作成: 2007/3/27 高橋 正
データ番号 :040311
原子炉を用いたメスバウアー線源の作製
目的 :入手が容易でないメスバウアー線源の原子炉での中性子照射による自作
放射線の種別 :中性子,ガンマ線
放射線源 :研究用原子炉
フルエンス(率):熱中性子束:2×1013〜2×1014 cm-2 s-1
利用施設名 :研究用原子炉(日本原子力研究開発機構JRR-3,JRR-4など)
応用分野 :放射化学,無機化学,物性物理学,金属工学,材料科学
概要 :
メスバウア分光に最もよく用いられる57Co線源は加速器によって作製され、供給されるが、ここで紹介する197Pt,182Os,129mTe,128mTe,155Eu,166Hoメスバウアー線源は原子炉を使って作製される。
詳細説明 :

図1 メスバウアー効果が報告されている元素
黄色の元素は研究例が非常に多い元素,緑は研究例が多い元素,青は研究が少ない元素,灰色は研究がわずかしかない元素,無色はメスバウアー効果が報告されていない元素。質量数は,代表的なメスバウアー核種のものを示す。メスバウアー線源を原子炉を用いて作製することのできる元素は元素記号を太字で表わし,線源が市販されている核種は下線が付けてある。
メスバウアー効果は46元素89核種について観測されている(図1)。しかしメスバウアー分光法はこれら全ての元素,核種に対して行われているわけではなく,分光学的な情報が豊富で測定が容易な核種を中心として行なわれている。そのため57Feや119Snを利用した研究が多い。しかしそれ以外にも有用な知見が得られるメスバウアー核種は多く存在する。しかしそれらのメスバウアー効果測定を実際に行う場合には、線源が入手しやすく寿命が十分長いことが望ましく,さらに多くの場合低温で測定温度することが必要になるなど、制約がある。特にそれらの線源の多くは自作しなければならない。
ここでは原子炉を使ったメスバウアー線源作製の概容と197Au,193Ir,129Iおよび127I,166Er,155Gdメスバウアー効果測定のための具体的な線源作製例について紹介する。
表1 メスバウアー線源の作製に利用できる我が国の原子炉の照射場の特性(詳細は参考資料1,2を参照されたい)
日本原子力研究開発機構 JRR-3 |
照射設備 |
照射時間 |
熱中性子束
/cm–2 s–1 |
速中性子束
/cm–2 s–1 |
垂直照射設備 |
HR-1 |
10 min〜1 cycle |
9.60E+13 |
1.70E+12 |
HR-2 |
10 min〜1 cycle |
9.80E+13 |
1.40E+12 |
気送照射設備 |
PN-1 |
30 s〜20 min |
5.20E+13 |
1.20E+11 |
PN-2 |
30 s〜20 min |
4.70E+13 |
1.10E+11 |
垂直照射設備 |
VT-1 |
1 cycle〜 |
2.00E+14 |
2.00E+14 |
BR-1 |
1 cycle〜 |
2.00E+14 |
1.00E+14 |
日本原子力研究開発機構 JRR-4 |
照射設備 |
照射時間 |
熱中性子束
/cm–2 s–1 |
速中性子束
/cm–2 s–1 |
T-パイプ |
TA |
10 s〜6 h |
5.30E+13 |
1.30E+13 |
TB |
10 s〜6 h |
4.30E+13 |
5.60E+12 |
S-パイプ |
10 s〜6 h |
4.00E+13 |
5.90E+12 |
N-パイプ |
10 s〜6 h |
1.70E+13 |
9.60E+11 |
表2 原子炉を用いて作製できる代表的なメスバウアー線源
メスバウアー核 |
線源の作製反応 |
主な線源化合物 |
メスバウア遷移 /keV |
半減期 |
断面積 /b |
125Te |
124Te(n, γ)125mTe |
ZnTe, Mg3TeO6 |
35.48 |
58 d |
5 |
127I |
126Te(n, γ)127mTe |
ZnTe,Mg3TeO6 |
57.6 |
109 d |
0.09 |
129I |
128Te(n, γ)129mTe |
ZnTe,Mg3TeO6 |
27.8 |
33.5 d |
0.015 |
155Gd |
154Sm(n, γ)155Sm(β-)155Eu |
SmPd3 |
86.5 |
22.4 m, 4.9 y |
5.5 |
161Dy |
160Gd(n, γ)161Gd(β-)161Tb |
GdF3 |
25.6 |
3.7 m, 6.90 d |
0.8 |
166Er |
165Ho(n, γ)166Ho |
Ho0.4Y0.6H2 |
80.6 |
26.80 h |
60 |
169Tm |
168Er(n, γ)169Er |
Al–Er合金 |
8.4 |
9.40 d |
2 |
170Yb |
169Tm(n, γ)170Tm |
Al2Tm |
76.5 |
128.6 d |
130 |
193Ir |
192Os(n, γ)193Os |
Os |
73 |
30.6 h |
1.6 |
197Au |
196Pt(n, γ)197Pt |
Pt |
77.4 |
18.3 h |
0.87 |
表1にメスバウアー線源の作製に利用できる我が国の原子炉の照射場の特性をまとめた。表2には,メスバウアー線源を原子炉を用いて作製する代表的なメスバウアー核を示した。
線源を自作するにあたり考慮しなければならないことの一つは,同位体濃縮した原料から線源化合物を作製しなければならないことである。これは放射化の際に不要な核種が生成してバックグラウンドが高くなるとメスバウアー吸収強度が弱まるので,これを防ぐためである。このさいに高価で限られた種類の化学形の原料から,効率良く純度が高い線源化合物を作らなければならないという,問題がある。線源化合物は金属もしくは合金であることが多いが,同位体濃縮した元素の入手可能な化学形は酸化物のことが多い。したがって,還元操作が必要となることがある(例:155Sm線源)。これは意外と手間がかかることがある。また線源化合物はしばしば粉体であるから,線源として使用するためには粉体を密封する技術も必要となる。粉体の場合は,ペレットにしてから高純度アルミニウム箔を使って圧着・密封してから放射化することが多い。
197Pt線源
線源は196Pt(n, γ)197Ptで生成する197Pt/Pt(T1/2 = 18.3 h,なお/Ptは金属白金をマトリクスとしていることを表わす;以下同様)を用いるのが普通である.線源は196Ptを購入し,粉末をアーク溶融等の方法で金属塊としたあと,圧延して板状にしたものを用いる。板状にすることで中性子放射化およびその後の密封操作が非常に容易となる。また同位体濃縮度が高い196Ptを購入すれば,線源を繰り返して照射することも可能である。中性子放射化はたとえば日本原子力研究開発機構のJRR-3の気送管やJRR-4のTパイプを用いて行なう。100 mgの試料をJRR-4 TBパイプで1時間照射すると,427 MBqの線源となる。この線源は,通常5日間程度測定に使用できる(原論文1)。
193Os線源
Irのメスバウアー効果は191Irと193Irについて観測される。R.L. Moessbauerがメスバウアー効果を発見したのは191Irの129.4 keVのγ線だったが,メスバウアー分光学的に有用なのは,193Irの73.0 keVである(原論文2)。線源は192Os(n, γ)193Osで生成する193Os/Os(T1/2 = 30.6 h)を用いるのが普通である。金属オスミウムは圧延ができないので,通常粉末のまま放射化を行なう。金属オスミウムは六方晶系のため電場勾配が存在する。このため193Os/Os線源で測定したスペクトルはΔEq = 0.48 mm s-1で離れた二重線をもつスペクトルとして観測される。四極分裂を起こさない単一線の線源は,193OsをPtと溶融して作製したOs0.01Pt0.99線源(原論文3)や193Os/Os0.05Nb0.95(原論文4)を用いた例がある。192Osの中性子放射化断面積は1.6 bなので,比較的容易にメスバウアー線源とすることができる。例えばJRR-4 TBパイプで100 mgの192Osを1時間照射すると474 MBqの線源が得られる。
129mTe,127mTe線源
ヨウ素のメスバウアー効果は127Iと129Iで観測される。メスバウアー分光学的にはγ線のエネルギーが低く線幅も狭い129Iの方がすぐれているが(原論文5),129Iは放射性(T1/2 = 1.57×107 y)で取扱いが面倒という難点がある。一方127Iは線幅が広くγ線のエネルギーも57.6 keVと高いが,127Iは単核種元素という利点がある。129Iも127Iも線源化合物にはZnTeを使うことが多い。ZnTeは単体同士の直接反応で合成することができるが,Znには同位体濃縮した66Znを用いる(原論文6)。66Znは金属でもZnOとしても入手できる。ZnOとして入手したときは,電解還元をする。
66Zn128Te 100 mgをJRR-3 HR-2で1時間照射すると,129mTeについて393 kBqの線源が得られる。いっぽう127Iメスバウアー線源はもっと高い中性子束のところで長時間照射して作製する。200 mgの66Zn126TeをJRR-3 BR-1で20日間照射すると,127mTe(T1/2 = 109 d)について1.36 GBqの線源が得られる。127mTe線源の作製に際しては,炉心照射をおこなうので試料を高純度石英管に封入した後,アルミニウムキャプセルに封入してからおこなう。開封は不純物に由来する短寿命核種からの放射能が弱まるように,1ヶ月以上クーリングしてからおこなう。作製した127mTe線源は,およそ1年間メスバウアー測定に用いることができる(原論文7)。
155Eu線源
Gdのメスバウアー効果は多くの核種のいろいろな遷移が知られているが,155Gdの86.5 keVの遷移が最も測定に適している。線源としては,Pd中に155Euを拡散させた155Eu/Pdもしくは155Eu / SmPd3(原論文8)を用いる。Prowseらは,154Sm2O3を154Sm(HCOO)3としてから,これをPdH2と混合して水素気流中で1000℃,18 時間加熱し,さらに高周波誘導炉で完全に水素化物を分解して154SmPd3としている。高周波誘導炉による加熱を省略することもできる(原論文9)。こうして得られる154SmPdは粉末で,加圧してディスクに成型し,99.995%のアルミニウム箔に包んでから照射する。100 mgの154SmPd3をJRR-3 HR-1照射孔で67 h照射すると,155Eu / 154SmPd3(74 MBq)が得られる。(n, γ)反応で得られる155Smはβ-壊変(T1/2 = 22.4 min)で155Eu(T1/2 = 4.9 y)となる。この線源は5年以上にもわたって測定に使用できる。
166Ho線源
Erのメスバウアー効果もいくつかの核種について観測されるが,166Erの80.6 keVの遷移が最もよく使われる。Al2Ho, HoPd3のような合金も線源に用いられるが,Ho0.4Y0.6H2が最もよく使われている。HoもYも単核種元素なので,線源の作製はアーク溶融して作ったHo0.4Y0.6合金を水素化して作る(原論文10,11)。Ho0.4Y0.6H2は粉末なので,ペレットにしてから高純度アルミニウム箔に包んで圧着・密封し,放射化する。100 mgのHo0.4Y0.6H2をJRR-4 TBパイプで10 min照射すると,2.20 GBqの166Ho/ Ho0.4Y0.6H2線源が得られる(29 MBqの90Yも生成)。この線源は,1週間ほど測定に使用できる。
コメント :
メスバウアースペクトルは,電子状態や構造,磁性などの物性,格子力学などの研究に用いられる.線源が市販されている57Feや119Snなどのほかにも, 125Te,129I,155Gd,197Auなど利用価値が高いメスバウアー核種がたくさんある.原子炉を使うメスバウアー線源作製法は,重要なメスバウアー線源の作製法の一つであり,上記のメスバウアー分光のためには不可欠である.
メスバウアー線源の作製法は確立されているので,それほど困難なく線源を作製することができる.現在,国内で利用できる研究用の原子炉は,日本原子力研究開発機構の研究炉JRR-3とJRR-4である(京都大学原子炉実験所の原子炉は来年度下半期から再開予定).これらの原子炉は,いろいろな熱中性子束の照射場があり,目的の放射能が得られる照射場を選ぶことができ,線源作製の環境は整っている。
原論文1 Data source 1:
Gold-197 Moessbauer Studies of Gold Components and γ-Ray Irradiation Effect
Y. Sakai, S. Ishiguro, T. Tominaga, T. Takano and Y. Ito
Radiochem. Radioanal. Lett., 52, pp.133-139 (1982)
原論文2 Data source 2:
Moessbuaer Effect in Ir193 in Intermetallic Compounds and Salts of Iridium
U. Atzmony, E. R. Bauminger, D. Lebenbaum, A. Mustachi, S. Ofer and J. H. Wernick
Phys. Rev., 163, pp.314-323 (1967)
原論文3 Data source 3:
Moessbauer Isomer Shifts, Hyperfine Interactions, and Magnetic Hyperfine Anomalies in Compounds of Iridium
F. Wagner and U. Zahn
Z. Phys., 233, pp.1-20 (1970)
原論文4 Data source 4:
A Single-line Source for 193Iridium Moessbauer Spectroscopy
G. J. Davies, A. G. Maddock and A. F. Williams
J. Chem. Soc., Chem. Commun., p.264 (1975)
原論文5 Data source 5:
27.7-keV Level in I129 and Some Remarks About Its Use in Moessbuaer Experiments
R. Sanders and H. de Waard
Phys. Rev., 146, pp.907-911 (1966)
原論文6 Data source 6:
メスバウアースペクトル
酒井宏
高分子学会編「新高分子実験学」,7巻(高分子の構造(3);分子分光法),pp.427-451 (1996)
原論文7 Data source 7:
ヨウ素化合物の127Iメスバウアースペクトルの測定
生澤英典,高橋正,竹田満洲雄,高野武美,伊藤泰男
Radioisotopes, 39, pp.212-215 (1990)
原論文8 Data source 8:
Single-line compounds for 155Gd Moessbauer spectroscopy
D. B. Prowse, A. Vas and J. D. Cashion
J. Phys. Vol. D6, pp.646-650 (1973).
原論文9 Data source 9:
155Gd Moessbauer Spectroscopic Study of GdM(CN)6・4H2O (M = CrIII, FeIII and CoIII) and KGdM(CN)6・3H2O (M = FeII and RuII)
J. Wang, J. Abe, T. Kitazawa, M. Takahashi and M. Takeda
Z. Naturforsch. Vol. 57a, pp. 581-585 (2002)
原論文10 Data source 10:
160Dy and 166Er Moessbauer Studies of Concentrated and Diluted Rare-earth Dihydrides: Single-line Compounds and Crystal-field Effect
J. Stoehr and J. D. Cashion
Phys. Rev., B12, pp.4805-4811 (1975)
原論文11 Data source 11:
Crystal structures and 166Er Moessbauer Spectra for Some β-diketonatoerbium(III) Complexes
J. Wang, M. Takahashi and M. Takeda
Bull. Chem. Soc. Jpn., 75, pp.735-740 (2002)
参考資料1 Reference 1:
共用施設:JRR-3研究炉(東海地区)
日本原子力研究開発機構
http://www3.tokai-sc.jaea.go.jp/sangaku/3-facility/04-facility/11-jrr3-1.html
参考資料2 Reference 2:
共用施設:JRR-4研究炉(東海地区)
日本原子力研究開発機構
http://www3.tokai-sc.jaea.go.jp/sangaku/3-facility/04-facility/13-jrr4.html
参考資料3 Reference 3:
Moessbauer Spectroscopy and Transition Metal Chemistry
P. Guetlich, R. Link, A. Trautwein
Springer-Verlag, Berlin (1978)
参考資料4 Reference 4:
希土類化合物のメスバウアー測定
高橋正,王軍虎,北澤孝史,竹田満洲雄
放射化学ニュース,Vol. 7,p. 1-6 (2002); http://www.radiochem.org/download.html
キーワード:メスバウアー分光、線源、中性子放射化、原子炉、線源作製、
197Pt;182Os,127mTe,129mTe,155Eu,166Ho
Moessbauer spectroscopy, source, neutron activation, nuclear reactor, source preparation
分類コード:040204,040206,040103