改質、薄膜改質、新材料創製、材料プロセス
概要 :
イオン注入装置の概要およびイオン注入法の原理と特徴を述べている。また、イオン注入による材料改質の事例を示している。改質した材料は金属、半導体、セラミックス、ポリマー、炭素材である。 改質特性は物理的、化学的、電気化学的、電気的、磁気的、光学的、機械的性質など表面表層に関わるあらゆる特性が対象である。炭素材、ポリマー、金属の表層改質に関する一部の例について紹介している。 更に、本邦で進行中の各種プロジェクトを紹介し、イオン注入技術の今後の展望を述べている。
詳細説明 :
イオンインプランテーションは、イオン注入ともよばれ、真空中で添加したい粒子をイオン化し。直流もしくは高周波により数keVから数MeVに加速して、固体基板表層に添加する方法である。この方法は、半導体集積回路作成プロセスにおいて重要な役割を担っているが、金属、セラミックス、ポリマーなどの表層改質法としても注目されている。ここでは、先ず、イオン注入装置およびその特徴について述べ、次にイオン注入による表層改質例として炭素材、ポリマー、金属を取り上げ紹介する。最後に、現在日本で進行中のプロジェクトと国内外の会議を紹介し、現状と今後の展望を述べている。
図1 に示すように、イオン注入装置はイオン源、質量分離部、加速部、ビーム走査部(静電スキャン)、注入室(エンドステーション)および真空排気装置から構成されている。この構成から、イオン注入装置は粒子加速器と同位体分離器が融合した小型加速器であることが分かる。イオンビームの断面は不均一であるから、試料面上での均一性を得るために、イオンビームを電気的に走査する。添加量を決定するためには、イオンビーム電流を計測する。

図1 イオン注入装置の基本構成(原論文2より引用)
イオン注入の最大の特徴は、熱平衡状態を無視して、注入基板と注入イオンの組み合わせを自由に選択できることである。従って、材料科学的には準安定物質の創製に、また表面処理の立場では室温処理に特徴がある。次の特徴は、注入した粒子は深さ方向にガウス分布をすることである。この分布の最大濃度の深さ(投影飛程)は基板とイオン種に依存するが、それらが決まればエネルギーにより決まる。すなわち、イオンの加速エネルギーを変えることで、注入粒子の深さ方向の分布を容易に制御できる。一般的に、100keV前後のエネルギーで投影飛程は0.1μm前後である。ガウス分布の深さ積分値は、添加した量(注入量)であり、イオンビーム電流の時間積分値に相当する。 注入量はions/cm2で表示され、金属やセラミックスの表層改質には1017ions/cm2 以上の注入量が必要である。欠点としては、処理層が 薄いこと(通常 1μm 以下)、注入装置が高価なために処理費が他の表面処理法と比べて高くつくこと、が挙げられる。ともかく、このような特徴のあるイオン注入法を利用して、多くの材料の表層改質が試みられている。以下に表層改質の事例を示す。
表1に理化学研究所で行ってきた表層改質の事例を示す。
表1 理化学研究所で行ったイオン注入による表面表層の巨視的改質例(原論文1より引用)
--------------------------------------------------------------------
材 料 機 能 注入イオン→基板
--------------------------------------------------------------------
金 属 電気的 絶縁化 N,O→Al,
超伝導 N→Nb
磁気的 Fe→Ni
N→Fe
光学的 着色 Ti+O→Fe
発光 Eu→Al(Al2O3)
化学的 腐食 Cr,Ni,Ti,Si,・・・→Fe
機械的 硬さ、摩擦、摩耗 Cr,Ni,Ti,Si,・・・→Fe
N,O→Fe-alloys,Cr,Al,Ti
物理的 密着性 TiC,TiN/N→Fe-alloys
AIN/N→Al
--------------------------------------------------------------------
半 導 体 電気的 p-n接合 As,P,B→Si
導電化 Cu,Fe,Ni→Si
--------------------------------------------------------------------
セラミックス 光学的 発光 Eu,Fe,Cr→CaF2,Al2O3
着色 Cu→ガラス
透過 N,Ne→AlNx
機械的 硬さ、摩擦、摩耗 N→WC,SiC,AlN・・・
--------------------------------------------------------------------
ポリマー 電気的 p-n接合 Na→ポリアセチレン
導電化 Ar,Cu,Zn→KAPTON-H
物理化学 ぬれ性 H,N,Na,Ar・・・シリコーン
生体適合 蛋白質吸着 Ar,N,O→シリコーン
--------------------------------------------------------------------
炭 素 電気的 導電化 N,Ar,Ti→ダイヤモンド
電気化学 反応性 Ti,Zn・・・→ダイヤ、焼結炭素
機械的 摩耗 Ar,N,O,Ti→焼結炭素
物理化学 ぬれ性 O→焼結炭素
--------------------------------------------------------------------
表2 イオン注入の金属材料への適用例 (原論文2より引用)
-------------------------------------------------------------------------------
注入する 注入する母材 改質したい性質 適用品目 状況
イオン種 の材質
-------------------------------------------------------------------------------
Ti+C Fe系合金 耐摩耗性 ベアリング,ギヤ, 生産中
バルブ,ダイス型
Cr Fe系合金 耐食性 外科手術用器具 生産中
Ta+C Fe系合金 スカッフィング ギヤ パイロット
生産中
P ステンレス鋼 耐食性 海水中使用品, 研究中
化学装置
C,N Ti系合金 耐摩耗性 人工骨 生産中
耐食性 航空宇宙機器部品 生産中
N Al系合金 耐摩耗性,離型性 ゴム・プラスチック
成型用型 生産前評価中
Mo Al系合金 耐食性 航空宇宙用,海水環境用 研究中
N Zr系合金 硬さ 原子炉構成部品 生産中
耐摩耗性,耐食性 化学装置 生産中
N 硬質クロム 硬さ 弁座,ゴデットローラ, パイロット
めっき層 トラベラ 生産中
Y,Ce,Al 超合金 耐酸化性 タービンブレード 研究中
Ti+C 超合金 耐摩耗性 紡糸口金 生産前評価中
Cr Cu系合金 耐食性 電池 研究中
B Be系合金 耐摩耗性 ベアリング パイロット
生産中
N WC+Co 耐摩耗性 工具のインサート パイロット
生産中
プリント基板
加工用ドリル 研究中
-------------------------------------------------------------------------------
改質した材料は金属、セラミックス、ポリマーや炭素材であり、注入イオン種は 50種に及んでいる。改質特性は物理的、化学的、電気化学的、電気的、磁気的、光学的、機械的性質など表面表層に関わるあらゆる特性が対象となっている。 また、イオン注入の金属材料への適用例を適用品目と共に表2 に列記する。
表1と表2に示した改質例の中から、その一部を紹介する。炭素は単体においてはグラファイトからダイアモンドまで様々な構造をもち、電気特性が高導電性から絶縁性まで不思議なほど変化する。イオンビームの力により、炭素材の構造が自由に制御できる可能性がある。ポリイミド、ポリアセチレン、シリコーンゴム等のポリマーへイオン注入すると表面が炭化し、イオン注入した炭素材の表層と類似の構造が形成される。しかし、注入層の深い領域においては破壊の進行は少なく、新しいラジカルなどの形成が認められている。このような炭化やラジカルの形成により、電気伝導性、密着性および濡れ性などが制御できる。イオン照射によるポリマーの改質については参考資料1で詳しく解説されている。
金属の表層改質では、物性的には金属イオン注入による準安定合金の形成、および非金属イオン注入によるセラミックスの形成に興味がもたれている。また、工学的には耐摩耗性や耐食性の改善などが研究の中心である。実用に近いものとして、人工関節に利用するチタン合金への窒素注入、航空機ベアリングへのTiイオン注入、また各種工具への窒素注入がある。そのほかに、NやOのイオン注入による埋め込み窒化物層や酸化物層の形成とそれによる金属表層の電気的、光学的、機械的性質の変化についても述べている。異種元素の添加によらずに、イオンの照射効果のみを利用する薄膜や表層の改質例も報告されている。例えば、重イオン照射による金属膜の膜厚均一性や結晶性を改善した例が参考資料2で示されている。
最後に、本邦のイオンビーム利用に関する進行中のプロジェクトと国内外のイオン注入に関するシンポジウムの開催が紹介されている。
コメント :
イオンインプランテーション(イオン注入)を利用する表層改質に関する研究動向についての情報は有用である。イオン注入による表層改質についての事例が、理化学研究所で行われた事例を含めて、数多く紹介されているが、引用されている文献の数が限られている点に不満を感じた。
原論文1 Data source 1:
イオンインプランテーション
岩木 正哉
理化学研究所
新素材、Vol. 2, No. 3, 35-38 (1991).
原論文2 Data source 2:
イオン注入による金属の表面改質
吉田 和夫、石谷 炯
東レ リサーチセンター
熱処理、Vol. 27, No. 6, 360-364 (1987).
参考資料1 Reference 1:
高分子材料のプラズマ処理と最近の動向
稲垣 訓宏
静岡大学 工学部
日本ゴム協会誌、Vol. 67, No. 7, 469-476 (1994).
参考資料2 Reference 2:
イオンビーム照射による金属薄膜の改質
高広 克己、山口 貞衛
東北大学 金属材料研究所
放射線と産業、No. 70, p.4-8 (1996).
キーワード:イオン注入、イオン照射効果、表層改質、金属、半導体、セラミックス、ポリマー、炭素材
ion implantation, ion irradiation effects, surface layer modification, metals,semiconductors, ceramics, polymer, carbon materials
分類コード:010304, 040106